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勇者様は裏切らナイ  作者: 世葉
第一幕 約束の指輪
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第20話 勇者様、平然と言い放つ

 オレンが去り、タンゴールも元の仕事に戻っていく。それを見計らって、ノエルがページに囁くように尋ねる。

「で、呼びつけて話した感じどうなのさ?」

「ん-…、話した感じでは、僕たちを騙してる感じではないですよね。本当に何にも知らないだけなんじゃないかなー。」

 ページは先ほどの会話からオレンを洞察する。そしてそれは、的を得ていた。

「…、じゃあ、あの情報はどういう?」

「それこそ、可能性があり過ぎてわかりません。そもそも、この話が本当か嘘かも、まだ分かりませんからね。」

「ブラッドさんたちがどんな成果を持って帰ってくるか、それを待ってから判断してもいいんじゃないかなー。ただ…。」

 ページは、ブラッドが持ってくる未知の成果を期待して、明るく話すが、一つ気にかかることがあった。

「ただ?」

「彼、ハーペリアが弓の素材になることを知っているような物言いをしましたね。そこに何か、秘密があるかもしれませんね。」

 ページは先ほどの会話からオレンを洞察する。そしてそれは、的を得ていた。

「…。フフッ。怖い子だ。ねぇ、ひょっとして、アタシの秘密も何か知っていたりするのかい?」

 ノエルはページの洞察の深さを笑いながら、冗談交じりに言う。

「えー、何も知らないですよ、やだなぁ。…あー、でもテーブルに置いてあった、ガターニのチョコレート酒は返してくださいね。」

 ページも笑って返す、しかしノエルがオレンに近づいた本当の理由を、見逃してはいなかった。

「…、ダメかい?」 「ダメですよ。」

「…チェッ。」

 ノエルは狭い服の一体どこに隠していたのか、魔法の様に酒瓶を出現させ、舌打ちと共に元に戻した。


 そんなやり取りをしていると、よろよろと階段を上がる足音が聞こえてきた。

「…、あの~、あの扉どうやって開けたらいいんですか~?」

 おそらく何度か試してみたのであろう、困り果てた声で、オレンは尋ねた。それを見たページはあっと気づき、一方でノエルは閃いた、そしてページの耳元で声を湿らせて囁く。

(アタシが探って来てやろう) 取って返してノエルはオレンに言う。

「少年! 悪かったね、あの扉は魔素を込めないと開かないんだ。どれ、アタシが開けてやろう。」

 ノエルはスタンドに掛けてあったショールを取り、肌を半分ほど隠す。そして、オレンを連れて出口の扉に向かった。ノエルが扉に手をかざすと、来た時と同じように扉は自動で外側に開いた。

 やっと外に出れたとき、空は綺麗な夕焼けで、オレンは一時解放感を味わうが、すぐに重大なことに気づく。そう、ここまで空を飛んで来て、帰り道すらわからないことに。しかし、オレンにそれを悩む間も与えず、ノエルは言う。

「さて、では、アタシが送ってあげよう。」

「だが、残念ながら少年のお家は知らないから、アタシが知っている場所まで、だけどね。」

 ノエルの誘いは、オレンにとってはそれは願ってもない、むしろ従うしかない提案だった。

「ありがとう、ございます。是非、お願いします。行先は、えーと…、カカミの火竜亭は知っていますか?」

「うん? すまないが、知らないねえ。」

 オレンは荷馬車を置いたままの火竜亭に戻りたかったが、他の場所を考える。

「では、カカミの近くに行けませんか?」

「そうさねぇ…。少年が運悪く、カカミの民家の屋根に突っ込むことになっても構わないなら?」

「アタシは構わないけど。」 ノエルは耳をゆっくりと垂れながら、オレンに意地悪に尋ねる。

「…、では、ユーザのルガーツホテルはどうですか?」

 オレンにとって、ユーザまで行くのは無駄でしかなかったが、背に腹は代えられない。

「ああ、そのホテルなら良く知っている。そこでいいかい?」 と言ってオレンに手を差し伸べる。

「はい、お願いします。」 と、ノエルの手を取る。

 ノエルはもう片方の手で移動魔法用の魔子回路を取り出し、発動させる。すると、来た時と同じように、風の爆風が身体を打ち上げ、空を滑空していった。


 今日、初めて空を飛ぶ経験をしたオレンの二度目の経験は、一度目よりは冷静にさせるが、それでも一度や二度経験した程度ではまだ克服しきれない恐怖がオレンを襲う。しばらくして、オレンがその恐怖にやっと慣れ始めた頃に、二人はルガーツホテルの前に到着した。

「はい、到、着。」

「…、おおっと…。ありがとうございました。」

「ノエルさん。送っていただいて助かりました。」

 オレンは丁寧なお礼を言い、同時に握った手を放そうとする。しかし、オレンが離してもノエルが離さない。(ん? あれ?) オレンは別れの言葉を続けて、そのまま帰ろうと思っていたが、離れない手に違和感を感じ、そのままノエルの顔に違和感を向ける。そのオレンの視線を待っていたように、ノエルは言った。

「少年よ。こんないい女と、ここでお別れするのは、勿体ないと思うのだが?」

 ノエルの誘いは、オレンにとってはそれは願っていない、むしろ従うしかない提案だった。

「……、はぁー…、うーん…、あの…。」

「どうしたら、いいですか?」

 おそらく頭の中で何順と考えを廻らせたであろうオレンの返答は、何とも情けないものだった。その返答に対し、ノエルは笑うでもなく、握ったままの手を強めに引っ張り耳元で囁く。

「なに、アタシを君の愛しのヒナちゃんと思って、エスコートしてくれればいいのさ。」

 その言葉は一瞬でオレンの顔を真っ赤にさせた。それを見定めてから、ノエルは手を離す。オレンはいっそ逃げ出したかったが、おそらく、勇者からは逃げられないことを悟り、覚悟を決める。と言っても、オレンがそんなエスコートプランを事前に用意しているはずも無く、地の利も手伝って自然と行先は決まった。


 ーちょっとそこまで移動を挟んでー

「…なるほど、それでデートの場所が知り合いの勤め先か。なるほど…。」

 感情が一切こもっていない棒読みの呪文をノエルは唱えた。

「…、すいません…。」

 その攻撃は、特に何も悪いことをしていないオレンに、痛恨のダメージを与える。

 二人は先ほどの場所からすぐそばの、ショーゴが務めるルガーツホテルのバーカウンターに座っていた。ノエルを連れて来たオレンを見て、ショーゴは一瞬表情を変えたが、プロとして普段通りに接客する。

「いやいや、中々良い雰囲気じゃないか。」

「暫く来ない間に、このホテルも変わったね。何より美味い酒が飲めるのが良い。」

 ノエルがその言葉を言うのが分かっていた様なタイミングで、ショーゴは一杯のグラスを差し出す。

「どうぞ。」

 そのグラスには香ばしさと甘い香りが複雑に絡み合う、クルミのような色をした液体が注がれていた。

「…、おぉー…。これは…、ボーイ、これはもしや?」

「はい、本日仕入れたガターニのチョコレート酒でございます。」

 まるで、一年ぶりに恋人と再会したようなときめく表情を見せ、ゆっくりと耳を垂らすノエル。それほどノエルを魅了するこの酒をショーゴが選んだのは、様々な要因が複雑に絡まった偶然に過ぎない。しかしノエルにはこれ以上ない最高の選択だった。

 ノエルはグラスを手に取り香りを楽しんだ後、一口味わう。垂れた耳が一層垂れ、ノエルは恍惚の表情を見せた。そんなノエルの振る舞いは、横で黙ってみていたオレンを少しリラックスさせた。

「どうしてノエルさんは、僕をいじめるんですか?」

 頃合いを見計らって、オレンは自分の置かれた状況の確認を試み切り出した。

「うん? いやなに、好きなあの子には意地悪をしたくなるものじゃないか。」

 ノエルの言葉の真意は、オレンごときには測りかねるものだった。逆にノエルは、そんなオレンの心情を測ったように言葉を続ける。

「少年よ。何か悩みを抱えているのではないか? 恋愛、商売、探し物、なんでもこのアタシに言ってみると良い。酒代替わりに占ってしんぜよう。」

 酒のグラスをクルクルと回しながらオレンを見つめるその目は、悩みはおろか全てを見透しているような錯覚を与える。少なくともオレンは、その日出会った占い師を騙る人に悩みを打ち明けるほど、人が良くも無いのだが、巧みに設計された誘導によって、オレンは容易く術中にはまった。

「…、はぁ…、いやもう、今日はいろんな話を聞かせてもらって。本当に、知らなかったことばかりで…、魔法のことも、世界のことも、俺は何にも知らねーなって。」

「ページ、さんはあの年であんなに凄いのに…それをつくづく痛感しちゃって…。」

 オレンは自然体で心を吐露し、その言葉が本心であるとノエルに悟らせる。それを聞くノエルはもう一口飲み、

「…だが少年も、我々の知らないことを知っていたじゃないか?」 そこに、本当の目的を忍び込ませる。

「あれは…。ただの偶然で、俺が持ってた知識じゃないし…。」

「ほう、ではどこで手に入れた?」 「それは…。」

 オレンに残る小さな罪悪感が、「母の日記に書いてありました」とは言えず答えに詰まる。

「「……。」」

 少しの沈黙の間に、ノエルはグラスの酒を飲み干す。核心部分が分からないまでも、オレンが何を「知っている」のかを知るはずも無いノエルには、オレンが「秘密にする」というだけで収穫があった。そして、何を知っているか分からない以上、こちらが「探っている」事は悟らせたくない。そういった駆け引きが渦巻く中で、分からないのならこの場に留まり続ける必要はノエルにはないのだが、一つの心残りがそれを必要とさせる。

「そうさね…。少年のために、ページのことを少し教えてやろう。」

 沈黙を破り、語り始めるノエルの言葉の真意は、オレンごときには測りかねるものだった。

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