第79話 勇者様、友達に会う
ルーナと元老たちの会話に、殆ど蚊帳の外だったハックナインは頭から手を放して歩み出る。
「発言させてもらっていいっスか?」
ハックナインの問いに、元老たちは鼻で笑う。その嘲笑を受けても、ハックナインは続ける。
「元老の方々の言われる道義、俺にもよーくわかります。
だけど…、いい年した男達が寄ってたかって女子供からカツアゲするのも、道義に反するんじゃありませんか?」
侮蔑に対し、皮肉で返すハックナインの言葉に、元老たちの表情は変わる。それを、ハックナインは笑みで返す。
「まっ、そこで。これで、手打ちにして貰えませんかね?」
そう言って、ハックナインは黒ずくめの服の内側から、自分の武器を取り出し掲げた。
それは一挺のマスケットだった。
それを見た元老たちの表情は、数瞬の戸惑いののち、再び嘲笑へと変わる。
「…、やれやれ、何を言い出すかと思えば…。
我々に、その様な火薬銃が何の役に立つ? 雨が降れば使えぬ武器など、祭りの遊戯にしか使えぬわ。」
侮蔑から怒気に変わる元老の言葉に、ハックナインは即答する。
「これが本当に、只の火薬銃に見えますか?」
ハックナインの言葉に釣られ、元老たちの目は再びマスケットに向かう。そして、気付く。その銃には、火薬に着火するための点火機構が無かった。それに代わり、その部分には魔子回路が組み込まれていた。
「元老の皆さまのその長きお耳には、すでに『空飛ぶゴーレム』の噂が届いておりますことと存じますが…。」
ハックナインは、まるでカラダリンのように勿体付けた口調で話し始める。
「こちらの小銃には、それに使われたのと同じ、魔素を圧縮し打ち出す魔子回路が使われております。」
「魔子回路を通じて封入した魔素を圧縮し、アルカナ状態とすることで、生物の体内と同じく、外部からの魔法干渉を遮断します。それによって魔素は、高密度の純粋な魔法エネルギーとなり…。」
ハックナインは、まるでアンシアのように理路整然とマスケットの説明をした。その言葉に元老たちは長い耳を傾け、静まり返る。その姿は、ルーナすら唖然とさせるものだった。
「…を実現しています。
さてそれでは論より証拠、この小銃の威力を、実演してご覧に入れましょう。」
そう言うと、ハックナインは後ろを振り返り、銃を構える。その照準は辿ってきた石廊下の向こう、霊木の合間を縫って微かに見えるエルフの家の屋根を捉えた。
迷いなく引き金が引かれる。小銃から放たれた魔弾は、文字通り空気を引き裂き、一直線の軌道を描いて突き進む。そして、屋根飾りの狼の目を正確に撃ち抜いた。
ハックナインが速やかに銃を降ろし、再びこちらに振り向くと、狼の目の砕けた音が、森に短く鳴り響いた。
「この武器の名は、魔法小銃ファフニール。
さて、元老の皆さま、如何でしょうか?」
元老たちは、様々な反応を見せた。驚き言葉を失う者、考え込む者、囁き合う者。しばらくして、その中の一人が、ハックナインの問いに答えた。
「…よし。それで手を打とうではないか。」
それは、協議して決めたものではない唯一人の発言だったが、他の元老の誰一人反対する者はいなかった。それを受け、ハックナインは笑みと共に、ファフニールを差し出す。神官たちにそれを受け取らせると、また一人の元老が口を開いた。
「…、ここから真西の山の中腹に、誰とも関わらず一人で暮らすエルフがおる。その者は…、ルーナ、お前が旅立った後、入れ替わるようにこの国に舞い戻った。」
「その者の名はー、ノレナ。」
「お前も、その名を聞いたことはあろうよ…。」
その名を聞いたルーナの表情が強張る。それは遠い昔、伝説の勇者として称えられた者の名だった。もし、本人が今も生きているなら、目の前の元老たちよりも長く生きているはずである。その名が持つ数々の逸話は、ルーナにとってこれ以上ない人物であるに違いなかった。しかし、それ故に鵜呑みにはできない疑心を植え付けた。
ルーナが言葉を詰まらせていると、元老は話を先に切り上げる。
「お前の用が済む間、この地での滞在と自由を許そう。だが、我々が伝えるべきことはそれだけじゃ。
あの者は、我々の言うことなど聞かんし、お前が行ったところで、会いもせんかもしれんな。」
「精々、ここで息災であることを祈っておるよ。」
元老たちは、後味の悪い皮肉を残し去っていった。しかし、その言葉の棘に気付かないほど、ノレナの名にルーナは囚われていた。
立ち尽くすルーナに、ハックナインは肩をすくめ、口元を僅かに歪ませて尋ねる。
「さて、と。どうするよ? 姐さん。」
その声に、ルーナは深く息を吐く。
「…。行くっきゃないっしょ!」 そして、笑って返した。
元老たちとの会談を終え、三人はその足でノレナの住む西の山を目指すことにした。そのための準備を整えている最中に、ヒナがそっとハックナインに歩み寄る。
「ありがとう…。」 と、控えめな声で呟いた。
「あー…。気にしてたんスか。
俺の銃は、少々値は張りますが、姐さんたちの武器と違って、一品ものって訳じゃねーですから…。
まっ、必要経費ってことで…。」
ヒナからの意外な言葉に、ハックナインは少し照れくさそうに頭をかいて応えた。それを見ていたルーナが言葉を重ねる。
「アンタさぁ、この先の武器はどうするの? とりあえずその辺で、弓でも調達する?」
自分の武器を渡してしまったハックナインを案ずるルーナに対し、ハックナインは屈託のない笑顔をみせた。
「姐さん、カラダリンの旦那の『読み』を舐めちゃいけねーよ。」
そう言って、ハックナインは黒ずくめの服の内側から、もう一挺のマスケットを取り出し掲げた。それは、紛れもなく魔法小銃ファフニールだった。
「……ッ!?」 目の前に現れたファフニールを前に、ルーナは驚き問いただす。
「アンタまさか、偽物渡したの?」
「姐さん…。俺は、取引でそんな下手打つようなことしませんよ。あれも本物、これも本物です。
まっ、正真正銘、これっきりですがね。ナハハ…。」
そう言って、笑いながらファフニールを器用に回転させて収めてみせた。そんなハックナインに釣られ、ルーナも呆れて吹き出す。そして、その二人の笑顔は、ヒナも笑顔にさせた。
「さ、姐さん。そろそろ行きましょうか。」
「…まったく、どうして男の子ってそんな面倒臭いことが好きなのかしら。」
そう言いながらも、ルーナは先頭に立って歩き出す。そうして三人は、西の山を目指して歩みを進めた。
ハックナインは説明しなかったことが二つある。
まず、魔法小銃ファフニールはワイ・バーンの魔子回路技術を転用したものであり、実戦運用するには膨大な魔素を生み出す強力な魔子を持つ事が必要となる。エレメントの適正が高いエルフであっても、強い魔子を宿す者は他の種族同様に少ない。事実、現在勇者として任命されている者の中で、純粋なエルフはルーナただ一人である。
したがって、強い魔子を宿し、エレメントとの相性が高くないハックナインには理想の武器といえるが、一般的なエルフにはそうはならない可能性が高い。そういったエルフたちでは、ファフニールの性能を十分に発揮できず、むしろ従来の魔法を込めた弓矢の方が強力な武器となるだろう。
そして、もう一つ。では、なぜカラダリンはファフニールで取引が成立すると考えたのか。
外界から隔絶され、限られた者しか立ち入ることを許さないエルフの国。その元老たちが、ミストルティンやワイ・バーンの情報をどうやって得ているのか。その問いを解く鍵はそのまま、閉ざされている世界にみえるエルフの国の扉を開く鍵にもなっている。カラダリンはその鍵を使って、元老たちと同じことをしているに過ぎない。
カラダリンにその鍵を渡したのは誰か、それは、ハックナインも知らない。
たとえ、どれほどの悠久の時を生き、どれほどの知恵を蓄えたエルフであろうとも、明日がどうなるかを知ることはできない。そんなエルフたちが、ファフニールをこの先どう扱うのか。カラダリンの『読み』が現実のものとなるのは、まだ数手先である。




