ママチャリ
翌日、雅世はまたしてもホームセンターにいた。
ペットコーナーを避けて迂回し、自転車売場へと到達する。
「一万円か」
定番のママチャリを購入しようと思ったのだ。
大草原を歩き回る体力を少しでも温存したかいがためだ。
曲がりなりにも《獣の楽園》という自然派満載な雰囲気を醸し出すダンジョンに、文明の利器を持ち込んでもいいものか迷ったすえ、当事者に思い切って訊ねてみたところ、
「ん? 全然いーよ」
あっさりと了承が得られたのだ。
いわく、ここは体力勝負のダンジョンではなく、忍耐力を試される場所でもないとのこと。
もちろん、公共交通機関などは一切なく、己の足で移動することを前提としているが、便利に使えるものなら使っていいらしい。
ダメなものは元から持ち込めないらしい。
買ったはいいが、いざ持ち込みができなかったときはどうしようかと迷ったが、ここは中心核のことを信じてみることにする。
小太郎さんを黄泉がえらせてくれたダンジョンなのだ。悪い存在のわけがない。
ずっと草原が続くとも限らないのでマウンテンバイクにしようかとも思ったが、初の試みなのでここは無難に廉価版ママチャリにしておく。前カゴも便利に使えるだろう。
服装は初日の作業着と、その上にプラスで防具みたいなものをと試していたら、
農家が工事現場で開催されるバレーボールの大会に出てみた。
みたいな姿になった。
さすがにこれはないと思い直し、辛うじて
農家が山ガールやってみた。
みたいな服装に留めた。
もしかすると、そのうち魔法を使えるようになるかもしれないし、宝箱に攻撃耐性∞の防具が入ってるかもしれないし。
ダンジョン、ファンタジー、魔法と言えば、ドラゴンにまたがって空を駆け、魔法の呪文で敵を焼き尽くす。
そんなイメージが先行するが、あまり詳しくない雅世には初期装備についての良し悪しが分からない。
誰も見ていないのだからまぁ、いいだろう。
ついでに犬小屋を注文し、ゲージその他もろもろ、小太郎に必要なものをレジに通す。
ペットコーナーに近付いたときに、ハムスター用滑車が一瞬ぴたりと音を止めた気がしたがそのまま無視した。
散歩中の犬やら、野良猫やら、畑のイタチやら。
色んな生き物と目が合う度に、
―――― 〜〜〜が魅了状態です。スキルポイントを消費して従魔にしますか?
そんなアナウンスが脳内に流れたが、それらのすべてに”ごめんなさい" して通り過ぎた。
雅世は小太郎をひたすら大切にしているだけであって、万物動物愛の主ではないのだ。
だけれども、”ごめんなさい" した後に悲しげに鳴き出す子もいたりして、なかなかに心が削られていく出来事だった。
いや、本心から悲しがってるわけがない。悪い魅了に引っかかってるだけだと思いたい。
「横にいる飼い主様はあなたのこと、ちゃんと愛してくれてる?」
そう何度も聞きたいのを我慢した。