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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第一幕 約束の指輪
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第35話 勇者様、妹と仲良くみかんを食べる

 オレンを前にして、レシアの言葉は続く。

「オレンさん、ご存じでしょうか?」

「我が教団の勇者信仰は、元々タワーへの信仰に由来しています。あの有史以前から存在する天空を貫く巨大なタワーは、神が創造したものとして神格化されてきました。」

「そして、塔から発生する魔法障壁を超える行為は、神との結びつきを象徴する神聖な儀式とされたのです。」

「この儀式に挑む聖人こそが、勇者の原点なのです。」

 レシアは語りながら、再びタワーのモニュメントの前まで移動する。

「勇者教団は、その時代々々の人類の中から最も優れた聖人を選び出し、最強の勇者として送り出す儀式を連綿と執り行ってきました。この伝統こそが、我が教団が守るべき教義、歴史そのものなのです。」

 それはオレンが全く知らない歴史の物語だった。オレンは未だに、どうして自分にこんな話をするのか不思議だったが、勇者について深く知ることができて、むしろ感謝していた。しかし、何かこの話の中に腑に落ちないと感じるところがあった。具体的にどこがとは直ぐにはわからなかったが、違和感が残る。そんなオレンに構わず、レシアは話を続ける。

「その後、長い歴史の中で人類は、何度か魔族との戦いを経験します。」

「いくつかの大きな戦いを経て、教団の使命はその根源である魔王討伐へと移り変わり、それは勇者の使命ともなりました。」

「それから幾代もの勇者が誕生し、使命に殉じていったのです。」

「…そしてついに、神は勇者クレメンタインを我らに遣わされました。」

「教団は勇者クレメンタインこそが、我々の悲願を必ず果たすと信じています。」

 クレメンタインを恍惚と語るレシアをみて、オレンは自分が感じた違和感の正体に気づいた。それは、オレンがここ数日で出会ってきた色々な勇者たちと、直に触れ合ったからこそ生じていたものだった。

 そう、オレンが出会ってきた勇者たちは、その使命を帯びていても、一人一人人間として、その行動には自由意思があったのだ。それに気づいたオレンは、一つ疑問を投げかける。

「…あの、聖人として選ばれた人で、勇者になるのを拒んだ人はいなかったですか?」

 勇者の根幹である魔子の強さは、血統によって決まらない。これはオレンとミーヤもそうであるように、この世界で一般的に知られている事実である。それはつまり、様々な出自を持つ者に勇者の資質を持って生まれる可能性があり、必然的に勇者は色々な価値観や考え方を持つはずなのである。

 その中には戦いを望まない者もいたかもしれないし、教会の影響下に置かれることを嫌った者だっていたかもしれない。そして、勇者と成るほどの力を持つ者が、それを強制されるとは考えにくかった。

 オレンのこの問いに、レシアは少し考えて答える。

「…そうですね。確かに過去の歴史の中には、勇者と成る力を持ちながら、勇者と成らなかった者がいます。」

「彼らはその力を自由に行使することを望んだ無法者か、教会の力を借りずにタワーの魔法障壁を超えようとした酔狂な冒険者です。」

「その中で名を上げるとしたら…、勇者になることを拒否した最初の人間、ノワール。」

「彼は教会と対立し、アプルス王国の東の地にユーラ帝国を築き上げ初代皇帝となりました。」

 レシアはどこか不機嫌そうにそう話した。確かにその内容は教会側には不愉快な内容で、オレンを納得させる。レシアが語るその存在は、勇者のもう一つの歴史を想像させたが、オレンには勇者よりも遠い存在のように思えた。

 そんなオレンに、レシアは一言付け加えた。

「しかし、勇者を目指すオレンさんには関わりの無い事でしょう。」


「…えっ?」 それはあまりに唐突で、全く身に覚えのないことだった。


「さてそれでは…。」 と、話を続けようとするレシアにオレンは割って入る。

「いや、あの、ちょっと待って!」

「えっと、俺が勇者を目指してるって、何かの間違いじゃ? そんなこと、誰にも言った事も、やろうとした事も無いんだけど?」

 オレンは慌てて確認する。その内心を映すように言葉が早くなり荒くなった。

「…えっ?」 それはレシアにもあまりに唐突なことだった。

「「…………。」」 双方に沈黙が流れる。

「…ええと、ちょ、ちょっと待ってね。」

「私も聞いてることと違って、今確認取ってくるから!」

 レシアは慌てて確認する。その内心を映すように言葉が早くなり荒くなった。そう言葉を残しオレンを置いて、走ってどこかに消えていった。

 一人残されたオレンは、台座の上で輝く勇者の剣を漫然と眺めながら時間を過ごす。大きな誤解に翻弄されながら、自分が連れてこられた理由がようやく分かって、オレンは少し疲れた。

 これまでのやけに芝居がかっていたレシアの振る舞いは、勇者志願者に対する授業のようなものだったのだと納得した。そういえば、最後に見せた慌てた素の姿は、年相応の可愛らしい反応で少し可笑しかった。クレメンタインに心酔している感じといい、ミーヤと気が合いそうだとも思った。

 そんな下らない事をつらつらと考えながら時間が過ぎる。その間、眼前の勇者の剣は絶えることなく、ただ光を放ち続けていた。


 しばらく待っていると、動揺した様子のままのレシアが戻ってきて、オレンを引っ張る様に連れて行った。

 しばらくそのまま、オレンもレシアを慮って大人しく連行されて行ったその先は、二人の衛士が守る大きな扉の前だった。その厳重な警備のされ方から、この扉の向こうに何があるのかを、オレンはある程度察することができた。レシアは扉の前で息を整え、声を響かせる。

「レシアです。連れて参りました。」

 その言葉がまるで開錠の呪文かのように、扉は触れることなく開かれた。扉が開いてまず目に入って来たのは、目を開けていられないほどの強烈な光だった。

 目がくらむ光に慣れてくると、扉の中の聖堂の様子がわかってくる。高い天井に貼られた大きな五枚のステンドグラスから差し込む光が、ちょうど中央祭壇に飾られた銀製の竜の像に反射するように配置されて、像が光り輝き聖堂全体を明るく照らしていた。

 そして、祭壇にはクレメンタインが、そのすぐそばにコートランドが控える。オレンはレシアに促され祭壇の前に進んだ。それに対し、コートランドが歩み出る。

「オレン君。どうやらこちらに手違いがあったようで、ご面倒をお掛けしました。心よりお詫びします。」

 コートランドはそう言うと頭を下げる。オレンはコートランドから受けた第一印象から、自分のような者にはもっと高圧的な態度で接してくる高潔な騎士を連想していたが、その温和な言葉遣いに意外なギャップを感じた。

 沈黙したままのクレメンタインを前にして、オレンも相手の誠意に応える。

「気にしないで下さい。今日は、とてもよい話を聞けたと思っています。」

 オレンの言葉に嘘はない。むしろ相手の丁寧過ぎる対応に気を使う。

「その言葉に感謝します。ですが、無駄な時間を取らせたことに変わりはありません。」

「君にはいずれ何かで、その心に報いましょう。」

 もしクレメンタインがいなかったら、稀代の勇者として名を馳せるだろう。そんな印象を抱かせるコートランドの勇者としての振る舞いは、恵まれた容姿と相まって人を惹きつける。クレメンタインの騎士は外見だけでなく、中身もイケメンだった。

 そんなコートランドの言葉に心を緩ませるオレンが少し眼を逸らすと、偶然その先に緊張し続けるレシアの姿が映り、咄嗟に言葉が出てしまった。

「あの、この件でレシアさんを責めないで下さい。彼女の説明は、なんというか、とても分かりやすかったです。」

 考えなしに言った言葉は、それがフォローになっているかも怪しかったが、その言葉にコートランドは笑顔をみせた。

「ええ。御心配には及びません。我々は決して、罪なき者を裁きはしません。」

「…そうですか、それならよかった。」

 その言葉にオレンは安心する。レシアの事が気にかかったのは、どことなく彼女にミーヤの面影が浮かんだからだ。もしミーヤが、憧れのクレメンタインの前で恥をかいたりしたら辛いだろうな、と、ふと思い立っただけだった。

 そしてこの些細なきっかけは、オレンに一つの『お願い』を思い浮かばせた。それはとても頼みにくいお願いではあったが、しかし今をおいて他に言えるチャンスはないという思いが、オレンを後押しした。

「…すいません。あの…。」

「私にはミーヤという妹がいるんですけど…、カカマジってご存じでしょうか?」

「妹はクレメンタイン様に憧れて、マジオを使って友達たちと布教放送をしてるんです。」

「それで、あの…。もしよろしければ、妹に一言何かメッセージを送って貰えませんか?」

 クレメンタインとの会話は緊張をもたらす。それはオレンに限ったことではなく、あの火竜亭の酔っぱらいは例外として、クレメンタインを前にして、自分の言葉を伝えられただけで栄誉である。それほどに、クレメンタインとの対峙は、人生の審判を受けるような恐怖と希望に支配される。

 そして、このお願いは、コートランドとレシアを緊張させた。けれども、この場の支配者であるクレメンタインは、それを受けて応えた。

「ありがとう、よろしく。」

 このクレメンタインの一言は、途轍もなく重い。教団は教義にかけて、これを否定することも、無かったことにもできない。それ故に、オレンが自覚なく欲した『お願い』は千金に値するものだが、その無自覚さ故に、とても他愛のない事に使われた。

 周囲の思いを呑み込んで、クレメンタインの清らかな声は静寂を残す。音の無くなった聖堂に差し込む日の光が、ゆらゆらとステンドグラスを通して静かに揺れる。その光を浴びる祭壇の竜の目に飾られたダイヤモンドは、天界の空のような虹色に煌めいていた。

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