第81話 勇者様、話し合う
モーレンズは、淡々と作戦の概略を説明する。
「まず、教団は全軍をもって速やかに世界樹を包囲します。そして、それが完了次第、勇者クレメンタインとコートランド、紅月、そして私の四人が世界樹の頂上に赴き、彼らとの交渉に臨みます。」
その内容は、表向きは交渉を装っていたが、実態は武力を背景にした力による外交だった。
教団の精鋭部隊の力は、王国のクラウンナイツの精鋭と比べても遜色はない。さらに、兵士として訓練を受ける一般信者まで含めた全兵力となると、単純な軍事力は王国を上回るほどに膨れ上がる。それほどの大軍が放つ強い戦意に、苛立ちを押さえながら、アンシアは意見した。
「それは、悪戯に相手を刺激し、彼らの敵対心を煽ることになりませんか?」
モーレンズはその意見を飲み込むように、一度目を伏せた。そして再び目を上げた時、一瞬その目をアンシアではなくカラダリンへ向けた。
「…、交渉というものは、材料があって初めて成り立つものです。
我々の要求は、世界樹に人類側の拠点を築くこと。
それが叶わぬなら、武力行使もやむ無しという我々の姿勢こそが、今回の交渉の材料となるのです。」
「時間が許すのであれば、友好的な関係を熟成するというのも選択肢になるでしょう。
ですが、世界樹が魔界側にある以上、時間をかけるほど我々が被害を受ける危険は増します。
そして、時間を与えることは、相手側には有利に働くことになるでしょう。」
モーレンズはそこまで説明し、質問に回答する。
「…。我々は、交渉をします。ですが、彼らに拒否権を渡すつもりはありません。
仮に、彼らがそれを求めるのであれば、それは彼らが力を示し勝ち取るべきことです。」
モーレンズの返答は、相手の敵意など関係なく、交渉に応じなければ力で奪うという冷徹な決意に満ちていた。
それは、アンシアの表情を凍らせた。しばらくの葛藤を抑え込み、アンシアはもう一つ質問を重ねた。
「…。世界樹には、この問題の発端となったオレンさんがいる可能性がありますが、それはどうするおつもりですか?」
それに対し、モーレンズは対照的に一切の淀みなく答えた。
「最初に申し上げましたが、不確定な問題を議論するのは、この場にはふさわしくありません。
ですが…、良いでしょう。
もし、彼が今、世界樹にいるとするなら、それは何を意味するのでしょう?」
「それは、大方の見立て通り、世界樹の実と自分自身を引き換えにした魔法契約を交わした。という結論に至るのが、最も理に適っているのでしょう。」
モーレンズはそこまで語ると、少し視線を下げる。
「ですが、そのような経緯など、どうでもよいのですよ。
我々が見るべきは、それがどのような手段と理由であれ、自国民である彼が拉致されたという結果。
そして、到底恵まれた環境を与えられているとは考えにくい、彼が受けている処遇。
それらを、我々に有利に働く交渉材料として利用すればよいのです。」
モーレンズは、更に言葉を重ねる。
「少年の身柄に関しては、世界樹を制圧したのち、少年自身と彼らが決めるべきことです。
魔法契約とは当事者間で交わされるものであって、我々の行動には、何の抑止にもならないのですから。」
モーレンズの言葉は、ただひたすらに残酷な事実を並べ立てる。それは、意見したアンシアに対して復讐するかのように牙を剥く。アンシアはただ、胸に突き刺さる痛みを抑えることしかできなかった。
アンシアの横で、カラダリンは終始無言だった。感情的になるアンシアを抑止しようとも考えたが、それはすぐに思い直した。なぜなら、恐らく今ここで全てを吐き出させる方が、アンシアの為になるだろうから…。
我々を招いたこの会議とは、遠征計画を協議する場などではなく、決定事項を通達しているに過ぎないのだ。何を意見したところで、彼らの決定が覆るわけもない。仮に、この計画をクレメンタインが反対しているのであれば、そもそもこの会議が開かれること自体が許されないだろう。
武力を背景にした交渉という戦略的合理性は、この世界の歴史が証明している。さらには、平和的な話し合いなど、平時の哲学でしか成立し得ない、ということも。カラダリン自身も、モーレンズの考え方が間違っているとは考えていなかった。非情に見える彼の計画こそが、この停滞している状況を好転させる、最も有効な手段である可能性は否定できない。
唯一つ、この案に戦略的欠点があるとすれば、モーレンズはクレメンタインの神のごとき力に妄信的であり、彼女が敗れるなど微塵も考えていないという点だった。もっとも、それは危惧するだけ無駄な話ではある。この場にいるフクロウと、天秤、さらに大盾を加えたとしても、クレメンタイン教団には敵わない。つまり、それが意味するのは、人類の敗北なのだから…。
カラダリンはその思考の中で、アンシアを庇う視線を送る。そして、外から伝う激しい雨音の中に、ペールグランをうかがう思索を紛れ込ませた。
カラダリンと同じく、これまで沈黙を守っていたペールグランは、それに同調するように口を開いた。
「それで我々は、何をすればよろしいのでしょうか。」
モーレンズは、その発言を待っていたかのように話し始める。
「今回の第七次遠征は、先ほど申しました通り、教団の全軍を挙げた作戦となります。本国に防衛のための戦力は残しません。ですので、本日お招きした梟と天秤の方々、それに大盾を加えた勇者の皆さんには、王国の防衛任務に就いて頂きます。」
「六年前は、突如タワーの魔法障壁が停止するという現象が起こったため、魔族に侵攻を許してしまいました。それを魔族側が意図して行ったのかは、未だ分かりませんが、最悪の事態を想定して、万全の備えをしておきたいのです。」
「なんとしても、六年前の悲劇を繰り返すわけにはいきません。」
流暢なモーレンズの口調の中に、悔恨が滲む。ペールグランは、それに同調するように口を開いた。
「コハクフクロウは、この作戦に協力いたします。ただし、ワイ・バーンの改修は恐らく間に合いませんので、過剰なご期待はされませぬよう。」
重い決断でありながら即決したペールグランの姿勢は、その答えを受けたモーレンズ以上に、カラダリンの心を波立たせた。
カラダリンは、最悪の事態を懸念していた。
この作戦が気に入らないのならば、拒否する選択肢もある。アンシアの感情を第一に考えるのなら、それが最も誠実な選択なのかもしれない。だが、その選択をした先には、何もない。
どちらを選ぼうとも、この会議の内容を知った時点で、いや、招かれた時点で、それを口外することは許されない。それどころか、作戦の為の準備行動すら周囲に推測されぬよう隠蔽しなくてはならない。そこまでの要求に応えられるからこその人選なのだ。
では、拒否したうえで独自にオレンを捜索し、世界樹との交渉を試みればどうなるか。答えは、明白だった。何もかもが遅すぎる。危険を承知ですぐさま世界樹へと向かい、オレンの消息調査だけならば可能かもしれない。しかし、それは今や何の意味も持たない。それどころか、その行動は利敵行為として見なされるだろう。
この場の誰よりも、カラダリンは良く知っていた。
互いに勇者となる以前、かつての仲間であったモーレンズのその思想と、思考を。その冷徹な合理性に秘めた絶対正義は、当時と変わらぬ誓いをみせつける。彼の左腕の肩には、その証となる三本のグラディウスが重なった刺青が、今も刻まれている。
カラダリンに残された選択肢は、戦局を覆す妙手など望むべくもなく、難局を乗り切るために悪手を打たないことだけだった。
会議の最後、クレメンタインはただ一言、言葉を残した。
「救われざるものに、救いの手を。」
その声は清流のように澄んでいながら、外に降りしきる大雨を全て押し流すほど力強かった。




