第40話 勇者様、ノータイムで受けきる
のんびりとリラックスしているウィーナに対して、ブラッドは真剣な面持ちで質問する。
「この滝の上に遺跡があるのは本当か?」
「本当だよ~。あれは間違いなく龍伝説にある水の都だと思う。」
ウィーナはブラッドたちの空気の重さに気付いていないようで、返す言葉はとても軽い。
「何ですか? その龍伝説というのは?」 陸奥が口を挟む。
「ん~? 青龍と赤龍のお話知らないの? 青龍と赤龍が喧嘩したお話。」
「昔々、青龍の姫が作った綺麗な水の都にー。」 龍伝説を語り出すウィーナをブラッドは遮った。
「いや、今はその話はどうでもいい。それより、我々をそこへ案内できるか?」
それを聞いたウィーナは、それまでのリラックスムードから一変して目を輝かせる。このやり取りの間にずぶ濡れだった服もすっかり乾いて、水色の髪を上手くまとめて帽子をかぶり、元気に応える。
「喜んで! それじゃ今度は、みんなで探検ね!」
ウィーナの返答はブラッドの意図するところと少し外れていたが、だとしても双方の利害が一致している事を重視して受け入れた。ウィーナが身を整える時間を使って、ブラッドたちは眼前の大滝を攻略する計画を立てた。
計画と言ってもシンプルなもので、ヒナにはウィーナと一緒に魔法で上がってもらい、他三人は滝を迂回し登るというものだ。幸いなことに、近くの岩場が連なる斜面は緩やかで、三人の身体能力なら問題なく登れそうだった。
一同は計画を行動に移す。計画を聞いたウィーナはヒナに声をかけた。
「よろしくね。ヒナちゃん!」 「はい。よろしく。」
ヒナはそう言って箒を差し出し、ウィーナが後ろに跨るのを確認すると呪文を唱えた。
「風の精霊よ。水面の羽根をその息で吹き上げよ。」
ヒナの魔法は二人乗りの箒をブワッ! っと舞い上げ、最短で滝口の水辺まで運ぶ。ヒナの魔法には無駄がなく、人にかかる負荷も最小限にした洗練されたものだった。瞬く間の出来事にウィーナは呆気にとられる。
「…。ヒナちゃんすごい! どうしてこんなすごい魔法が使えるの?」
ウィーナが驚いたヒナの魔法の凄さとは、魔法の精妙さにあった。もしこれが他の魔法使いだったなら、浮遊魔法によってフワフワと空を漂い、ゆっくりと滝口まで登る方法を取るだろう。
結果的に同じとなる簡単な魔法の違いなどに、ほとんどの者は気に留めることもない。
魔子が生み出す魔素を対価に六属性精霊と契約して魔法を生み出す。この世界の魔法原理を考えたとき、魔法の威力や精度を高めるには、エレメントとの相性が重要となる。魔法を生み出すエレメントと自分の魔法のイメージを、どれだけ正確に重ね合わせられるかが、魔法の完成度を高めるのである。そして、魔法に熟練した者であればあるほど、それがいかに難しいかを理解している。ヒナの魔法の凄さに気付けることが、ウィーナの魔法に対しての理解の深さを意味していた。
ウィーナは探検者を名乗るだけあって好奇心旺盛で、ヒナに俄然興味を持ち質問攻めにした。
「この箒に秘密があるの? 凄い魔法植物でできてるとか?」 「ただのブナの木です。」
「あ、じゃあこの凄そうなワンドに秘密があるの? ねぇ、ちょっと触らせて。」 「ダメです。」
「じゃあじゃあ、首に掛けてるこの翡翠の指輪は? 恋人からのプレゼント?」 「違います。」
「じゃあじゃあじゃあー」
ウィーナの攻めをノータイムで受けきるヒナのやり取りは、どちらも一歩も譲らず永遠に続くかと思われたが、そのうちに三人が合流すると、その様子を笑いながらルーナが止めた。
滝の上に広がる景色は、とても雄弁にウィーナの言葉が嘘ではないと語っていた。考古学には疎い一行であったが、明らかにここに都市が存在したことを示す遺跡が隠されもせず散乱していた。渓谷の中に崩れた柱や、わずかに残る顔料が染みついた壁が沈み、風化と共に植物に覆われ自然に溶け込んでいた。
滝の轟音を置き去りにして渓谷の中に沈む古代都市。その崩壊の原因が、本当に竜の喧嘩によるものなのか、長い時を自然の力に晒された結果なのかは、一見しただけでは判断は難しい。ただその人を寄せ付けていない自然と一体化した風景が、未知の発見を期待させた。
「さっきはそこで足を滑らせちゃったんだよねー。」
と言ってウィーナは渓流の少し先を指さす。その場所は川の中にある自然の岩と、遺跡の一部であろう石片が、まるで遺跡に誘うように飛び飛びに突き出ていた。一行はその飛び石を巡り遺跡へと近づく。しかし、原形を留める遺跡は一つとして無く、大盾の一同には、遺跡の全体像はもちろん、どんな役割の遺跡がどこにあるのか、などは全く分からなかった。
「ウィーナ。水のラピスラズリを知っているか?」 ブラッドが尋ねる。
「もちろん! あなたたちの目的もやっぱりそうよね!」
もし見つけた時、目的が同じなら奪い合いになる可能性もあるはずなのだが、ウィーナは警戒する様子もなく答えた。
「…、では、どの辺りにありそうか見当はつくか?」
ウィーナの警戒心の無さは、逆にブラッドの表に出さない警戒心を刺激する。
「んーと…。」
「さっき落ちた大滝に積み上がってたのは、宮殿の折れた門柱で、あそこに見えてるもう一つの門柱と対になってたと思うのよね。」
「そうすると…、その奥に宮殿があって、水のラピスラズリは宮殿の中心部にあったと考えられるから…。」
もはや失われた門の姿が見えているかのように、残った柱だけを見て語るウィーナの観察力と洞察は、ブラッドたちを唸らせた。その見事さは、この子は何処から来た何者なのか、という忘れかけていた疑問を呼び起こさせた。
「…そうすると、宮殿の中心部はきっと、あの辺りの深い水の中ってことになるわね。」
ウィーナが指し示した場所は、この急流の中でも最も深い箇所だった。
それを聞いた大盾の一同は、その真偽も含め少し考える。そして、一旦作戦を練るため、足場の悪い飛び石の上から開けた場所に戻ることに決めた。
その矢先ー
「「「ワォオオォォーー…」」」
渓谷を取り巻く森の静寂を破り、突如として狼の遠吠えが響き渡った。
一行は驚き、その場で森を見渡したが、大音量と谷の反響でどこから吠えているのか、全く見当がつけられなかった。
そして、その遠吠えが収まると、同時に渓谷の森は騒ぎ始めた。野鳥の群れが一斉に飛び立ち、動物たちは警戒音を上げる。その声の主に森の生き物たちが怯え、この場から一刻も早く逃げ出そうとしているようだった。
この異常な気配から、一行は危険な何かがいる事は察知したが、未だにその姿を捉えることが出来ずにいた。
ブラッドたちが警戒を続ける中、しばらくすると、渓谷には再び静寂が戻る。それまで気にもならなかった渓流の水の音にまで注意を払うほど緊張が高まる。一行がその場から動けずにいる中、森の静寂を切り裂いて、影が一つ飛び出した。
その影はしなやかに森を跳ね回り、どこにいるのか、その正確な位置を撹乱する。なおかつ、こちらの出方や編成を探るように、徐々に間合いを詰めながら近づくと、遺跡の門柱の上に素早く飛び移った。
遺跡の上からこちらを見下ろす影の正体は、金色の毛を持つ狼だった。
一行は、丁度太陽を背にした金色の姿を見上げた。その姿は、まさに太陽の様に燃えるような煌めきを放つ一方で、逆光となった狼の顔は濃い影に包まれていた。
「「今スグ消エ失セロォッ!!!」」
間髪入れず、狼は激しい咆哮を轟かせる。
空気を揺らす怒号は一行を威圧する。それと同時に、狼が人語を発した事に驚いたが、すぐにそれは間違いだったと気付いた。次第に目が慣れて太陽に照らされた姿が露になる。暴かれた狼の正体は、四つ足で構える金色の人狼だった。
「折角ここまで来ましたのに、失せろとは、あんまりではありませんか?」
ワーウルフの咆哮を前に、一番近くにいた陸奥の口は珍しく軽くなる。それは多分に挑発する意味合いを持たせているが、同時に焦りや緊張を意味していた。
「生憎とここまで来て、手ぶらで帰るわけにはいかんな。」
「まっ、そういう事よね。」
陸奥に引っ張られるように後に続く二人の言葉には、前者の意味合いしか残っていない。
「ウサギ風情ガ逆ラウカ…。ナラバ、狩リ殺ス!」
一行は敵意をむき出しにするワーウルフを前に戦闘態勢を取る。ワーウルフが放つ戦意と真正面から対峙する陸奥の身体には冷たい汗が流れた。
人は牙を剥く凶暴な野獣を恐れる。だが、本当の強さとは目に見えるものではない。強さを見抜いているのは、本能と経験である。人が恐れる野獣を、魔子を宿した勇者は遥かに凌駕する。魔子と、魔子から生み出される魔素は人の目に見えるものではない。魔素を対価にした魔法という現象を、人は見ることができるのである。
では、野獣が魔子を宿し、魔獣と化したらどうなるだろう。魔素を生み出す魔子の大きさは、強さの基準となるかもしれない。しかし、それは強さの一因でしかない。互いの強さを探り合い、強者への策を練るのが人の戦いというものである。そしてそれが出来るからこそ、人は恐怖に立ち向かえる。
だがそれも、圧倒的な強さの前では水泡に帰すことだろう。勇者クレメンタインとは正にそういった存在で、人は本能と経験で敗北を悟る。
そして今、陸奥はそれに等しい感覚を眼前の金色のワーウルフから感じていた。




