幕間 その16 陽を黙するメイド
ー四年前 カラダリンが今の邸宅を構えてすぐのある夜ー
屋敷の主の帰りを、着飾った一人の女性が客間の円卓の上座に座り待っていた。
しばらくして、馬車の音が屋敷の主の帰りを知らせる。ほどなく、主は何も知らないまま女性の前に姿を現した。
「お待ちしておりましたの、カラダリン。」
目が合うと同時に放たれた声の不意打ちに、意表を突かれたことより、カラダリンにはその女性その人への驚きが勝る。しかしその順応力は流石のもので、すぐに立て直してみせた。
「…これはこれは、ラベーニ王女。来訪をお伝え下されば、何を差し置いても迎えに上がりましたのに。」
カラダリンは王族に対する礼を示し、失礼な先方の出方を伺う。
「御免なさい。今日は、貴方に頼み事がありまして、お忍びで参りましたの。」
「ここに来た事は誰の耳にも触れぬよう、私が貴方への連絡を禁じました、執事を責めないで下さいね。」
「王女のお気遣いに感謝申し上げます。私めにできることであれば、何なりとお申し付けください。」
そうは言いつつ、カラダリンはラベーニの頼み事に見当を付けられずにいた。カラダリンはこの時既に勇者であり、手がける商会は拡大しつつあった。しかし、経済力において王宮に及ぶわけも無く、武力においても適うはずも無かった。
「…回りくどい会話は好みませんので、率直に申し上げます。」
「私、このまま王族でいることに魅力を感じていませんの。」
「一昨年の魔族侵攻を許した失態と、勇者クレメンタインの台頭で、王家の威信はじきに失墜するでしょう?」
「そうなる前に王宮に見切りをつけようと考えていますの。」
その内容は確かに、誰かに知られて良いものではなかった。カラダリンはそこからラベーニの目的が、交渉や取引によって援助を得ることだと推察し、それと王宮との関係悪化を天秤にかける。その結果は明白で、世間知らずのお姫様の戯言に、付き合う義理も道理も持ち合わせていなかった。
「…それでは、王女の頼み事とは、独立後の援助を求めてらっしゃいますか?」
カラダリンは、釣り合わない条件を付けて諦めさせる算段を立て、取り繕うことなく尋ねた。
「そうですわね。広い意味で言えば、そうなりますわ。」
「…カラダリン貴方、私を妻に娶る気はないかしら? なんでしたら正妻でなくとも、側室でよろしくてよ?」
「いえ、むしろその方がお互い都合がよろしいかしら?」
ラベーニの無遠慮で常識外れで一方的な求婚は、カラダリンを怒らせるどころか、むしろ可笑しくさせる。そしてそれは、王女に対してある予感を感じさせた。
「フフフッ、…面白いことを仰りますね。…いや本当に面白い。」
「私に言い寄るご婦人方は、皆さん例外なく本心を偽っていらっしゃいますが、ここまで本心を開けっ広げていらっしゃるご婦人は貴方が初めてですよ。」
カラダリンはラベーニの失礼な求婚を、意に介さずに楽し気に笑う。相手に合わせた態度に変えたのは、それが本心であると伝える為であり、そして予感を確かめる為でもあった。
「それは色よいお返事と受け取ってよいのかしら?」
カラダリンの失礼な笑いを、意に介さずにラベーニは尋ねる。
「…ええ、そうですね。ただし、正妻でも側室でもなく、私の商会の召使いとしてなら、ですが…。」
「仕方、ありませんわね。宜しくてよ。」
冗談の様な有り得ない提案に迷うことなく即答するラベーニをみて、カラダリンの予感は確信へと変わった。
それからすぐに、ラベーニは正式に王族からの離脱を表明し、了承される。そして晴れて、カラダリンの召使いとなった。当然のごとく王権派は、このカラダリンの行いを激しく非難した。しかし、カラダリンはその様な声を全く意に介すことなく、むしろ挑発するかのように、ラベーニに貴人の接待などの人目に付く仕事を任せた。
ラベーニはフィクロの元で召使いとしての指導を受けたが、元王族だけあって、教養や作法は既に身に着けており、魔法の素養も持ち合わせていた為、時にはフィクロを上回る仕事をみせた。残るは本人の意思が何処にあるのか、という懸念があったが、カラダリンが得た確信によって、それは払拭された。
ラベーニの庶民の仕事を典雅にこなす姿は、王権派が放った炎がかえって追い風となり評判を呼ぶ。その完璧な仕事ぶりは憧れとなり、多くの民の支持を得た。その声は、カラダリンの商会の成功を底上げし、逆に敵対者の梯子を外す。その結果、王宮内にカラダリン派と呼ばれる勢力を生むに至った。
後に、カラダリンはこう語る。
「面白いじゃないですか、時代が変化する時に、自らも変化できる人というのはそうはいませんよ。」
「その変化を垣間見るだけでも面白いと思いませんか?」




