第55話 カウントダウン
世界樹から少し離れた湖畔には、野生の花畑が広がっている。白鳥のくちばしと言われた湖のその美しい色彩の絨毯を舞台とした金色のルピアとメティスの大盾の戦いは、序盤の激しい衝突のあと膠着していた。
その衝突によって生まれた結果は、お互いの思惑から外れ、お互いの警戒心を一層強めた。あれから幾度か交わされた切っ先は浅く、決め手に欠けた牽制程度の遠い応酬にしかならなかった。
ブラッドたちの三人の連携攻撃に隙は無く、ルピアの攻撃を散らし的を絞らせない。しかし、それが成立しているのは、三人はルピアを仕留めるだけの威力を攻撃に込めていないからだ。僅かな隙が生まれることさえ避け、慎重に敵との間合いを計りつつ、牽制攻撃を繰り返す。ルピアの一挙一動に細心の注意を払いながら、確実にルピアを仕留める為の算段と隙を伺う。
奇しくも、ルピアもまた同じことを考えている。ルピアの全力をもってすれば、三人の内一人を仕留めることは容易い。しかし、その一人が犠牲となって他の二人にその隙を突かせる。そういう戦いができる連中だと、三人の熟達した連携が教える。ルピアは敵の攻撃に付き合いながら、確実に三人を同時に仕留める為の算段と隙を伺う。
一致する利害が衝突を繰り返し、互いの猶予を徐々に削り合う。しかしそれは、やがて命に届く必然を予感させた。
繰り返される攻防の最中、北東の空に光が輝いた。戦場の誰もがその光に気付いたが、両者は誰一人、歯牙にもかけない。突如として上がった葡萄色の光は、両者にとって邪魔にもならず、意味も無いものだった。確かにその光は、この戦いの結末に微塵も影響を与えるものではなかった。その光は、そのままゆっくりと三度の明滅を繰り返す。
そのただの光の明滅に、両者の一致する利害が、ただ丁度よい解釈の一致を呼び寄せる。その光が放った三度の明滅は、お互いが求める雌雄を決する決闘のカウントダウンとなった。
ーーーー
ー同刻 王立魔導院の魔塔にてー
「…第三四監視塔、方位角: 59.9°仰角: 0.5°」
「第三五監視塔、方位角: 87.3°仰角: 0.6°」
「第三六監視塔、方位角: 118.9°…」
そこには、各監視塔からの報告を受け取るペールグラン姿があった。
タワーの魔法障壁に沿って点在する監視塔は、魔界側の動向を絶えず監視している。監視塔に滞在する警備隊は、魔族の動向やそれを予兆するような異常をいち早く察知し報告する任務に就いている。マジオと同じ魔法技術によって作られた情報伝達回路を介して送られる報告は、本来ならば、王都にあるクラウンナイツの本部に送られ処理されるものである。今回の毛色の違う報告は、ペールグランたちの働きかけによって、特別の対応がなされたものだった。
監視塔から送られるその特別な報告の正体は、オレンが使った魔子回路から放たれた光を、監視塔に配置されているアストロラーベを使って魔導院の学者たちが測定した高度と方位の情報だった。
魔塔の居住区でその報告を受け取るペールグランのすぐ横で、ページは地図を広げ各監視塔の位置と受けた測定情報を合わせ三角測量の要領で計算をしていく。容易く計算をこなしていくページのすぐ横で、ペールグランは最後の報告を受け取り、ページの計算の終わり際に合わせて最後に告げる。
「信号は葡萄色、明滅は三。」
ページはそれらの情報からオレンの発信地点と、大盾が敵と交戦しているであろう目標地点を素早く割り出してみせた。
それが終わると、ページはその場に待機していた勇者たちに声を響かせる。
「わっかりました! さあ、皆さん、準備はいいですか?」
「「おーっ!!」」
と、ページの声に元気よく応えたのはタンゴールと、空気を読んだハックナインぐらいのもので、その他のコハクフクロウの仲間と、塩の天秤の勇者たちは、十人十色の声と表情で応えた。
魔塔の中央には、天井に届くほどの大きさの完成したワイ・バーンがそびえる。魔素の充填も完了し、準備が整えられたその巨大な構造物の装甲は、魔素に覆われぼんやりと輝いている。ゴーレム錬成魔法と魔子回路技術の融合を、かつてないスケールで果たしたこのワイ・バーンは、この世界の最先端の魔法科学技術の結晶である。
飛行ゴーレム「ワイ・バーン」は大きく二つの部分に分かれる。象牙のように滑らかで、優雅な曲線を描く円錐形の先端を持つ上部は、銀灰色の金属的な輝きを放ちながらも、対照的に生物的な印象を与える。ヒヒイロカネと名付けられたこの銀灰色の魔法装甲は、素材研究の成果であり、軽量化と高強度を両立させている。その形状は空気抵抗を抑え、魔素の循環を効率よく行えるように設計されており、その姿は一種の自然的な美しさを魅せる。
下部には四つの円筒形のノズルが均等に並び、これらのノズルからは強力な魔法エネルギーが放出される。高純度の魔石から供給される魔素は圧縮されアルカナ状態となり、Yユニットによるアルカナエネルギーの制御が、膨大な魔法エネルギーを瞬間的に生み出すことを可能にしている。その見た目は、上部の優雅さに比べ、武骨でゴーレムらしい力強さを感じさせる。
上下を繋ぐ中央部には、操縦席と乗員のための空間がある。操縦席には制御のための魔子回路と計器が並び、ワイ・バーンの状態を常に把握し操作できるようになっている。乗降口である開閉可能なキャノピーは、ゴーレム研究の副産物の素材で作られ、高い透明度と衝撃耐性を兼ね備えている。機体全体を循環する魔素の流れが集中するこの箇所は、本来のゴーレムで言うところの心臓部に相当する。
ページとタンゴールの説明を受け、一同はワイ・バーンに乗り込む。そして、最後に二人が複座の操縦席に乗り込むと、心臓部を守るように、ワイ・バーンの折りたたまれた翼が密着し隙間を埋めた。
操縦席ではページとタンゴールが発射の為の準備を整える。操縦席に並ぶ各種の計器をお互いにチェックし手順を同調させ、最終確認に入った。
ページ「全システム、最終確認。アルカナエネルギーレベルは?」
タンゴール「第一から第四まで、オールグリーン。エネルギーレベル75パーセント、安定。」
ページ「ヒヒイロカネ装甲の展開状況は?」
タンゴール「ヒヒイロカネ装甲、正常に展開完了。耐熱、耐圧数値、全て基準内。」
ページ「主翼変形機能に異常ないか?」
タンゴール「主翼可動正常、異常なし。状態を再確認。」
ページ「了解。航行ルート、目標地点確認よし。」
タンゴール「航行ルート、目標地点確認よし。」
ページ「全システム、オールグリーン。カウントダウンに入れ。」
タンゴール「カウントダウンに入ります。10…9…8…」
ページ「ヒヒイロカネ装甲、集中展開モード。」
ページ「アルカナエネルギーYユニットに注入。パワーレベル上昇。」
タンゴール「…3…2…1…」
ページ、タンゴール「「Yユニット点火! Y-BURN!! 行っけえぇぇーー!!」」
コハクフクロウの拠点でもある魔塔をそのまま発射台として使い、ワイ・バーンに火が入る。四つのノズルが一斉に雷鳴のような轟音を立て、解放されたアルカナエネルギーを放出し、眩い閃光を放つ爆発的な魔法エネルギーが魔塔を震わせる。
そして、ワイ・バーンは正にドラゴンのごとく震える魔塔から飛び立った。
この世界の歴史的な瞬間を幸運にも目撃した魔導院の人々に見送られ、勇者たちを乗せたワイ・バーンは大空を赤熱の尾を引いて貫いて、その彼方へと霞んでいった。




