第54話 真意
ページは嬉々として話を始める。
「僕は長年夢見ていたのです。ドラゴンのように大空を自由に飛ぶことを。」
たった齢十歳のページは目を輝かせて夢を語る。その少年が言う長年の夢は、誰もが一度は思い浮かべそうな普遍的な欲求で、特に実際にドラゴンの背中に乗って空を旅したオレンには強い共感をもたらした。
「確かに、風の属性に高い適性があればハチドリのように細やかに浮遊することも、トビの様に上空を悠然と飛行することもできるでしょう。」
「ただそれでも、先ほど言った地上からの攻撃を人の身で防ぐのは至難の業ですし、何より僕には無いのですよ、その風の属性の適性が。」
ページはそう言いながら目を細め、左右の眉の高さを変えるが、口元には笑みがみえる。
「僕たちコハクフクロウは、この問題を解決し、夢を実現させるための研究開発をここ数年続けてきました。」
「その中で、僕たちがまず最初に手を付けたのは、大出力の魔法に耐えうる新型の魔子回路の開発です。これについては、要求に耐えうる高純度の魔石を相当数用意することが大きな課題だったのですが、カラダリンさんがお力添えいただいたおかげで無事解決できました。」
「この場を借りて、お礼を申し上げます。」
ページはそう言うとカラダリンに頭を下げた。カラダリンはそれを微笑ましく見つめる。
「…、そうして完成した新型魔子回路と、ペールグランさんが得意とするゴーレム錬成の魔法技術を結合させる研究が実を結んで、ついに完成したのです。」
ページはそう言うと、テーブルを飛び出して塔の中央を向くと、くるりと振り返り、魔塔中央の構造物を指して叫ぶ。
「この、飛行型ゴーレム、名付けて『Y-Burn』がっ!!」
ページは今日一番の目の輝きをみせつける。ペールグランの拍手と、カラダリンの笑みと、アンシアの無表情の彼方で、オレンは唖然とする。ページの説明はとても分かり安く、丁寧にされていたが、それでも理解が追い付かない。
「…、えっと、それは…。」 オレンからは自然と、かすれた声が出てきた。
「よくぞ聞いてくれました! このY-Burnの正式名称は、Y-unit powered Blazing Up Recon Nighthawkといいまして、このYユニットというのがですね、魔法の三属性を同時に繋げる新型魔子回路の中核技術になっていまして、高純度の魔石を介して流れ込む魔法エネルギーをY型の伝送路で繋げて…」
オレンの不意の言葉から、ページの説明台詞が堰を切って溢れ出す。それは留まることなく漏れ続け、オレンを過剰な情報で溺れさせた。
「…、ということで、このワイ・バーンはゴーレムの巨体を維持した上で飛行を可能にする為に、ゴーレムの構成材料から見つめ直し、その装甲を魔法で強化することで、軽量化と並みの攻撃ではびくともしない防御力の両立を実現しています。」
「…さて以上が、ワイ・バーンの革新的技術の概要です。」
長々と続いた説明を終えて満足げなページは、少し落ち着くかと思いきや、突然声を上げる。
「ああ、そうだ! 折角ですから、間近で実物を見てみませんか? ほら!」
ページはそう言って呆けているオレンの手を取り、魔塔の中央へと導く。言われるがまま、オレンと一同は一階について行き、ゴーレムの足元部分に招かれた。
その場所ではタンゴールが一人、作業を続けていた。
「タンゴールさん。すいません、お任せしてしまって。どうですか? 順調ですか?」
「おうよ、ペーちゃん。バッチリだよ! あとは、変形した後の連動性のバランス調整ぐらいかな。」
「まあそれは、実際に動かしながらの方が細かい設定ができると思うよ。それにー」
ページとタンゴールは軽い挨拶を交わすと、周囲を気にせず話始め、次第に熱を帯びていく。その姿は元々の容姿も相まって、面白い玩具に夢中になる子供の様にしか見えない。
そんな二人を邪魔するのに気が引けて、オレンは二人を余所に目の前の丸みのある円筒形のゴーレムを直に触ってみた。ゴーレムの銀灰色の表面は土くれというよりは、金属的な硬さと艶を持っていた。しかし、それは当たり前のことだが、黒竜ケルナーと比べると、生物的な熱は感じない。そのことが、オレンに自然に声を出させた。
「これが本当に、空を飛ぶのか…。」
そのオレンの何気ない一言に、タンゴールは反応する。
「にーちゃん、にーちゃん。このワイ・バーンがどうやって飛ぶか知りたい?」
「このワイ・バーンはな、まず爆発的な魔法エネルギーで空の天井まで打ち上げて、天井から翼を広げて空を滑空飛行するんだよ。」
「ま、ここで広げるわけにはいかないけど、大空で翼を広げた姿はその名のごとく、まさにドラゴンそのものにみえるだろうさ。」
タンゴールの言葉をオレンはにわかには信じられなかった。実際に黒竜に乗って空を飛んだ経験から、それを同じことを人の手で再現したというのが本当であるなら、それがいくら魔法の力であっても、オレンの常識を二つ三つ飛び越える必要があった。
目の前にあるものが世界をひっくり返すほどの価値を持つと、それを目にしたその時に理解するには、それに見合う知識が必要となる。そしてそんなものを、オレンは持ち合わせていなかった。
「さて、オレンさん。このワイ・バーンならば、あなたの依頼に応えられますが、僕たちを信じられますか?」
続いてページがオレンに向けた質問は、オレンの心理を先読みし、オレンの理解を超える問題を簡単にする。ページの行いは、ただ完成が嬉しくて自慢したかったという卑しい欲が全くないとは言い切れないが、ただそれでも、まだ世に出していないものを見せたのは、オレンが持って来た話に対する返礼だった。
つまり、この問いの真意とは、ページがドラゴンを模倣しようとするのと、オレンが死者を生き返らせようとするのは、根本にあるものは同じであると指している。
オレンはページの真意に完全には及ばない。しかしそれでも、その言葉に救われた。
「それ以上です、どうか力を貸してください。」
もし、オレンが他人から人を生き返らせる術法があると言われたら、それを信じるだろうか。仮に信じたとしたら、それはおそらく、難解な蘇生の術法に納得するのではなく、地位の重みに頼るのでもなく、その人を信じるのだろう。
ページは、オレンに言葉以上の信頼を与えていた。
「それでは報酬として、世界樹の実を手に入れることが出来たら、使った残りでいいので、僕たちにくれませんか?」
ページの求める見返りは、ただ未知のレアアイテムが欲しいという卑しい欲が全くないとは言い切れないが、ただそれでも、契約とすることでオレンの負い目を軽くした。
「そんなことでよかったら。」
オレンは快く受け入れ、ページの為に下方に手を差し出す。ページは子供のように笑ってその手を取った。
「…、では、この件は早速準備に取り掛かります。」
「オレンさんにはこれを渡しておきましょう。魔界の地で助けが必要となった時、使ってください。使い方はー」
オレンは一つの魔子回路を渡された。それは空に閃光を放つ魔子回路で、位置を知らせる花火のような機能を持つ。なるべく敵から離れたところで、なおかつ頭上に遮るものが無い場所で使うように説明を受けた。そして、使ったらすぐにその場から離れるように念を押された。
オレンが説明を受けている傍らでは、ペールグランとアンシアが真剣な顔で話し合いをしている。ワイ・バーンの件か、或いはみかんの件なのか、諸々の問題の詳細を詰める事務作業を的確に処理する彼女のような存在によってこそ、ページの才能は支えられているのかもしれない。
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各々の話し合いも終わり、ページたちが慌ただしく作業する中、オレンと塩の天秤の一行は魔導院を後にする。いくらかの想定外はありつつも、オレンはページからほぼ望み通りの返答を得ることが出来て心が緩む。
その緩みから、オレンは馬車の中でカラダリンに一つ提案をした。
「カラダリンさん、あの、これからクレメンタインさんに会いに行くのは可能ですか?」
オレンの提案に、カラダリンは少し間を置いて答えを濁す。
「…。会うことは可能でしょうが…、アンシアはどう考えますか?」
「私は止めた方が良いと思います。」 カラダリンとは対照的に、アンシアは即答した。
「あなたの意図を理解した上で、それは良い結果にならないと推察します。」
「教団があなたを信じて、世界樹の実に人を蘇生する力があると判断したら、どうするでしょうか?」
「私が彼らであるなら、それは来るべき魔王との対決に備え、勇者クレメンタインの切り札として取っておきます。」
アンシアの指摘は、オレンの緩んだ心を引き締める。
「世界樹の実を手に入れても、それが勇者ヒナには使われない。という結果をあなたは望まないのではないですか?」
世界樹の実には、死者蘇生の力がある。それは、オレンですら確証が無いことなのだが、それが本当だったときの事を考えれば、それはより重要な事に使われる。死者を生き返らせる力にはそれだけの希少性と意味がある。カラダリンやページの対応がオレンの理想通りであった成功体験が、その認識を鈍らせた。
強張るオレンを前に、カラダリンが口を開く。
「私も同意見です。クレメンタイン個人がどう考えるかはわかりませんが、彼らがそう決断をした時、我々の力では対抗できません。残念ながら…」
元々勇者教団が持つ組織形態のせいもあるが、圧倒的カリスマを誇る最強勇者クレメンタインの存在は、信者の信仰をさらなる熱狂へと導く。彼らにとってどちらが重要なのかは問うまでもない事だ。それほど教団を深く知らないオレンにも、彼らと会った時の印象から、アンシアの想定は納得できた。
「…。」
オレンは何も答えられなかった。と同時に、それはオレンに一つの疑問を生んだ。カラダリンはそこまでわかっていて、なぜ自分に協力してくれるのだろう、と。
それに気づいたオレンを前に、カラダリンは付け加える。
「…、実は先日、大盾の皆さんから優れた武具の提供を頼まれまして。生憎と、彼らに合うようなものは用意できず、心残りだったのですが、お陰様で、それも晴らすことができました。ですから今日は、そのお礼をさせて頂きました。」
カラダリンの全てを見透かす声は、オレンの肌を逆立てる。それは以前、カラダリン邸でのやり取りで感じた凍りつくような寒気だった。まるで心を読む魔術のような洞察は、オレンに緊張と戸惑いをもたらすが、同時に尊敬や憧れも連れてくる。そしてそれらは混ざり合い、あり得ない魔術が魅せる驚きは、ほんのちょっぴりの笑みすら生み出した。
「それから、最後に私から、一つお聞きしても良いですか?」
そんなオレンに合わせた笑みを浮かべ、カラダリンは尋ねる。
「あなたの計画には、メティスの大盾の協力が必要となるわけですが、あなたはブラッドさんに金輪際関わらないと言われましたよね。なのに、どうやって説得するつもりですか?」
全てを見透かすカラダリンの真意はページよりも深く、オレンは及ばない。しかしそれでも、その質問の答えを今のオレンは持っている。
「…、ずっと悩んでいたのですが…、実は、それはもう心配していません。」
「それはなぜ?」 カラダリンの隣で、アンシアは密かに視線を滑らせる。
「それはー」
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オレンは、どんなことをしてもヒナを生き返らせたかった。その可能性の代償に、せめて自分の全てを掛ける決意と覚悟は用意した。問題なのは、それに勇者たちを巻き込む事。些細な事から始まった勇者たちとの奇妙な絆は、絡まってこんがらがってそのほとんどは解けない。何の力もないオレンの決断と行動は、不確実で偶然で多くの人に助けられてやっと立っていられるほど脆弱なものだ。
だがこの世界には、そんなオレンだからこそ解ける問題がある。
物語は今一度、大盾とルピアの戦いへと時の針を合わせるー




