あの世行き列車
「ようこそ、あの世行き列車へ」
「……へ!?」
立花未香は困惑していた。
さっきまで学校の屋上にいたはずなのに、いきなり風景が変わり、今は真っ暗な空間にいる。
そして目の前にはニコニコ笑う青年がいた。
金髪で赤い瞳をもつ、顔の整った青年だ。
青年の後ろには、血のように赤いボディの大きな列車がある。
列車の下には、どこまでも続く線路が敷かれていた。
「おや、状況が呑み込めていないようだね。……もしかして、三途
の川を渡らずに来た?」
青年は未香の表情から察し、尋ねる。
「え……三途の川……? 物語に出てくるアレ……?」
いきなり風景が変わったのだし、そんなの渡った覚えがない。
「ああ、やっぱり渡ってないんだあ。それじゃあ何も分からないよねえ。じゃ、教えてあげる。君は今日の午後1時23分に死にました。自殺しようとした友達を止めようとしてね。……三途の川は死後何日かしてから渡るものだから、今日死んだなら、渡ってないに決まってるよね~」
呑気に青年が言う。
「え……」
そんな青年とは対照的に、未香はショックを受けた顔をした。
そうだ、私は死んだんだった、と。
友達の由紀が屋上から飛び降りようとしたとき、止めようとして、一緒に屋上から落ちて……。
いきなりの出来事に、頭が追いつかない。
そんな未香にお構いなく、青年は尋ねる。
「それでさ、あの世行きのチケットは持ってる?」
「……え、チケット……? そんなの、持ってない……」
なんとか意識を保ち、自分の服装を見る。
今未香にあるものは、着ている制服と靴、そして髪につけているシュシュだけだ。
それ以外に持っているものはない。
「やっぱり無いのかあ。……君に未練が沢山ある証拠だよ。あっちの世にどんな未練がある?」
青年に聞かれ、未香は不思議そうにしながらも、腕を組みながら考えた。
そんなの、いくらでもある。
もっと長生きしたかったし、青春を楽しみたかったし、友達や両親に沢山言いたいこともあるし……。考え出したらキリがない。
未香はそう思いながら、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「……私の未練を言ったら、何かしてくれるの?」
すると青年はニコリと笑った。
「3つまでなら、未練をなくしてあげる。ここはあっちの世とあの世の間だからね。僕が力を使えば、あっちの世に戻ることができる。だから、あっちの世に戻って、やりたかったことをすればいい。ただし、姿も言葉も、生きている人間には見えないし聞こえない。物や人に触れない。代わりに僕らはあっちの世では空中に浮かぶことができる。……幽霊みたいでしょ?」
青年はもっとにっこりと笑う。
それじゃ縛りが多すぎて、未練を3つもなくせないと思うが……。 それでも、何もせずにあの世へ行くよりは良い。
未香はどんな未練があるかと聞かれて一番最初に考えたことを言った。
「……両親と友達に、色々伝えたい……」
「ふうん。……それで、友達って誰? 友達なんて沢山いるでしょ? 全員に伝えてたら、日が暮れちゃうしさ。そうだなあ、2人くらいに絞ってよ」
「えーと……」
いつも喋ってた亜佳里と沙由美にも話したいことはあるが、由紀が大丈夫だったか気になるし……それにもう一生あっちの世に行けないなら、最後に、気になっていた陽太に気持ちを伝えてみたい。
未香はコクリと頷いてから言った。
「由紀と陽太って友達! その2人に伝えたいことがある」
「へえ。んじゃ、行こうか。……そうそう、僕は明鬼。少しの間、よろしく」
明鬼はそう言って未香に手を差し出す。
未香は戸惑いつつも、その手をとった。
途端に視界が真っ暗になる。
少しした後に、明鬼の声が聞こえてきた。
「……い……おーい」
「ハッ!」
気づけば未香は、病院の外に浮かんでいた。
3階の病室が見える程度の高さで、下を向くと、地面が遠くてとても怖い。
ここが自分が運ばれた病院なのだろう。
「気を失ってたみたいだね。ま、人間はそうか」
「……人間じゃないの?」
「僕? あはは、人間だったらあんなトコに居ないよ~。あの世の使者って感じかな。それより、あそこ。君の両親。あーあ、泣いてるねえ」
そう言って明鬼は指をさす。
その向こうには、未香の遺体を見て泣く両親の姿があった。
「……未香……!」
母親はしゃがみ込み、父親は遺体に背を向け、泣いている。
「お母さん……お父さん……」
本当はここにいるよと伝えたい。
心配しないでと伝えたい。
だが、喋っても両親に言葉は届かない。
それでも、もう少し一緒にいたい。
そう思い、未香が両親に話しかけるのを躊躇っていると、明鬼が声をかけてきた。
「列車、もうすぐ発車しちゃうんだよね~。乗り遅れたら、一生君の時間は止まったまま。生まれ変わることも行き先に向かうこともできないんだよねえ。そうなったら、君も困っちゃうよね~」
ワザとらしく明鬼が言い、薄っぺらい笑みを浮かべて未香を見る。
「この言葉の意味、分かるよね?」
つまり、「早くしろ」と言いたいのだ。
ストレートに言われるのはイラつくが、遠回しに言われるのもまた腹が立つ。
「分かってる。早く言えばいいんでしょ」
未香はどうせならと部屋の窓をすり抜け、両親の近くで口を開いた。
「お母さん……お父さん……今まで、ありがと。そ、その……今までいろいろ迷惑かけちゃってご、ごめん……」
色々言いたいことはあったが、照れくさくて言えなかった。
「……さ、行こ」
未香は振り返って言った。
視線の先には明鬼がおり、あくびをしていた。
「終わった? それじゃ、由紀って子の所に行こうか。ついてきて」
明鬼に連れられ、空中で少し移動する。
同じ院内の病室の1つに、由紀の姿があった。
由紀はベッドの上に座って俯いていた。
頭や腕に包帯がまかれている。
まだ意識がはっきりしていないのか、瞳に生気は感じられなかった。
「由紀……私が自殺を止められなかったから……ごめんね、怪我させちゃって……」
未香は震える声で由紀に言う。
「また遊べたらよかったのに……」
小さな声でそうつ呟いた後、未香はまた振り返り、明鬼に向かって呼びかけた。
「次で最後か。……う~ん、ここから少しあるなあ」
明鬼はめんどくさそうな顔をすると、パチンと指を鳴らした。
と同時に、未香が見ていた景色が病院から学校に変わった。
「……へ?」
「瞬間移動しただけ。空中移動だと時間かかる距離だからねえ。さっさと終わらせたいし。……あ、あれが陽太君でしょ? 何言うか知らないけど、早く言っちゃいなよ」
そう言って明鬼は指をさす。
その向こうには、窓越しに教室で椅子に座っている陽太が見えた。 未香は静かに陽太の近くに向かう。
こんなに近づいたのは初めてだ。
窓を挟んですぐ隣にいるが、陽太は全く気づいておらず、黒板の方をボーっと眺めている。
見えないのだから仕方ない。
未香はため息をつくと、辺りをきょろきょろ見回した。
未香が告白するのを察していたのか、明鬼の姿は見当たらなかった。
告白するのをじっと見られずに安堵している気持ちと、明鬼に陽太への想いがバレバレで恥ずかしい気持ちが混ざって複雑だが、まあよしとしよう。
未香は深呼吸して陽太に言った。
「陽太……いつもカラオケ行ったり、悪ノリしたりして、楽しかった。ほんとありがと……。それでね……好きだったんだよ。い、いつかは恋人になれないかなって……」
言っていて恥ずかしくなり、未香は顔を赤らめた。
それでも伝わらないこの想い。
切なく感じるものの、もしかしたら一生言うことがなかったかもしれないことを伝えられたことにより、未香の顔はすっきりしていた。
「終わった~?」
まるで狙っていたかのように、明鬼が尋ねる。
もしかすると、最初から全部聞いていたのかもしれない。
まあ、問い詰めないであげておこう。
「うん。言い終わった」
「そ。じゃ、さっさと行こう」
明鬼がまた手を差し出す。
未香は学校を見回してから、少し躊躇いつつ、手をとった。
また視界が真っ暗になる。
「……い……おーい」
「ハッ!」
明鬼の声で目覚める。
また気を失っていたようだ。
起き上がると、そこはさっきまでいた真っ暗な空間なのだと分かった。
「はい、チケット。あの世に行けるよ」
明鬼はニコリと笑って未香にチケットを手渡す。
チケットには赤い文字で『あの世行き』と書かれていた。
なんだか血の生臭い匂いがし、思わず未香は顔をしかめる。
「さ、時間がない。この列車に乗って」
明鬼は未香の背中をグイグイ押し、列車に乗せた。
列車とは、先程も見た赤いボディの列車だ。
未香はまだ目覚めたばかりで混乱していたが、大人しく座席に座る。
未香以外の乗客はおらずしんとしており、床や壁に赤色の手形が見られる。
怖さに未香は思わず身震いする。
外に目をやると、明鬼がニコニコ笑いながら手を振っていた。
それを見て、未香は列車の窓を開ける。
「あ、明鬼! いろいろとありがと! ……じゃあね」
いきなり話しかけてきた未香に、明鬼は驚いた顔をし、手を振るのをやめる。
だが、すぐに笑顔になる。
「ふふっ。またね」
明鬼がそう言った瞬間、なんの合図もないまま、列車が発車した。
未香は明鬼の言葉を聞くと、ニコリと笑った。
そして彼女1人を乗せ、列車はものすごいスピードで走り出し、気づけば見えなくなっていた。
「……やれやれ、とんだ女優がいたものだねえ」
列車を見送った明鬼は、髪をかき上げる。
「自殺しかけた子をいじめで自殺に追い込んだのは彼女なのにね。それで自殺しかけた子に脅されて、自殺を止めようとして死んで……ふふっ、その後は傑作だったなあ。興味などないはずなのに、わざわざ由紀って子の様子を見に行っちゃってさ。思ってもいないことを言って……。白々しい演技。今更いい子ぶったって遅いのにね。さてと、そんないじめっ子が行くのは天国……んなわけないよねえ」
明鬼はニヤリと笑う。
……未香は、由紀を虐めていた。
そして自殺する直前の由紀に屋上に呼び出され、「遺書にアンタに虐められていたことを書いた」と言われた。
そんなことをされたら、未香にとってはたまったもんじゃない。
自業自得だが、自分の未来が滅茶苦茶になってしまう。
なので自殺をやめさせようとしたが、共にそのまま屋上から落ちてしまった。
死んでしまった未香は何を思ったのか、明鬼の前では死んでも友達を想ういい子を演じた。
あの世の者が、未香の行いを知らないはずがないのに、だ。
きっと彼女の行く先は地獄だろう。
「……さあてと、次は誰が来るかなあ。ま、来てほしくないけど。未練が残ってるからあっちの世に行かせてあげるって言うのめんどくさいんだよねえ。閻魔様は何を考えているのやら」
「地獄行きの者をあちらの世に戻し、どんな行いをするのか観察してこい」と言っていた閻魔を思い出し、明鬼はクスっと笑う。
頭には2つの角が生えていた。
「……あの……?」
明鬼が角を引っ込めて振り返ると、次の客がいた。
ここがどこだかわからず、混乱しているようだ。
明鬼はニコリと笑いかけて言った。
「ようこそ、あの世行き列車へ」




