表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第一幕 約束の指輪
67/106

第48話 黄金

 火竜亭を後にし、オレンは家へと帰る。ガモットとの会話はオレンを勇気づけてくれた。しかしそれは、乗り越えなければならない問題もまた浮き彫りにした。

 母マリアの日記から世界樹の実の情報を見つけて、それを取りに行く為に勇者たちを説得する。それが叶えば、世界樹の実を持ち帰ることが出来るかもしれない。まだ状況が好転したわけでもなく、具体的には何も進展していないのだが、やるべきことがハッキリしただけでもオレンには収穫があった。


 ミカビ村へ帰る途中で、オレンは勇者について考える。

(多分、勇者たちだって、世界樹の実は人を生き返らせる力がある、という確証があれば協力してくれるはずだ。

だけど、そんな証拠は母の日記にもないかもしれない。何か、その可能性があるって言えるものが見つかればいいんだけど…。

でも、そもそも俺の方から会いに行って勇者に会えるものなのか?

特にブラッドさんたちには、普通の方法じゃ会うことすら難しいかもしれない…。)

 オレンの勇者についての知識は浅い。勇者たちと関係があると言っても、それはほぼ一方的なもので、オレンは出会ってきた勇者たち一人一人について、その場で会話して得た知識しかない。オレンはそれをかき集めて、彼らが何のために自分に関わってきたのか、ここ数日で起きたことを思い出しながら思案し始めた。


(どうして、勇者たちは俺なんかに絡んできたんだろう…。メティスの大盾の人たちはわかる。

俺が六色ワンドの隠し場所を偶然言い当てたのが始まりで…。

それから誤解されて、情報屋かなんかだと思われて、最後には家まで押しかけてきて…。)

(その時、また偶然に母さんの日記にハーペリアが書かれていたのを見つけたんだ。

そうだ、それでハーペリアの事をルーナさんに話して、さらにそれがコハクフクロウに伝わって…。

だから、フクロウの人たちは俺を呼んだんだ。

あれ? でも俺、あそこで何喋ったっけ?

なんか聞かれるよりもむしろ、色んなことを教えてもらった気がするけど、結局コハクフクロウの人たちは何が知りたかったんだろう…。)

(うーん…。)

(もっと分からないのは、塩の天秤だ。

カラダリンさんは俺の事も、ハーペリアのことも、他の勇者たちとのことも、何でも知ってるようだった。

一体どうして俺は屋敷に招かれたんだろう…。

まさか本当にお客さんとして招かれたのか? なんで?)

(うーーん…。)

(クレメンタイン教団には、どうして俺が勇者の志願者だと誤解されたんだ?

俺が他の勇者たちから目を付けられているのが、勇者たちからスカウトされているように見えんだろうか?

だとしたら、教団と他の勇者たちは直接やり取りをしてなくて、お互い伝聞や噂を頼りにしてる?

ん? ってことは、ひょっとして教団と勇者たちって実は仲が悪い? まさか…。)


 オレンは歩きながら思考を巡らせる。これまでの勇者とのやり取りの中で、何か手掛かりがないか探る。勇者たちが何を自分に求めていたのかが分かれば、交渉の糸口になるのだが、オレンが考えたところで勇者たちの行動の目的はまるで分らなかった。

「うーーん…。何か見落としてるのかなー。」

 思わず一人で呟く。しかし、その言葉はミカビ村までの帰路に吹く風にかき消え、答える者など誰もいなかった。その後もしばらくあれこれ考えるが、結局何の答えも出ないまま、オレンはミカビ村まで戻ってきた。


 家に戻ったオレンは自分の部屋へと急ぎ、早速母の日記を調べ始めた。オレンの新たな決意は、昨日、自分で立てた誓いを簡単に吹き飛ばした。

 まず、母の日記の始まりから開くと、最初の日付は今からおよそ十一年前だった。それは、大病から世界樹の実の力で一旦立ち直った後、また悪くなっていったというリシャの話と重なる。母の臥せる時間が増えたことが、この日記を書くきっかけになったのだろうか。オレンは日記を最初から丁寧に読み解いていった。


 時が経つのを忘れ、オレンは没頭していた。世界樹の実について探すためではあったが、母の日記はマリア独特の詩的な表現が織り交ざり、単純に読み心地が良かった。リシャやガモットの話を聞いた今はなおさら、そこに描かれている母マリアの愛していた日常の情景を鮮明に色づけた。

 浸る時間に日も暮れて、外には星が輝きだす。オレンはそんなことにも気が付かないほど集中して読みふけった。

 一方、ミーヤはとっくに家に帰っていたが、部屋に籠るオレンに声を掛けることはなかった。ミーヤはまだこんな時に、上手に接する方法がリシャほどにはわかっていない。だから、下手くそな方法を取るより、何もしないで時間に任せることを選んだ。そこには、ミーヤなりの思いやりが込められていた。

 いつもの時間に、今夜もミーヤは予定通りカカマジの放送を始める。兄の事は気になったが、だからといって、兄を言い訳にして放送を止めたりはできない。そして、そんなことを望んでいないこともわかっている。この放送は今までずっと、自分と友達が好きでやっていたことだったが、しかしそこには、兄の応援があった事を昨日の一件が教えてくれていた。


(ミーヤ「…、はい。ということで、早速次のコーナーに移りたいと思います。」

(ミーヤ「次のコーナーはですね、クレメンタイン様直々の応援を頂いて、私たちももっと頑張ろうと思って始めました。それでは、せーの!」

(三人「「「カカマジ人生相談コーナー!!!」」」

(リンカ「ミーヤさん、これはどんなコーナーなんですか?」

(ミーヤ「このコーナーはですね、リスナーさんたちのお悩みに私達三人が応えていくコーナーです。」

(サンセ「それって、わりとフツーにどこでもやってません?」

(ミーヤ「いいんですよ。そういうのでいいんですよ。そういうので。」

(リンカ「ほー いいじゃないか。」

(ミーヤ「はい、では最初のお便りから。サンセさん、お願いします。」

(サンセ「はい、マジオネーム、白白魔導士。

『先日、私が嫌っていた人が突然居なくなりました。私はそれを聞いた時、内心に喜びの感情が全く湧かなかった、と自信をもって言えません。その人が悪い事をしていた訳でもなく、ただ自分の方から一方的に嫌っていただけなのに、人の不幸を笑うような自分が嫌になります。ミーヤちゃんは自分を嫌いになることはありますか?』」

(サンセ「最初から重たい内容ですけど、どうですか? ミーヤさん。」

(ミーヤ「うーん、そうですねー。自分を嫌いになること、ですよね。」

(ミーヤ「いやー、実は私も昨日お兄ちゃんと喧嘩しちゃって、その時は滅茶苦茶ムカついて、もう二度と口きいてやんないって思ったんだけど…」

(リンカ「だけどー」

(ミーヤ「だけどね、お兄ちゃんが帰って来た時、滅茶苦茶落ち込んでて、そんなお兄ちゃん見たらね、怒ってたことなんてどうでもよくなっちゃった。その時、どうして喧嘩しちゃったんだろう、って自己嫌悪しちゃったんだよね。」

(ミーヤ「それから、逆に謝られちゃったんだけど、まだ私の方から謝ってなくて…。自分の気持ちを相手に伝えるのって難しいよね。私もどう声かけていいかわかんないんだよね。まいった、まいった。」

(リンカ「まいった、まいった。」

(ミーヤ「ホント、まいっちゃうよねー。だから、今はまだわかんなくていいかなって。そういう欠点とか、嫌いな所もね、そのままで、今すぐ直さなくてもいいと思うんだよね。だって、これから色んなことを経験して、自然に解決したりすることもあれば、新しい欠点を見つけたりもするでしょ?」

(サンセ「あー、それはあるかも。」

(ミーヤ「だからね、自分が嫌いなんていうのも、今を切り取った自分で決めなくていいと思います。いかかでしょうか?」

(サンセ「ミーヤさん。綺麗にまとまりましたね。」

(ミーヤ「そお?」

(リンカ「お兄さんも、よくできた妹を持って鼻が高いのでは?」

(ミーヤ「んー、うちのお兄ちゃんも、もうちょっと妹を頼ってくれてもいいんだけど…。」


 ミーヤたちの放送はその後も続いた。しかし、その放送がオレンの耳に入ることはなかった。オレンは夜の静寂の中、とても集中して日記をつぶさに読み取っていた。その内容に僅かでも世界樹か勇者に繋がることがないか考えながら読み進める。

 これまでのオレンの人生の中で、恐らくこれほど集中し、頭を使ったことはないだろう。オレンは夜通し母の日記と向き合って、その全てに目を通していった。


 深く緩やかに流れる時を、黄金の時計が刻んでいる。時の流れは誰にも平等だが、今、兄妹に流れる時間にはそれだけの価値がある。しかしまだ、兄妹はその価値を知ることはない。だがそれはやがて、夜道を照らす白石となるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ