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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第一幕 約束の指輪
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第25話 勇者様、猫と戯れる

 オレンはいつもの様に農家を回り、カカミへ向かう。もうシュレの手紙の件も片付いて、気持ちも軽い。その代わり、指輪の呪いが掛かってはいるが、火竜亭に行くのには何の支障もない。

 カカミの市場にて滞りなく仕事を済ませ、その足で火竜亭に向かったが、店の前に着くと普段より騒ぎ声がいやに大きいことに気付いた。いや、元々騒がしい酒場ではあるが、それでも今日は輪をかけて騒がしい。

「やけに騒がしいけど、まさか、また勇者が来てたりするのかな…。」

 オレンは、これまで不意打ちの様に勇者が現れた経験から、そう独り言を呟く。そのまま入るか少し迷うが、だからといって立ち寄らない理由にはならないし、なにより、もし勇者が来ているなら、それはそれでむしろ望むところでもあった。オレンは、何があってもいいように心構えをして火竜亭に入って行く。しかし、そんなオレンの予想は見事に外れた。

 店内では、普段と変わらない面子が、いやに上機嫌でただ騒いでるだけだった。(何かいいことがあったのかな?) と、予想が外れたことは特に気にせずに、オレンはいつもの様にカウンターに座った。いつもは向こうから声をかけてくるシュレは、上機嫌な客たちの注文で忙しいらしい。今はオレンに取り付く島もないようだ。オレンはそちらの仕事が終わるまで、少し待つことにした。

 そうしてると、その奥の騒ぎの中から見慣れない白髪混じりの紳士がオレンに近寄ってくる。どう見ても場違いな出で立ちのその紳士は、オレンのすぐ横に止まり、こう言った。

「オレン様ですね? 私『塩の天秤』のカラダリンに仕えております、フィクロと申します。」

 そう言って頭を下げる紳士は、姿だけでなくその態度もおよそ火竜亭には似つかわしくなかった。タイトな純白のベストと首丈の高いスカーフ、膝下まである黒いコートの襟はスカーフと同じ高さにきっちり揃えられ、左右対称のボタンで正面を止めている。そんな洗練された装いの自分の親より年上の紳士に丁寧に畏まられ、オレンの方が恐縮する。

「はい、僕がオレンです。」 オレンは少し震える声で答える。

「突然の無礼なお願い、誠に失礼いたします。主人より、貴方様を屋敷にお招きするよう、仰せつかって参りました。」

「何卒どうか、我々と同行願えないでしょうか?」

 紳士は下げた頭をさらに下げる。その姿勢は逆にオレンを困らせ、視線を戸惑わせる。その外した視界の向こうから、こちらに手を振っているシュレの姿が目に映った。そしてもう一方のその手には、キラキラの金貨が一枚、眩しいほど輝いていた。シュレの行動が何を意味してるのか、すぐにはわからなかったオレンだが、この店の様子と、紳士の口から出たカラダリンの名と、輝く金貨が頭の中で繋がって、全てを理解させる。この人はこの為に、火竜亭の客全員を奢ったのだ、と。(金貨一枚って、火竜亭の何日分だよ?) と、思いつつ、もしここで断ったりしたら、シュレに何をされるかわからないと自分の身を案じる。

「…ええ、いいですよ。僕で良ければ何処へなりとも。」

 相手の丁寧な対応に出来る限りの、そして諦めの混じった返事を返す。フィクロと火竜亭の損得勘定はオレンには直接関係はないのだが、オレンは、この状況を知見を広げるチャンスだと思うようにした。

 オレンは席を立ち、フィクロの連れられ出口へ向かった。その出口で、フィクロに対して火竜亭の客から歓声が上がる、その声にフィクロは振り向き、一礼をして応えた。その外見とは裏腹に、火竜亭の酔っぱらい連中相手に気さくに接する姿勢は、オレンを少し驚かせた。


 外に出ると、目の前にはオレンの馬車とは比べ物にならない高級な馬車が待っていた。入った時には確かに影も形も無かったはずなのに、魔法の様にそこにあり、その傍らには女性のメイドが一人静かに待っている。フィクロに促され馬車に乗り込むと、メイドは後から乗り込み馬車の扉を閉めた。オレンが座ると、席の反対側にメイドも座った。そして、フィクロが御者台に乗り二頭の馬を走らせる。

 反対に座るメイドの服装は、フィクロの服を女性用に仕立て直したような、気品と実用性を兼ね備えたデザインをしてる。それよりも目を引いたのは、メイドという割には余りに綺麗な手先や肌や髪をしていて、黙って伏し目がちに腰掛けている姿はどこかのお姫様であるかの様だった。(どうして一緒に乗っているんだろう?) という疑問がオレンに沸いたが、場違いなのは、何方かといえば自分の方だと気づき、聞くのは止めておいた。


 馬車は郊外に出ると速度を上げた。速度に伴い馬車も揺れが増す、しかし思ったより静かな揺れに(やっぱり、いい馬車は乗り心地まで違うのか。まあでも、馬車の揺れなんて、大砲みたいに空を飛ぶのに比べたら全然マシだけど…。) などと思いつつ、オレンは、カラダリンとはどういう人なのだろうと考える。こんな高級馬車や、丁寧で身なりの良い召使いを複数雇っていることは、ミーヤの話の大商人という肩書と重なる。では、そんな人が自分にどんな用があるのかといえば、それは多分、ここ数日で起きた六色ワンドや植物金属の件なのだろうと予測する。それはカラダリンの勇者の面が関係するということなのだが、大商人の勇者という存在をいまいちイメージできなかった。大商人として成功するほどなのだから、中年の成金男性を連想するが、それだと勇者としての姿が想像できない。考えてもわからないので、オレンは少し勇気を出して、目の前のメイドに尋ねてみた。

「あの、カラダリンさんは、どのような方なのでしょうか?」

「カラダリン様は、私めの主人にございます。」

 伏し目がちのまま話す初めて聞くその声は、淀みなくとても澄んでいたが、オレンの望む答えではなかった。

(それは分かってるんだけど…。)

(ああ…、でもそうか、召使いが主人のことをペラペラとしゃべったりしないか。) と納得し、それ以上聞くのを止めた。

 馬車が何処に行くのかオレンは知らないが、大商人なのだから、恐らくユーザの何所かだろうと予想はついた。といっても、ユーザの地理にそれほど詳しいわけでもないし、或いは予想が外れて昨日の魔導院の様にならないように、帰り道を覚えておこうと、オレンはそれ以降、ずっと外を眺めていた。


 暫くすると馬車はユーザに入り、馬車も速度を落とし始めた。オレンは自分が行き来する時間の半分ほどで、ユーザに到着したことに少し驚く。馬車は、オレンが普段通るルガーツホテルへの道を通り、都市の中心部へ向かったが、途中で少し逸れて、やがて大きな屋敷の前で止まった。

 馬車が止まると、メイドはスッと立ち上がり、馬車の扉を開け先に降りた。続いてオレンも降りると、フィクロとメイドが入れ替わり、フィクロがオレンを屋敷の中へと案内し、メイドは一定の距離を保って後ろにつく。その動きは無駄がなく、とても流麗だった。屋敷の正面扉の前には、もう一人同じ衣装を着た女性のメイドが待っており、フィクロの接近を見て扉を開ける。身に余るとても過大な接待を受け、舞い上がるどころか逆に申し訳なく思うオレンだった。

 オレンは屋敷の客間に通された。客間の扉は前もって開かれており、扉の前でフィクロに中へと促される。促されるままに中へと入ると、

「これはこれはオレンさん、よくぞお越しくださいました。」

 と、若々しい青年の声がとてもよく響く。その声は想像したカラダリンのイメージとはかけ離れたものだった。

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