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うらら






「んー、これがいいかな? どうせなら揃えちゃおうかな」



 展示された犬用の家の前で雅世は唸っていた。


 屋外用の犬小屋は無惨な姿になってしまったが、室内用のゲージは未だとってある。それを再利用しようと考えたが、展示されているおしゃれなゲージを見ると、新しいものも揃えたくなってくる。


 犬小屋とゲージがお揃いになっていて、真っ白な色味に差し色として赤いラインが入った商品だ。

 誇り高く、クールな小太郎にぴったりだと思った。



「でも、横に並べて置くわけじゃないしなぁ」



 屋外用と室内用。

 結局離れて置くことになるわけなので、せっかくお揃いになっていても意味がない気がする。

 ただ、餌皿もリードの配色もすべてお揃いになった【レッドラインセット】には正直惹かれるものがある。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、背後に気配を感じた。



「あれ。まーちゃんじゃない?」

「すずちゃん……」



 声をかけてきたのは幼馴染の鈴香だった。


 同年代で従姉妹でもあるため、小さい頃は何かと一緒に行動していたが、縁遠くなって久しい。

 雅世がひとりぼっちになってからは何かと気にかけてはくれていた。それを雅世が徹底的に拒絶した格好となっている。

 なので、申し訳無さも手伝ってぎこちない笑みを浮かべることしかできない。



「久しぶり! 外出してるなんて珍しいね。しかもこんなコーナーにいるなんて」



 引きこもり認定されたことに軽くショックを受けるが、鈴香に悪気はないのだ。それはよく分かっている。



「ようやく新しい犬を飼う気になったの?」

「あ、いや……」

「それがいいよ! 小太郎も絶対天国から心配してるって。安心させてあげなよー」



 また始まった。


 雅世は内心うんざりとする。

 小太郎が亡くなってから、やたらと新しい犬を勧めてくるのには辟易しているのだ。

 気軽に新しい子を迎えるなんでできるはずないではないか。


 悪気はないと、自分を元気づけようとしてくれることは分かるだけに、雅世は曖昧な笑みでやり過ごす。



「いつまでも悲しんでても小太郎は戻ってこないんだしさ〜」



 戻ってきました。


 そう言えたらどんなにいいだろう。

 戻ってきたので、もう心配は無用です。無事に新生・小太郎をお迎えしました。

 そう言えたらどんなにか。

 

 そこまで考えてハッとなる。

 そうだ。小太郎の予防注射も行かなくてはいけないし、お役所の手続きその他もろもろもあった。

 のんきに犬小屋を選んでいる場合ではなかった。幸い今日は平日、まだ午前中なこともあり今から行けば間に合う。



「今度はハムスターとかどう? 散歩の必要ないしさ、ちっちゃいし、お手軽だし、何より可愛いよね!」



 ペットコーナーの片隅に、ハムスター用のゲージがあった。

 角の方に身を寄せ、お互いの頬が引きつるくらいに押し合いへし合いしている。

 隣のゲージでは玩具の滑車を一心不乱に回し続けている子がいて何とも可愛らしい。


 こうやって売り物にされて、見世物にされて、ストレスは大丈夫なのだろうかと疑問に思う一方、その一挙手一投足に和んでしまうのだから自分も人間側ということなのだろう。



「あ。休憩みたいだよ」



 ひと汗かいた後の休息だろうか。いそいそとヒマワリの種を咥えて頬を膨らまし、ご満悦の様子だ。喉に詰まらないことが不思議でしょうがない。


 ふと、その個体と目が合った気がした。



 ぽとり、



 そんな擬音つきで、ハムスターが食べかけの種を落とした。

 両手は種を抱え込んだ形のまま、口元はひまわりの種を迎え入れた形のまま、すべての動作を時間停止させて。


 つぶらな瞳がこちらを貫く。

 雅世は目をまたたかせた。



「ちょ、金縛りあってるんだけど! ウケる!!」



 隣で大笑いしている声が響くが、雅世はそれどころではない。



――――種族名”ハムスター” のウララが魅了状態です。スキルポイントを消費して従魔にしますか?


――――なお、ウララの現在の所有者がダンジョン決済に未対応の場合、スキルポイントとは別個に、現代日本国通過での支払いが必要となる場合があります


――――また、従魔としなかった場合、”犬神雅世” に関する記憶はウララより完全に抹消されますのでご安心ください



 もはや、突っ込みどころしかない。


 そんな矢継ぎ早に連呼されても頭がついていかない。

 早く決めろと急かしているのだろうか。それとも単なる親切心からの解説なのだろうか。


 そもそも、ダンジョン外でも魅力やらなんやらが有効だなんて聞いてない。


 雅世の脳内が忙しなく回転する。玩具の滑車状態だ。

 

 今、ここでハムスターをお迎えするつもりなどないし、小動物を飼った経験などない。   

 小太郎だけで手一杯、愛情一杯、他に浮気などできるはずがない。



 ”ごめんなさい”



 声に出さずに断りを入れる。これで通じるだろうか。


 ハムスターだって逆らえなかった可能性もある。

 本当は従魔になんてなりたくないだろうし、ダンジョン探索に付き合う義務だってない。魅了スキルに引っ張られただけかもしれない。


 どういう発動条件かはさっぱり分からないが、他の獣をうっかり魅了状態にしてしまうわけにはいかない。それこそペットコーナーが大混乱に陥ってしまう。


 小太郎の登録手続きを終えたら、今日は家でじっくりとタブレットの中身を確認しよう。

 雅世はTODリストを頭の中で整理しつつ、鈴香りに別れを告げ、慌ててホームセンターを後にする。


 うららがどんな表情をしているかは敢えて視界に入れなかった。






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