謎の赤い実
「お腹、すいたね」
雅世は何気なく呟いただけだった。
時計はないが、実際、そろそろお昼どきのはずだ。畑仕事のために早朝より起き出したため、朝御飯はまだ、 収穫したばかりの野菜を使って、昼兼用のブランチの予定だったのだ。
何気なく視線をやれば、緑鳥がぎくりとした表情で小太郎の背に身を隠す。
本当に感情豊かな鳥で感心する。小太郎よりも、チェルシーよりも、いちばん人間味溢れるのが緑鳥とは。哺乳類ではなく鳥類だとは。
「みゃー」
同意するかのように、チェルシーもひと鳴きして緑鳥へと視線を流す。
だが、そこに先程までの捕食動物としての鋭さはない。あくまでからかっているような色合いだ。
緑鳥もそれが分かっているのか、チェルシーからは逃げない。
雅世に対してだけ過剰反応を示すのだ。
何も本気で焼き鳥にしたいなどとは思っていない。鮮やかな黄色がかった緑の羽はあまり美味しそうではないし。
そもそも緑鳥を黄泉がえらせたのは雅世だ。緑鳥がそれを理解しているのかどうかは謎だが、怖がられるのは複雑な心境だった。
――――緑鳥が蘇生したがっています。スキルポイントを10消費して黄泉がえらせますか?
あの後、ひとしきり悩んだ後、雅世は決断した。
緑鳥の亡骸に触れ黄泉がえって欲しいと強く祈った。スキルの力なのだろうか。頭の中に自然と方法が浮かび上がってきたのだ。
あまりにもあっさりと奇跡が起きて、悩んでいた時間がもったいなく感じたほどだ。
黄泉がえった緑鳥は雅世への敵対心を完全に消失し、驚くほどの愛らしさを見せたのだ。見捨てないで良かったと思えるほどに。
昨日の敵は今日の友……まさにファンタジーだった。
緑鳥がつぶらな瞳をぱちくりとさせた瞬間、身体から何かを持っていかれる感覚を感じたが、今のところ多少の疲労度で済んでいる。いや、空腹度というべきか。
氏名 犬神雅世
年齢 23
レベル 105
職業 ?
スキル 魅了(ただし、獣に限る)
固有スキル 黄泉がえり
称号 獣に愛さし者
仲間 小太郎 チェルシー(ぬこ)
従魔 緑鳥
スキルポイントを10消費したはずなのに、なぜかレベルが増えている。そもそもスキルポイントの表記がないため増減が不明だ。
そして、いつの間にやら従魔になっている。仲間とはまた違う括りのようだ。しかも固有名がない。緑鳥は種族名だと思っていたが、名前なのだろうか。
従魔とは式神みたいなもなのかな? とふわっと考えていると、緑鳥がこちらにやってきた。
嘴に赤い実を咥え、ひたすらに雅世の目をガン見している。目を逸らしては負けた、と言わんばかりだ。
手のひらを差し出すと、その上に赤い実を落とした。
「これ、くれるの? というか、食べられるの?」
我ながら、酷い言い草だと思う。
だが、一度攻撃された記憶がなかなか消えてくれないのだから仕方ない。
タブレットの表示を信じるのなら、この緑鳥は従魔……、つまり、従う魔物であり、雅世を害することはないはずなのに。
関係構築には今しばらく時間がかかりそうだ。
赤い実をじっと見つめていると、妙に美味しそうに思えてくる。
緑鳥を見返すと、どきりとした表情で体を震わせる。
何とも怪しい……だけれども。
覚悟を決めて雅世は口に含む。
口内に甘い香りが広がった。瑞々しくてまろやか。それでいてお腹にどっしりとくる。かつてない味わいだった。
気のせいか、疲労度まで緩和された気がした。
丸一日、飲まず食わずで耐えられそうなほど、満足感が凄まじい。もしや、何か特別な木の実なのだろうか。
「ええと、ありがとう。美味しい」
「!!!」
素直にお礼を言うと、緑鳥の顔に衝撃が走った。
目の動きだけでこんなにも感情が伝わってくる生き物がいたとは。
だけど、何がそんなに衝撃なのだろう。本当は到底食べられないものをくれたとか?
それともお礼を言われるのがそんなにも驚きなのだろうか。
見れば、小太郎にもチェルシーにも、緑鳥は赤い実を分け与えてあげている。
どうやら、かなり高いところに成る実のようだ。地上にはまったく食べられそうなものがない。
川もないため水分も補給できないことを考えると、緑鳥の気遣いは大変にありがたかった。
もしや、生き返らせることに小太郎さんが賛成していたのはこういう理由からだろうか。
だとすれば何と賢い子なのだろう。先見の明まであるだなんて。
雅世は小太郎をぎゅっと抱きしめ、その頭を欲求のままに撫で回した。
未だ、草原の果ては見える気がしなかった。