表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

レインコート

 





 突然の雨。

 

 雅世は慌ててリュックの中からレインコートを取り出す。

 防災用品、非常持ち出し袋、などなどの名目で売られているセットに必ずといっていいほどパッケージングされている雨具。

 もちろん、傘はない。こういった場合はレインコート一択だ。

 

 せっかくの大草原。

 メリー・ポピンズみたく、傘を開いてオシャレに飛び回れたら素敵なのだが、現実はそうもいかない。

 自転車に傘、は大敵だ。いつ、敵が襲ってくるとも分からないダンジョンの中で両手が塞がるのは避けたかった。

 

 まぁ、緑鳥の襲撃以来、何も襲ってはこないのだが。

 

 

「なんか、平和なダンジョンだよね」



 アナウンスで【獣の楽園ダンジョン】とあったから、いったいどんな獣が襲ってくるのかと、肉食獣なのか、魔獣なのか、妖怪なのか、と身構えたこともあったが、今はどうにも緊張感が保てない。

 

 中心核コアが言うにはまだチュートリアルとのことだったから、本番が始まれば一斉に敵が襲ってくるのだろうか。さっぱり分からない。


 

「小太郎さん!」



 雅世の呼び声にひと吠えで返し、小太郎が近寄ってくる。

 その大きな体にお散歩用レインコートを素早く着せる。赤をベースに、シルバーのラインが一本走った、とても格好いいレインコートだ。

 

 

「三倍速くなっちゃったりね!」



 冗談めかして言ってみるが、黄泉がえってからの運動能力の上昇は三倍どころではなかった。

 駆けてはチーターより速く、跳ねてはアマガエルのごとし跳躍力。

 

 あきらかに犬ではない。

 ダンジョン外で目立たないようにしないと、と危惧したが、小太郎は頭脳も飛躍したようだ。

 こちらの言うことを以前より明確に理解しているように思う。ダンジョン外で殊更おとなしく振る舞っているのは己の異常さを分かってセーブしているとしか思えない。

 

 

「チェルシーと緑鳥は……」



 もちろん、レインコートの準備はない。

 申し訳なく思いつつも、様子を窺っていると、チェルシーは雅世の元に、そして緑鳥は小太郎の元に身を寄せてきた。

 それぞれのレインコートの恩恵を浴びようという感じだ。相合傘ならぬ、相合コートだ。

 

 チェルシーに擦り寄られても猫アレルギーは発症しない。しなやかで生ぬるい毛並みを撫でてやると、みゅーと鳴く。小さい体を縮こまらせて、少しでも濡れないようにと工夫する姿が愛らしい。

 その体をさらに引き寄せ、胸元のスペースにしまいこんだ。

 

 緑鳥は小太郎のレインコートのフード部分にうまい具合に滑り込んだようだ。

 

 それにしてもこの緑鳥。

 自分を死に追いやった小太郎とチェルシーには懐いているというのに、雅世にだけは未だ警戒心を顕にする。一応、黄泉がえらせた張本人だというのに。

 何故なんだと小一時間問い詰めたい。

 

 そのままの体勢で雨を凌げそうな場所を探す。

 

 とは言っても、大草原には僅かな樹木が点在するのみだ。せいぜい木陰で雨をやり過ごすことしかできない。

 

 時折、木々の隙間から水滴が滴り落ちる。完全な雨宿りとは言い難い。

 だが、雨脚は弱まる気配なく、逆にどんどんと激しさを増していっている。

 こんなことなら、大型のテントでも用意すれば良かったか。

 いや、そんなもの持ち運べないし、設営にどれだけ時間を要するというのだ。常に移動するときに使えるものじゃない。

 

  

「せめて洞窟でもあればなぁ」


 

 何の気なしに呟いたときだった。


 地鳴りと共に大地が揺れ、隆起する。その山肌に竪穴式の窪みが現れた。

 地震か、と考える間もなかった。まさにあっという間の出来事だった。


 迷うことなく駆けていく小太郎に続き、慌てて後を追う。

 ぬかるんだ地面に足を取られそうになりながら自転車を加速させ、飛び乗った。

 小太郎がまとう赤い塊はすでに洞窟へと到着し、雅世たちを待っている。

 

 素早い。

 それにしても小太郎は状況に対応しすぎではなかろうか。まるで洞窟が現れて当然とばかりに驚いた様子も見せない。

 一応、罠の可能性も考えて慎重に中を覗き込むと、ひと声鳴き、満面の笑みで尻尾を揺らしながら視線を合わせてきた。



『早く来て』

『何も心配いらないから早く来て』



 そんな声が聞こえた気がしたが空耳だろう。

 小太郎は家犬の割には野生味が強く、間違った判断をしない。事、こういう場面においては信頼できる子だ。


 洞窟の中に入り、天井を見上げ、側壁を凝視する。

 薄暗い中で、壁に張り付く不届き者はいないかの確認だ。


 ふと、壁の一部に違和感を感じて触れてみる。

 その部位が光り輝き、紫色の水晶玉が出現する。



『獣の楽園ダンジョン、第二ステージに入りました。新たな獣を獲得できます』



 気付くと、ママチャリの前籠にモモンガが貼り付いていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ