日の丸の国
その頃、ダンジョンの外では。
ダンジョンの中心核――――”コア” が仄めかしたような変化は見られない。
少なくとも、ニュースになったりはしていなかった。ネットの掲示板……例えば、オカルトスレッドのような場所も語弊はあるが通常運転だ。
いや、見えないところではすでに。
「各地で原因不明の微弱地震が続いています」
地震計には0――――ゼロと続く数字が並んでいる。いわゆる震度階級でいうところの震度0だ。
人が体感できないほどの小さな揺れでも、地震計には記録される。され続ける。
その頻度がここ数日、目に見えて多くなっている。異常というには程遠いが、現在同時進行で起こっている”別個の事象" により、それは無視できないレベルにまで達しようとしていた。
”別個の事象" は記録計には記されない。
だからこそ、世間に注目されるのを免れているが、オカルト近辺、SF近辺を筆頭としたマニアの巣窟が微かにざわめき始めている。
「火球の目撃、そしてアステロイドベルトからの電波、か」
さらには”彗星のふるさと” と言われるオールトの雲付近から、多数の電波がこの地球目がけて発信されているというのだ。
オールトの雲とは太陽系外側の領域に存在すると考えられている天体群のことである。
アステロイドベルトはともかく、オールトの雲などまだまだ仮定の域を出ないというのに。
男はため息を吐く。
ひとつひとつは瑣末な出来事でも、そのすべてが同時多発するとなると、これを異常と言わずして何と呼ぶのか。
いや、
「むしろ、ファンタジー。サイエンス・フィクションか」
これが世界全体、もしくは地球人類のリーダーを自負する、かの国宛てならば良かった。
だが、現実はあまりにも非情である。
「なぜ、よりにもよって我が国なのだ……」
日の丸を背負う国。
その要職に就く男は、げっそりと肩を落とした。
「その電波とやらが我が国を指名して話しかけてきていると?」
「電波というよりも、電波とは似て非なるもの。という表現が正しいかと」
「その正体は?」
「解析不明です。現代の科学ではとても説明できるものではありません」
「じゃあ、宇宙人の謎物質ってことでいいかな」
「いえ。知的生命体であることは確実ですが、宇宙人と断言するには」
「ややこしいから、もう異世界の種族ってことでいいや。むしろSFよりファンタジー寄りでしょ、これ」
「は。ファンタジーという世界に、自分は造詣がありませんゆえ何と申し上げてよいのやら」
「冗談だよ、冗談」
地球人代表になりたいわけではない。むしろ、日和見の事なかれ主義を気取りつつ、水面下で色々画策して平和を勝ち取りたいだけである。
野心という野心は要職に就いたことで燃え尽きた。これからは上昇せず、下降せず、まっすぐな線グラフのような人生を送りたいと思っていたのに。
宇宙人(仮)はそれを許してくれないらしい。
「件の天文台によると、座標軸はX県P市を指し示したとの報告です」
「P市……市町村合併したものの、まだまだ山と緑に囲まれた長閑な場所だよね。私は好きだな」
「会合の日時は一週間後の未明。我が国だけならば情報規制をすることも可能ですが、件の電波状の物質が全世界に送られているとなると……まず不可能でしょう」
宇宙人(仮)はこの国の隠蔽体質を理解して先回りをしているとしか思えない。
だったら、自由を掲げる、かの国でやって欲しかった。
肝心な部分は秘匿するだろうが、指名されたこと自体は隠さず、むしろ、誇らしげに全世界に向けて発信するだろうに。
我が国は未知なる存在に指名された大いなる国である! と言わんばかりに。
「火球の目撃も微弱地震も、異様値を示すのは我が国のみです」
「関連性あるのかな?」
「分かりません。ただ、三つの事象の発生時期はぴったりと一致します」
「もう一回確認するけど……、電波の件、優秀な地球人のイタズラの可能性は?」
「限りなくゼロに近い-0(マイナスゼロ)、つまり無限小です」