緑鳥(みどりとり)
「ん?」
それはちょっとした違和感だった。
何か、見落としてはいけない違和感に気付き、斜め上の木を見上げる。目を眇めて、じっと見つめているとその正体が分かった。
小鳥だ。
樹木の葉っぱに擬態した小鳥だった。黄色みがかった緑色のそれは、意識してみると実に分かりやすい。
特徴的な冠羽のせいか、オカメインコを彷彿とさせる姿形だ。
冠羽が風に揺らいでいる。小鳥の羽と本物の葉っぱの境界線があやふやなまま、風によってそよそよと揺らぐ。
小鳥はすました顔で擬態を続けようとするが、雅世の視線を感じ取ったのだろう、目が合った瞬間、ぎょっとしたように目を剥いた。
やたらと人間くさい表情をする小鳥だ。
小太郎とチェルシーもじっと小鳥へと視線をやっている。
三者三様の視線を向けられて、小鳥は焦ったのか、飛んで逃げればいいものを、雅世目がけて攻撃してきた。
「きゃっ」
いちばん弱く見えたのだったら何だか悲しくなる。こちらはまったく敵意はないというのに。
鋭い目つきで威嚇音を発しながら、嘴攻撃を繰り返す。どうやら顔面……、目を狙ってきているようだ。
――――スキル:魅了(ただし獣に限る)
括弧書きの表記を思い出す。スキルの魅了もどうやら鳥類には効かないらしい。
反射的に腕で庇いながら追い払おうとするが、なかなかにしつこい。ちくりとした痛みが二の腕に走る。
人がカラスに襲われる映画があったのを思い出す。小さな体とはいえ、ヒットアンドアウェイを繰り返されると地味に体力が削られていく。
どことも知れない土地。オカメインコに似た、まったく違う生き物。その嘴に毒があれば、かなりまずいことになる。
さすがにどうにかしなければ、と思っていると、小太郎が吠えた。
チェルシーも鋭く鳴いた。
二匹の鳴き声の共鳴が、不思議と雅世の心に沁み渡る。何か、見えない力で二匹と繋がっているような、そんな感覚を覚える。
気付けば、嘴攻撃も止んでいた。
恐る恐る顔を上げると、小太郎とチェルシー、二匹がかりで何かに噛み付いている光景が見えた。緑色の何かが、血に濡れて地面に倒れている。
――――緑鳥を討伐しました。スキルポイントがパーティーメンバーに等分されて付与されます。
雅世の腕からも少し、出血していた。
小太郎が傷を舐めてくれる。
自分のものは致命傷には程遠いが、緑鳥なる生物はあっという間にその命を散らせた。
雅世があのとき足を止めなければ、何事もなく過ぎ去っていたかもしれない。妙な罪悪感があった。
「小太郎さん、チェルシー、助けてくれてありがとね」
自分を助けてくれた二匹にお礼を言って、その場にしゃがみこむ。
ダンジョンものによくあるような、亡骸が粒子となって跡形もなく消え去る、という現象は起こらなかった。
くったりと地に伏せる緑鳥の頬を撫で、せめて埋葬を、と抱え上げたときだった。
――――緑鳥が蘇生したがっています。スキルポイントを10消費して黄泉がえらせますか?
脳内に、そんな声を投げかけられた。
雅世は心の中で悲鳴を上げる。自分を攻撃してきた緑鳥を復活させるとか、どんな選択肢だろう。
しかも、死んだはずの緑鳥が蘇生したがっている……?
意味が分からない。
「生き返りたいってさ、どう思う? 小太郎さん」
答えが返ってくるはずもないのに尋ねてしまう。
むしろ、小太郎にとっては反対だろう。
せっかく仕留めた生き物を、庇ってやったはずの自分が生き返らせてしまう。労力を返せと言いたくもなるだろう。
なのに、小太郎が頷いた。気がした。
いや、見間違いだろう。視線を下に向けただけに違いない。
「チェルシーは?」
勢いで聞いてしまうが、チェルシーは我関せず、といった感じで丸まっている。血に染まった口元を物寂しげにむにゃむにゃと動かしているだけだ。
本当は緑鳥を食したかったのだろうか。
現実逃避したくて再度小太郎に視線をやると、再び頷かれる。
その瞳には知性が感じられる。諭すように、委ねるように、視線がかち合ったのを確認すると、緑鳥を顎で指し示す。
こちらの意図を完全に汲み取った態度だ。
いや、待て。確かに賢い子だったが、こんなにもコンスタントに対話ができるほどではなかった。
「埋めちゃう?」
緑鳥を指して訊ねると、ふるふると頭を振り、困ったような顔で天を仰ぐ。
「それとも……生き返らせちゃう?」
ひと声吠えて、やっぱり頷いたとしか思えない動作をする。
小太郎は生き返って、さらに賢さを増したのかもしれない。雅世は戸惑いながらも、同時に誇らしげな感情を抱いたのだった。