第37話 勇者様、指輪を受け取る
レシアと別れて、オレンは自分の家に帰ってきた。
家の扉を開けるとそこには帰ってきたミーヤと、そしてもう一人、いるはずの無いヒナがいた。
「お帰り、お兄ちゃん。」 「こんにちは。」
いつもの食卓で、ピアを膝に乗せて撫でながら話すミーヤと、その隣にいるヒナはあまりに自然に溶け込んでいて、何年も前からこんな関係が続いているかのような錯覚を起こす。
「…ただいま。」
オレンは心の中で、(取り合えず、落ち着こう。) と唱え、平静を装う。しかし思考の混乱で状況の理解が追い付かず、頭の中がゴチャゴチャになっていると、ミーヤの方から話しかけてきた。
「お兄ちゃん、どこ行ってたの? ヒナさんずっと待ってたみたいだよ?」
「…えーっと…。」
そう聞かれたオレンは躊躇う。もし正直に、(いやー、勇者教団まで連れていかれてさ、クレメンタインに会ってたんだよ。)などと答えたらミーヤがどうなるか、容易に想像できた。せっかくヒナがいる場を荒らしたくなかったし、それに、クレメンタインにしたお願いが果たされるまで、これは秘密のままが良いと考えた。
「…それより、どうして家に来たんですか?」 オレンは、誤魔化すためにヒナに話題を振った。
「…本当は、昨日来るつもりだったけど、ハーペリアを取りに行ってみんな疲れてたから、昨日はお休みにした。」
ヒナはミーヤの横で、みかんを食べながら、とても自然に話す。その内容は、質問の答えからは少しずれていたが、それを聞いたオレンは、自分の言った事が発端であることに責任を感じ、大盾の人たちを心配した。
「大丈夫ですか? 怪我でもされました?」
「…怪我はしていませんが、魔法生物を相手にして幻覚に掛かってしまって…。今はみんな元気です。」
「そうですか、なら良かった。」 オレンは胸をなでおろす。
「…それで、ハーペリアは?」
あの満月の夜、結局詳しく聞かなかったことを思い出し、母の日記にあった話の真偽がオレンは気になる。
「言う通りの場所に、確かに植物金属ハーペリアはありました。」
「採取したハーペリアは、魔界から帰ってすぐにコハクフクロウへ渡して、分析とそれから加工の依頼をしてあります。」
先日のフクロウとの一件が、ヒナの話を納得させる。いくら優れた素材であっても、未知の物を扱うには相応の知識が必要だろうし、それは大盾よりフクロウの方が適任であるのは明らかだった。あるいは、最初に話を持っていった時に、そういう契約を大盾とフクロウでしていたのかもしれない。
「…ああ、そうだ。ハーペリアの件があって、それで他の情報も集めてみたので…。よかったら、これ。」
そう言ってオレンは、昨日の夜に書き写した紙をヒナに見せる。
「…どれも本当かどうか確証は持てないけど、この水竜と火竜の話なんかは面白そうですよね。」
渡された紙を読むヒナを前に、竜の話を勧めたのは、母の日誌の内容が心に響いたせいなのか、あるいはたった今、黒竜ケルナーに乗って来た興奮が冷めてなかったせいなのか、オレンにもハッキリとした理由は分からない。
「ありがとう。では、早速行ってきます。」
ヒナはスッと立ち去ろうとする。その迷いのない速やかな行動は、今まで会話していたオレンを置き去りにする。自分から家に来たかと思えばサッサと帰る、ヒナの意味不明ないつもの行動は、オレンにヒナの気持ちを量り取るのを難しくさせる。
そんな理不尽が、オレンにヒナを止めるための言葉を口にするのを躊躇わせるが、この状況を救ったのはミーヤだった。
”お兄ちゃん!” と、ミーヤはオレンにだけ聞こえるような小声で怒った。
そして、膝の上で丸まっていたピアを押し付けるようにオレンに渡す。ピアを受け取ったオレンは自分がどうすべきか自覚し、ヒナを追いかけた。
「あの! ちょっと待って!」 その声にヒナは振り向く。
「ほら、忘れ物。あとさ…。」 オレンはピアを手渡し、そして意を決して銀鎖に繋がれた翡翠の指輪を取り出す。
「あの、これを…」 と言い出だした矢先ー
何を思ったのか、今まで昼寝を決め込んでいたピアがすごい勢いで、オレンに飛びかかる。そしてその勢いのまま軽やかに駆け上がると、手に持った指輪に目をつけて、ひとつをパッと咥えた。だが、それだけでは飽き足らず、なんとそこからさらに勢いをつけて、ジャンプ一番! ヒナの頭と帽子の隙間に滑り込んで着地を決めた。
「……………………。」 何とも言えない静寂がただでさえ静かな夕日を包む。
「……。それ、あげるから。」 と、ヒナの頭を指さして言うオレンの声が静寂を破る。
「はい…。」 と、ヒナは応えるだけだった。
ヒナが頭に猫を入れたまま、夕焼けの中を飛んで行くのを見送るオレンは一言呟いた。
「…一応、渡したことになるのかな。」
とりあえずは指輪を渡せたことにオレンは安堵する。オレンの言う通り、たとえそれが不可抗力だったとしても、確かに指輪を渡すことには成功した。だがしかし、指輪をくれたノエルにしろ、協力したショーゴにしろ、オレンに期待したのは指輪を渡すことより寧ろ、渡した後の駆け引きにこそあったのだが、その心得を持ち合わせていないほどオレンは未熟だった。
ーその日の夜ー
ミーヤのカカマジ放送を、オレンは食卓で一人で聴いていた。妹の声を態々聴くなどは、オレンには小恥ずかしいこともあり自発的に聴いたりすることもそうそうないのだが、今日は特別だった。
(ミーヤ「ーはい。マジオネーム、殴るな蹴るなさんのリクエストで、勇者クレメンタイン様、聖十字でした。ありがとうございましたー」
(リンカ「はい、ミーヤさん、早速のお便りが届いていますよ。」
(ミーヤ「ホントですか? リンカさん」
(リンカ「マジオネーム、黒耳白尻尾。「お前が歌うんかいっ!」」
(三人「ありがとうございます!」
(サンセ「ミーヤさん、いつものお便りが届いていますよ。」
(ミーヤ「ホントですか? サンセさん」
(サンセ「マジオネーム、白々魔導士。「いつものっ!」」
(三人「いつもの! ありがとうございま~す!」
(ミーヤ「はい、というわけで本日のカカ中マジオ放送はこれにて終了です。」
(リンカ「ミーヤさん、ミーヤさん。実は、まだお便りが届いていました。」
(ミーヤ「え? ホントですか? 誰からですか?」
(リンカ「いいですか? 落ち着いて聞いてください、読みますよ、ゴホン、マジオネーム、クレメンタイン。」
(ミーヤ「え? えっ! うそ、うそ、ホント?!」
(サンセ「うへぇ~~…。」
(リンカ「はい、間違いなく本人からです。心の準備いいですか、読みますよ?」
(サンセ「おっけー。」
(ミーヤ「ちょっと待って! スー…ハー…、スー…ハー…。ハイ、どうぞ!」
(リンカ「はいでは、マジオネーム、クレメンタイン。「ありがとう。あなたたちを愛しています。ごきげんよう。」」
(ミーヤ「…。うぅ…。…うぅ…。」
(ミーヤ「うぇ〜〜ん…。 リンカ―。サンセ―。やったよー、ついに届いたよー。うぇ~ん。」
(サンセ「そうだね! やったね!」
(リンカ「うんうん!」
(ミーヤ「うぅ…、さて! いつも、ありがとうございます! ぐすっ、これからも、頑張ります。だから…、見守ってください! それじゃ、せーの!」
(三人「温かくして寝ろよー。ばいばーい。」
ミーヤの放送を、一人食卓で聞いているオレンの目も潤む。クレメンタインがこんなに早くお願いを叶えてくれたのも驚いたが、それ以上にミーヤが感涙にむせぶほど喜ぶとは想像以上だった。
ミーヤがカカマジを始めた時、正直オレンは友達との遊びの範疇でやっている事だと思っていた。それがここ数日で、オレン自身が多くの勇者と関わって、その存在と魅力を知り、ミーヤの憧れは本物なのだと認識を改めさせられた。そんな妹が夢中でやってることの手伝いが出来て、オレンも嬉しかった。




