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おにぎり


 

 

  

 

 ダンジョンって何だっけ?

 

 

 雅世は空を眺め、ぼんやりと考える。

 

 中心核コアが去ってからというもの、特にイベントが起こるでもなく、緑鳥のような生き物が襲ってくることもなく、ひたすらに地平線に向かってママチャリを漕ぎ続けたわけだが、どうにもこうにも終点が見えてこない。

 

 何か建物があるわけでもなく、秘密の洞窟があるわけでもない。

 いや、洞窟ではなく世界樹か。

 この大草原に似付かわしいのはそちらかもしれない。

 

 ひたすらに続く地平線。左右を見据えても大草原。

 背後を振り返ればそびえ立つ山岳地帯。その頂上は雲間を突き抜けてもはや視認できない高さにある。

 人工的な建物は何もなく、水場さえない。

 

 

「こういう場合、マップ機能みたいなのがあるんじゃなかったっけ?」



 ひとりごちても、返してくれる人間はない。

 小太郎がちら、と視線を向けてくれるが地図帳を咥えてきてくれるわけでもなく、チェルシーと緑鳥に至っては我関せず、だ。

 

 NPCだったか。

 元からゲーム上にいるキャラクターが話かけてくるわけでもないし、(そもそもNPC自体がいない)、クエストが発生するわけでもない。

 ないないづくしである。

 いや、ダンジョンにはそういうものは存在しなかったのだったか。いまいち、色んなゲームの中途半端な知識がごちゃ混ぜになって頭が追いつかなかった。

 

 携帯食その他、サバイバルに必要そうなものを持参し、服装も自分で考えうる完全防備(農家が山ガールやってみた系)、ママチャリのおかげで体力も温存しているというのにいざ戦闘! という状態にならない。

 まぁ、なったらなったで困るが。

 雅世はか弱い乙女である。平和に越したことはない。

 しかしながら、あまりにも何もなさすぎて拍子抜けしてしまう。


 とりあえず、お腹がすいたので持ってきたおにぎりを食べることにする。大草原に辛うじて点在する大樹の木陰となる側に回り込む。

 ふと、緑鳥の視線に気付いた。

 

 

「えっと、緑鳥? でいいんだっけ」

「!」

「あのとき何で私のこと攻撃したの? 他に仲間とかいるの?」

「!!!」

 

 

 いや、そこまで驚かなくてもと思う。

 

 そして、さり気なく視界の外に逃れるのはやめてほしい。チェルシーのふさふさに隠れてちら、と顔を覗かせる姿はとても可愛らしいが、全力で怖がられているような気がして心に刺さる。

 

 チェルシーは懐いてくれるのに、緑鳥はまったくその気配がない。

 仲間と従魔の立ち位置の違いだろうが、雅世は緑鳥を従えるつもりなどないのだ。命令するつもりも、顎で使うつもりもないというのに。

 

 

「ほら、おにぎりあげるから……おいで?」

 

 

 怖くないし、という言葉を言いかけて飲み込む。

 恐れ慄いてる相手からの”怖くないからね” という誘いほど怖いものはない。もっとも、緑鳥がこちらの言葉を理解していれば、の話だが。

 

 米粒を少し、指先に乗せてみる。

 チェルシーの尻尾にあしゆびをちょこんと乗せ、顔半分だけこちらを伺う緑鳥。まるで【家●婦は見た!】のようで笑えてくる。

 雅世は満面の笑顔で差し出した指を空中で停止させる。

 一向に動かない緑鳥。

 ふたりの攻防を静かに見守る小太郎とチェルシー。


 その状態で誰も動かないまま数秒経過したときだった。

  

  

「チェルシー!?」

  

  

 チェルシーの尻尾が緑鳥をぐるりと囲い込み、強制的に雅世の前に突き出したのだ。

 緑鳥はされるがまま、成すすべもなく、雅世の眼前に連れてこられた。

 きゅるん、という悲鳴のような鳴き声を発して、頭を右往左往動かす緑鳥。その度に立ち上がった冠羽がふるふると震えた。

 

 鞭のようなしなり具合を見せつけたチェルシーは、その尻尾を涼しい顔で締め付けたり、緩めたり、完全に遊んでいる。

 こんな猫、見たことない。まるで木々の間を縦横無尽に尻尾を巻きつけて走り回る猿のようだ。

 やっぱり猫とは違う生き物【ぬこ】なのだろうか。

 

  

「あなたは白米食べられるかな?」



 チェルシーの尻尾に囚われたままの緑鳥がこくりと頷いた。

 そう、頷いたのだ。

 初めて対話が成り立ったような気がする。頷かなければチェルシーに絞め殺されると考えたのかもしれないが、雅世は素直に嬉しかった。

 

 嘴へとさらに指先を近付けた。

 それをそっと啄む緑鳥。

 ち、ち、と声のような音のようなものを発しながら、嚥下したのが分かった。

 

 

「緑鳥が私のおにぎりを食べた」



 雅世は呆然となった。

 なぜなら、ダンジョンの外に戻った小太郎は一切の食事を受付なかった。水さえ飲まなかった。

 なのに元気いっぱい。ご飯を欲しがる様子もなかった。

 

 今もおにぎりを食べる雅世のそばにいるが、生前のようなくれくれコールはない。チェルシーも同じだ。せっかく買ってきたキャットフードに見向きもしない。

 

 ただひとり、緑鳥だけが雅世のおにぎりをじっと見つめていたのだ。

 だからこそ、お裾分けしたわけだが、まさか本当に食すとは思わなかった。

 

 

「仲間と従魔の違い……?」



――――従魔の緑鳥がダンジョン外の栄養を摂取しました。



 久しぶりのアナウンスが響く。



――――緑鳥の各種ステータスを更新します。筋力アップ、反射神経アップ、忠誠心超アップ…………



 各種項目アップのアナウンスが続いていくが、そのすべてを雅世は聞き取れない。

 すさまじい雷鳴が鳴り響き、突如空が暗くなる。

 

 突然の雨が襲ったのだ。

   


  



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