第22話 勇者様、魔界から戻る
ノエルが去ってしばらく、オレンの足の痛みが引いてきた頃を見計らって、ショーゴが話しかける。
「…なぁオレン、どうなってんだよ?」
その質問は明らかに客ではなく、親友への言葉となっていた。その言葉は寧ろ有り難いぐらいオレンをホッとさせる。その質問の答えは、オレンにとって逆に聞きたいほどであったが…。
「いやぁ…。見ての通り今日は大変でさ。」 オレンは乾いた笑いを交えて答えた。
「今日は、ってお前…。」
「そんで…、この前追いかけて行ったヒナさんは、あれからどうなったんだよ?」
ショーゴは二日前、ここからヒナを追いかけた一件をオレンに問いただした。オレンはノエルから受け取った鎖の付いた二つの指輪を見つめて、呟いた。
「あれから…、家に来たよ。」 「はぁ?!」
ショーゴのその驚きと疑問をとてもコンパクトにまとめた声は、自分の内心を正確に言い表しているようで、オレンはとても可笑しくなってくる。
「おいおい、何笑ってんだよ。」 「いや、ゴメン、ゴメン、実はあの後さ…。」
オレンはあれからと、今に至るまでを話し始める。それに付き合うショーゴが仕事中であるにも関わず許されるのは、オレンの特別さにある。正確にはオレンが特別なのではなく、勇者ノエルと親し気に会話していた事が特別なのであって、その相手を無下に扱う事は、事実がどういったものであるにしろ、憚られる。加えて、簡単な仕事をこなし周囲の目をそらすというショーゴの絶妙なバランス感覚の賜物であるが、オレンだけはそういった事情を理解していなかった。
オレンはショーゴには全てを話した。ヒナを追いかけた後の事、そして勇者たちに誤解された事。その結果、勇者たちが自宅を訪ねてきて、そこで母親の日記に書いてあったことを伝えた事。その情報が原因で、他の勇者から王都の魔導院に連れていかれた事。言葉にすると自分でも信じられないようなその全ての話を、ショーゴは疑わなかった。
「へぇ…。そんなウソみたいな事があるもんだな。」
「…そう、そんなウソみたいな事があったんだよ、」
「この三日間で。なんつーか、今まで見たことがない世界…。いや違うか、見ようとしなかった世界が広がった…、みたいなさ。」
「なんかさ…。俺…、今のままで本当にいいのかな…。」
オレンは考えている。決して、今の自分の状況に不満があるわけではない。しかし、自分が望んだわけではない偶然によって、自分が生きている世界とは全く違う世界を垣間見て、自分の将来を考える。そしてそれは、六年前の魔族侵攻さえなかったら、と今まで考えないようにしてきた幻想を引き寄せる。
「…、俺も偉そうなこと言える御身分じゃねーけどさ、お前は、お前だぞ。」
「六年前に村が襲われて、そんときゃ俺もガキだったから、お前になんもしてやれなかったけどさ…。そんでも親の後継いで、ミーヤちゃん支えて、ここまでやってきたのがお前じゃん。」
「そういう大事なもんをさ…、お前はどう思ってんだよ。」
ショーゴはまるで、オレンの心の中を覗いているかのように、オレンの中に芽生えた幻想を振り払う。それは、オレンを少しばかり強引に現実に引き戻し、そして少しばかりその心を害する。そして、ショーゴは続ける。
「俺は…、多分シュレだって、お前をスゲー奴だって思ってるよ。ミーヤちゃんだって、絶対口にしないだろうけどな…。」「お前は自分が思ってるより、スゲー事やってんだぜ。」
ショーゴの言葉が、オレンに強い衝撃を与える。これまでの三日間で経験したどんなことよりも、だった。それは、感動や共感の様な生易しいものではなく、痛みと喜びが同時に襲ってくるような、全身を揺さぶるものだった。
「…………。」
オレンは確かにこれまで、必死に生活を作ってきた。そんな中で、この三日間で見たものは、どれもオレンにとって新鮮で魅力的なものだった。その熱は少年に夢を見せ、現実を忘れさせる病を誘う。しかし本当に見えてなかったのは、現実を支えてくれていた周囲の人たちなんだと、気づかされた。
そして、それに気づいたからこそあえて、オレンはショーゴに尋ねる。
「…、なあ、この指輪どうしたらいいと思う?」 「はあ?!」
ショーゴのその驚きと疑問をとてもコンパクトにまとめた声は、自分の内心を正確に言い表しているようで、オレンはとても可笑しくなってくる。
「おいおい、何笑ってんだよ。」 「いや、ゴメン、ゴメン…。」
その言葉は寧ろ有り難いぐらいオレンをホッとさせる。自分の拠り所を確認し、確かな決意を後押しした。オレンは心の中で何度か繰り返す。そして、そろそろ帰ろうとした矢先、その反芻がある重大なことを思い出させた。
「あっ!!!」 「おい、なんだよ?」
オレンは、どこにあったのか思い出せず、全身をさぐりながら探し回った。そしてどうにか、胸にしまった手紙を見つけた。
「ショーゴ、これ、少し曲がっちゃったけどシュレからの手紙。頼まれてたんだ、三日前に…。」
所々小声になりながら、オレンは決して少しでは無いヨレヨレの手紙をショーゴに差し出す。
「…、おう、ありがとな。」
ショーゴはただそう言って手紙を受け取った。それを恐る恐る見ているオレンと目が合うと、二人は同時に、笑った。




