幕間 その15 カラダリンの番犬
ー五年前 魔族侵攻からの復興が進む王国にてー
「貴方と出会って、丁度一年ですね。フィクロ、これまでの貴方の献身には頭が下がります。」
そう、礼を言い頭を下げるカラダリンを見て、フィクロはさらに深く頭を下げる。
「…勿体ない言葉です。」 フィクロは頭を下げたまま続ける。
「一年前、魔族らに妻と子、さらには孫まで殺され、全てを失った私を救っていただき、心から感謝しております。」
「この恩に報いるため、残りの人生をかけて、これからも誠心誠意尽力させていただきます。」
そう言い頭を上げるフィクロは、真っすぐにカラダリンを見つめる。その目には絶対の忠誠が宿る。
「ええ、是非お願いします。」
「…実は、新しい事業を始めようと思いましてね、一つ意見をお聞きしたいと…。」
カラダリンはフィクロの忠誠に笑顔で応える。カラダリンとフィクロの関係は明確な主従の関係だが、カラダリンはフィクロに対してそれ以上の信頼を預けている。
フィクロは魔子をもたない一般人で、決して強くない。しかし、その出自は王家の軍隊クラウンナイツである。彼は名家に生まれ、剣技には優れていたが、強い魔子を持つ者との力量の差は、それを遥かに上回り補えるものではない。したがって、戦闘集団であるクラウンナイツに、魔子を持たない者が入隊することなどまず許されない。しかし、彼は許された。彼は、参謀能力に優れ、現場の指揮において有能さを証明した。その能力はすぐに認められ、特に屈強な戦士が苦手とするような、他局との交渉や複雑な事務処理などを任せられるようになる。
六年前の魔族侵攻時、フィクロはクラウンナイツの参謀として、事態の対応に当たっていた。全体の情報を集め、被害の規模に合わせ最適な部隊を向かわせ、被害を最小化すると同時に、少しでも多くの人を助けるため尽力した。クラウンナイツの誰もがフィクロの参謀能力を賞賛した。しかしそれは一方で、助かる見込みのない者は見捨てるという苦渋の決断をした事で得た成果である、という過酷な現実がある。
フィクロはクラウンナイツの参謀として全体の情報を知り得た中で、彼の故郷とそこに住む妻子らが深刻な危機に瀕していることを早々に知った。しかし、彼は絶望的な状況の故郷に、部隊を向かわせることなく、任務を遂行した。
そして、全てを終えたフィクロが、一筋の希望を抱き故郷に駆け付けたときには、すべてが終わっていた。
フィクロが目にした光景は、たとえ弱いフィクロがその場にいたとしても、どうにもできなかったであろうことを示していたが、消えることのない深い傷を刻み付けた。
それからまもなくクラウンナイツを除隊し、自暴自棄になっていたフィクロをすくい上げたのが、カラダリンだった。
「…、であるならば、カラダリン様。どうか勇者に成られますよう進言いたします。」
カラダリンの新事業の話を聞き、フィクロはそう答えた。
「私に首輪を嵌めろと? いやそれ以前に、私などが認められるでしょうか?」
「これまでの復興事業の実績がありますれば、前例などを見ても十分でありましょう。」
カラダリンの言葉に、少しの笑みを含めてフィクロは答える。そして続ける。
「その首輪ならば是非、私めにお掛けください。」
その後、カラダリンは勇者となる。勇者の影響力は、新事業の魔子回路への投資の際、資材調達、技師の確保など様々な面で有利に働いた。元々行っていた復興事業と魔子回路事業は相乗効果をもたらし、被害地域の再活性化を促進させる。結果、カラダリンの商会は数年で、王国有数の規模へと発展した。
カラダリンの才覚もさることながら、その過程で生まれる妨害や軋轢を荒立てることなく排除できたのは、フィクロの力であることを知るものは少ない。




