第29話 勇者様、出ないと決めたのに呼び出される
カラダリン邸の出口には馬車と、その傍らに、来た時に相乗りしたメイドが待っていた。馬車には、来た時にはなかった大きな荷箱が二つ括り付けてあった。それは行き先と関係があるのは明らかだったが、こんな大荷物の中身が何かは、さっぱり見当もつかなかった。オレンが荷物に気を取られている側で、ハックナインがメイドに声をかける。
「そんじゃ、ラベーニの姐さん、お願いしゃす。」
ハックナインの軽い言葉に眉一つ動かさず、メイドは馬車の扉を開け、自身は御者台に乗り込んだ。ハックナインはそのまま犬と共に馬車に乗る。オレンはメイドが馬車を引くことに違和感を感じながらも、ハックナインの後から馬車に乗り込んだ。二人と一匹が座るとすぐに、メイドは馬車を進ませた。
馬車の中では、ハックナインと犬とオレンが向かい合っている。正直な話、オレンにとっては、あのラベーニと呼ばれた綺麗なメイドと一緒にいるより気が楽だった。ハックナインはオレンより少し年上の様に見え、さきほどの軽い喋り方から、どことなくショーゴに似た雰囲気を感じさせる。そんな親近感も手伝って、オレンは自分の方から話しかけてみた。
「あなたの犬はとても賢くて、良く懐いてますね。名前は何ていうんですか?」
オレンなりに気を使って、距離感を探って話題を振ってみる。
「俺の犬じゃねーよ。名前はルノン。」
返ってきたのは、思いの外不躾なものだった。それなりに気を使ったはずの言葉に、意外な反感が返ってきてオレンの顔は引きつった。(あれぇ? 何か変なこと言ったっけ? 犬の事を聞いたのがまずかったのか…) と考えて、今度は犬の事には触れないで、別の事を聞いてみる。
「カラダリンさんの召使いの人たちは、何でもこなすんですね。」 オレンは、今日最初から感じている違和感を口にする。
「その辺のことは、カラダリンの旦那の方針だな。」
「その方針、ってやつを完璧にこなすウチの三家令のヤバさ、あんちゃんにもわかる?」
「…ただな、此処だけの話、怒らすとコエーんだこれが。」
その返答には、オレンにある程度察せられる部分があった。先ほどの言葉は不躾だったのではなく、年の割に古風というか、俗っぽいというか、クセの強い独特の言い回しによるものだと理解させた。ハックナインに悪気が無いことを悟り、オレンは本題を聞いてみる。
「ところで、一体どこに向かっているんですか?」
「そりゃまー行ってみりゃわかる。もうソロソロ着く頃だぜ。」
ハックナインとの会話が終わる頃を見計らったかのように、本当にすぐ馬車は止まった。その場所は大都市ユーザから少し離れた郊外の孤児院だった。
孤児院の裏手に馬車が止まると、裏口には管理者らしきふくよかな体型の女性が待っていた。女性は、馬車から降りるハックナインを見て、歓迎の声でもてなした。
「まあまあ、ようこそ、ナイン、ルノン、それにラベーニさんも、いつもありがとう。」
「あら? そちらの方は?」
女性は馬車から降りてきたオレンを見て尋ねる。オレンが応えるより早く、ハックナインがそれに応える。
「こいつは今日手伝ってくれるオレン。何でも言ってやって。」
(えっ?! そうなの?) と、オレンは声を出しかけたが我慢する。何も知らず連れてこられた先で、孤児院の手伝いをしろと言われたら、大抵の人間は混乱する。当然オレンもその一人なのだが、手伝いが嫌なのではなく、それならそうと何故説明してくれないのか、という憤りに近い疑問が湧いた。そんな感情を抑えるように、オレンは一息ついて、あのカラダリンのことだから何か意味があるのだろうと、好意的に考えることにした。
「初めまして、オレンです。こういったことは初めてなので、教えて下さい。」
「ようこそ、チュノー孤児院へ。私はこの孤児院の院長のマオレ。若くて元気な人は大歓迎! きっと子供たちもよ。」
マオレはそう言って、オレンの手を握りそのまま引っ張って、強引に丸い身体でハグをした。オレンとマオレのやり取りの間に、ラベーニとハックナインは馬車から荷箱を降ろす。荷箱を開けると中には、食料やら、衣服や生活用品、子供が喜びそうな本やおもちゃなどが詰め込まれていた。オレンはやれと命令されたでもなく自然と、まずはその荷物を施設に運ぶ手伝いをした。
六年前の魔族侵攻によって生まれた孤児は相当な数に上った。王国内ではこれまでの孤児院では対処しきれなくなり、早急にあちこちに急造施設が作られた。それらは物も人も十分とは言えないものだったが、最低限の命を繋ぐことは出来た。六年の歳月が経ち、その数は徐々に減ってはいるが、未だ数多く残る。しかし、それに対する支援の力は、それより早く減っていった。そんな中、カラダリンは初期の混乱期から幾つかの孤児院の支援をしており、ここもその一つである。
荷物を一通り運び終えると、マオレはオレンたちに声をかけた。
「はい、それじゃあ、若くて元気な男の子たちは、もっと元気な子供たちの相手をしてあげて頂、戴っ!」
そう言ってオレンとハックナインの背中を押し、半ば強引に孤児院の作業場から追い出す。押し出された先の庭では一足早く、ルノンが子供たちに追い回されていた。ルノンは本当に賢い犬で、子供たちから上手に逃げる。それはもう見事なもので、子供たちの足の速さを完全に見切って、あともうちょっと、という子供が一番夢中になる間合いが分かっているようだった。
そこで遊んでいた一人の子供が、ハックナインに気づいて声をかけてきた。
「あっ! ナイン兄ちゃんだ!」
その声に、ルノンを追いかけていた子供たちも近寄ってくる。
「おうっ! お前ら元気にしてたか?」
「「「うんっ。」」」
ハックナインの問いかけに、子供たちは元気に応える。
「そうか、そうか。元気ならハラ減るよな。ホレホレ、持ってけ、持ってけ。」
と、何時仕込んだのか、服のポケットから小さな菓子の包みを子供たちに配る。子供たちはお礼を言いながら受け取った。その笑顔の横で、ほぼ蚊帳の外に置かれているオレンがいたが、ハックナインは続ける。
「全員、受け取ったか?」
「…はいっ! そんじゃあこれから、このあんちゃんが、お前たちの大事なお菓子を狙って追いかけます。」
「さあ、ニゲロー!」
オレンを指さして放つその声に、子供たちは即座に反応し、蜘蛛の子を散らすように逃げ回る。オレンは少々呆気にとられたが、状況を理解して切り替える。
「よーし! じゃあ、イクゾー!」
オレンはそう叫ぶと、賢いルノンを見習って子供たちを追いかけまわした。
子供たちが飽きるまで、この追いかけっこはしばらく続き、ハックナインはルノンとその光景を笑いながらみていた。
「ほい、お疲れさん。」
ハックナインは、息を切らして倒れ込むオレンを労う。子供たちは追いかけっこに飽きて、もらったお菓子を食べ始めていた。
子供たちを追いかけ回していた最中に、オレンは気付いた。これは、子供たちと見知らぬ他人である自分を打ち解けさせて、同時にお互い打ち解けさせる手っ取り早い通過儀礼なのだと。
オレンは息を切らしながら、応える。
「…。子供たちの扱いに、…随分慣れてるんですね。」
「まあな、俺は、ここの出身だかんよ。」
ハックナインのさりげない告白に、オレンは言葉を失う。詳しく聞きたい気持ちはあったが、それを聞くのはためらう。
六年前の魔族侵攻で両親を殺されたオレンとミーヤも、孤児としてこういった孤児院に入っても不思議ではなかった。そうならなかったのは、村の人たちが支えてくれたからで、自分の力ではどうにもならなかった事だ。孤児だから孤児院にいる、という当たり前の事の重さを、オレンはよくわかっていた。
「あ、気ぃー使ってくれなくていいぜ。俺もオレンちゃんのことは、大体聞かされてっから。お互いさまだぜ。」
どちらかといえば、このハックナインの告白の方が、オレンを戸惑わせる。どこまでの事を知っているのか、ということもあったが、まさか、ちゃん付けで呼ばれるとは思わなかった。
「んで、まあこれも、オレンちゃんに言っとくべきだから言っちまうけどよ。」
「…最近、大盾のとこに入ったヒナって嬢ちゃんな、俺がいたのと同じ時期に、この孤児院にいたんだよ。」
そのハックナインの最後の告白は、この日一番の衝撃をオレンに与えた。
この孤児院に昔、ヒナがいた。それはオレンに色々なことを考えさせる。それは、オレンとミーヤがそうであったように、ヒナも孤児であったということであり、それがカラダリンの言う、オレンにとって重要な意味を持つ場所の正体であり、そしてそれは、オレンが思っているよりずっと、カラダリンはオレンを知っているということであった。とてもすべてを受け止め切れないオレンは動揺する。
「…どういうことですか?」 オレンは、とても漠然とした質問を返す。
「ま、もっと詳しく聞きたいわな。」
「けどその前に、もういい時間だからよ、後の話はこいつら中に連れてってからにしようや。」
ハックナインはそう言って、子供たちをルノンと共に孤児院の中に誘導する。それを見て、オレンもはやる気持ちを抑え手伝った。




