第53話 難問
大都市ユーザと王都アプルスに至る街道は、王国の交通の要として特段の舗装がなされている。カラダリンの馬車はリズミカルにその整備された街道を叩きながら走り抜けていく。
道中、それは商人の習性なのだろうか、カラダリンはみかんについて、その育成方法や生産量などの詳細をオレンに尋ねる。それは、このみかんの栽培に特別なことは何もしていないオレンを少し困らせた。そんなやり取りと同じ数の宿場を通り過ぎると、馬車は王立魔導院に到着した。
三人は、そのまますぐに魔導院内のコハクフクロウの拠点である魔塔に向かう。すると事前に連絡を受けていたのか、塔の前ではペールグランが一人静かに待機していた。
「これはこれは、ペールグラン。お出迎え感謝いたします。」
カラダリンはそう言うとアンシアと揃って頭を下げる。それにつられてオレンも下げた。そんな三人を前に、ペールグランは言葉より早く錫杖を一振りし、魔塔の大扉を開けた。
「どうぞお入りください。」 と、ペールグランは上品に招く。
そして続けて、たった今の御淑やかな印象を打ち消すように、魔塔全体に響く声を張り上げた。
「ページく~~ん! 来ましたよー!」
ペールグランの声に塔の上層から声が返ってくる。
「は~~い! 二階に上がってもらってくださーい!」
そのやり取りを受けて、ペールグランと三人は魔塔の二階にある居住区に向かった。そこでしばらく待っていると、パタパタと言う軽快な足音と共にページが顔を出した。
「いやー、お待たせしてすいません。ちょうど今、あれの最終調整で忙しくって…。」
「カラダリンさんに用意してもらった魔石は素晴らしいですよっ!」
「あっ! オレンさん、お久しぶりです。」
魔塔中央の巨大な構造物を指さしながら、ページは忙しく言葉を並べた。
ページが一回りして、一同がテーブルを囲み落ち着いたところで、周囲を見渡しながらページは尋ねる。
「それで、今日はどういった用件でしょう?」
「それはー」
オレンは誰に促されるでもなく積極的に切り出し、カラダリンにしたのと同様の説明を繰り返した。その話をペールグランは静かに聞いていたが、それとは対照的に、ページは感情豊かな反応を見せた。
「なるほどー、いやー、ハーペリアの件、腑に落ちました。そういうことだったんですねー。」
オレンの話が終わると、ページは楽しそうに話し始める。まるで御伽噺に夢中になる子供のように目を輝かせ、物語の真偽自体は気になっていないようだった。それとは対照的に、ペールグランは無言を保ち、その静寂が圧として伝わってくる。
「それと…、世界樹の実ですか。うーん…。ちょっと僕も聞いた覚えがないですねー。」
「ペールグランさんは聞いたことあります?」
「いえ。」 ページの問いに、ペールグランは静かに短く呟いた。
そのペールグランの静かな圧は、アンシアと同じことを考えているのではと、オレンに思わせる。ただ、それを口にしないのはページの前では控えているのか、それとも別の理由があるのか、そこまでは分からなかった。
ページはそれに気づいているのか、それもオレンには分からないが、お構いなしに話を進めた。
「そうですかー…。ふーん…。となると、問題はこのみかんですね。」
ページは、常人であれば悩んだり、迷ったりして時間をかけて熟慮するところを、その豊富な知識から素早く客観的に切り分ける。ただ、自分の興味という主観を前面に出し話す姿は、その子供らしい容姿と相まって、それを知らない人間にはとてもあどけなく映る。
「ちょっと一口頂いてもいいですか?」
「はい。どうぞ。」 オレンはそう言ってみかんを差し出す。
みかんにページは手を伸ばし、皮を剥いて一房口に入れた。
「…。みゅがっ…。ちょっ、と、失礼…。」 ページはそう言って慌てて口を押えて席を外した。
「…、すいませーん。中々刺激的な味で、見苦しい所をお見せしました。」
「だけど、これはとても面白い果物ですね。」 ページは苦笑いしながらすぐに戻ってきた。
そして、みかんに興味を示したところを、カラダリンが割り込んで、一つ提案をする。
「そのみかん、フクロウさんのところで正式に調査して頂けませんか?」
「はい、喜んで受けますよ。こんな不思議な実の正体、ぜひ僕も知りたいです。」
「いいですよね? ペールグランさん。」
ページは即答し、ペールグランに確認を取る。ペールグランを見つめるページの目はキラキラと輝く。
「ええ。カラダリン様にはいつもご支援を頂いております。今回も正式な調査申請として粛々と処理させていただきます。」
ペールグランはページに笑顔を見せながら、知性を柔らかさで包んだような言葉を並べた。
「お手柔らかにお願いします。」
カラダリンの慣れた返答は、過去に何度か似たようなやり取りをしていることを示していた。
「さて、それでオレンさんの方の依頼は、世界樹の実を持ち帰ってくる事でよいですか?」
ページの輝く目は、次にオレンに向けられる。その質問は、オレンが今日ここに来た理由を先読みし、その望みの半分を代弁していた。オレンがその半分で妥協し、もう半分を諦めて、投げ出すことが出来たならどれほど楽だろう。それが出来ないオレンは、もう半分を訴える。
「世界樹の実は自分で取りに行こうと考えています。皆さんには、どうかそのお手伝いをお願いしたいのです。」
「おや、そうですか…。では世界樹まで同行して欲しい、と。」
目の輝きを失ったページの反応は、オレンがタワーを超え魔界に入ることへの疑問を暗に示した。合理的に考えて、力を持たないオレンに同行してもらう必要性がわからなかった。
「実は…、それはメティスの大盾に頼もうと考えています。」
「えっと…。それは…。」 前提を覆す発言にページは首を傾げ、困惑した表情をみせるが、オレンは続ける。
「その道中で、もしヒナさんを殺した魔族と遭遇したら、その時に皆さんに助けて欲しいのです。」
オレンは、カラダリンとページの勇者の力を知らない。しかし、実際会ってみて、戦闘においては大盾の方が上だと考えている。だから、大盾へ依頼することが最も適任だと思えたし、なにより、オレンが憂う最悪の事態となった時、そのときは大盾を連れて逃げて欲しいと願った。
ここまで来て、都合のいいことを言っている自覚はオレンにもあった。そもそも、まだ大盾の了承を取り付けていないし、それを前提にここにいる勇者へ助力を求める行為に、正当性など欠片もなかった。ただ、オレンはそうまでしてもヒナを生き返らせたいという決意を握りしめていた。
「うーん。中々、難しい依頼をされますね、オレンさん。」
ページに言われるまでもなく、オレンにも自分の要求の困難さが分かっていた。具体的な方策を全く考えられず、丸投げしているオレンの依頼に応える道理などなかった。
しかし、ページはそんな道理をお構いなしに説明を始める。
「魔界の地を広範囲で探索することは、僕たちの長年の夢でもあります。ですが、移動魔法で空を飛ぶ行為は、敵が何処から狙っているか分からない魔界では、避けねばいけません。」
「説明するまでもない事ですが、人を魔法で空に飛ばすのと、地上から魔法で弓矢を放つのと、同じ魔素であればどちらが速いか分かりますよね?」
「それと、魔法障壁から帰還する技術は確立されましたが、それ以外の魔界側からの魔法はすべて障壁に遮断されてしまいます。この障壁がある限り、魔界側から魔法を用いた迅速な情報伝達を行うのは不可能です。」
「これらの問題が解決されない限り、オレンさんの依頼に応えるのは難しいですね。」
ページによって言語化された難問に、オレンは返す言葉が見つからない。ならば、最初から大人数で遠征隊を組んで世界樹に向かえばいいようにも思えるが、規模が大きくなればそれだけ敵に発見されやすく、多くの敵を招いてしまう恐れもある。部隊を分けて役割分担をするなど、良い方法があるのかもしれないが、問題が複雑になり過ぎて、もはや何が正解なのかオレンには到底判断できない。
今のオレンにできるのは、自分が知り得た全てを差し出して勇者に託す事までで、それ以上を望むのは過ぎたことなのかもしれない。オレンの心の裏側から、少しずつ半分の妥協が影を延ばす。
ページはそれに気づいているのか、それはオレンには分からないが、その影を払うかのように無邪気な声を響かせた。
「そして、そんな問題を解決するのが、僕たちの仕事です。」
そのページの目は再び輝きに満ちていた。




