弟子②
弟子入りを望む少年。
「覚悟は……はい、出来ています!」
ミネスの問いかけに暫時たじろぐも、エリィオは堂々と言い切ってみせた。すぐ決断に至れるのは果たして聡明さか、危うさか。
「……いいだろう。ではノクラミス、貴殿の息子の命、この”銀影”が暫し預かろう」
「何卒よろしくお願い致します、”銀影”様」
完全に押し切られてしまった。これではなんだかミネスに弟子入りしたような感じだ。本質的にはその通りなのだが……。一方で、一応の師匠となる自分が微妙に引っかかっている様子を察したのか、エリィオは恐る恐るこちらを窺っている。本当に、よく気がつく子だ。
「あーもう、わかりました。引き受けますとも。ミネスさんが大丈夫って言うなら大丈夫でしょうよ」
とりあえず、是認する姿勢を示しておく。どのみち、弟子としてやっていけるかは当人の努力次第なのだ。ミネスも、富豪の子息だからとシゴきの手を抜いたりはしないだろう。
「……! ありがとうございます! よろしくお願いします! 還元者様! “銀影”様!」
エリィオはまさに喜色満面といった様子で感謝の言葉を述べた。思えば、この話を取り付けられるかどうかが、彼にとって最大の懸念事項だったのだろう。
「ミネスで構わん。こいつも、セツナで構わんぞ」
「それぐらいは俺に言わせてくれよ……まぁ、そういう訳だから。よろしくな、エリィオ」
親指でこちらを指しながら勝手な事を言うミネスに意味を為さない不服を申し立てながら、エリィオに握手を求める。
「は、はい! セツナ様!」
エリィオはあわあわと握手を返し、続けてミネスにも握手を求められ、更にあわあわと握手を返した。そんな息子の様子を、ノクラミス氏は感慨深げに見つめている。
「さて、色々と準備はあるだろうが……滅多に無い機会だ、エリィオ。今日の高位不死者討伐、早速お前もついて来い」
「はい!?」
とんでもないことを言い出すミネスにまた変な声が出る。最早ツッコミが追いつかない。
「いやミネスさん、流石にそれはいきなりが過ぎるでしょうよ。こんな小さい子に……」
至極当然で真っ当な意見を述べる。視線を移せば、そこにいるのはまだ十二、三歳ぐらいのあどけない子供。命のやり取りをするような場にこんな子供を連れて行くなど、正気の沙汰では無い。
「そうでもなかろう? エリィオよ。見たところ、それなりに整った魔力をしているな。得手は……水か風あたりか。どれ程扱える?」
ミネスはそんな反論も意に介さず、といった様子でエリィオに問いかける。
「はいっ! ぼっ……私は、水の扱いに長じています! 水壁であれば馬車一台分程の大きさまで、水槍は楢材程度までなら貫ける硬度で展開できます! 王威級冒険者の魔法使い、”零雨”カシィク様より直々に、1年ほど手解きを頂いていました! 足手まといにはなりません!」
ミネスに問われ、エリィオは恐らく予め想定して練習していたであろう自己紹介を述べてみせた。”零雨”カシィクといえば、第一線を退いて久しいとはいえ、この国に現在5人しかいない王威級の冒険者である。かなりの高齢のはずだが、公の記録では確か先のウェルギス王国との戦争においても義勇兵として防衛戦に参加し、戦果を上げていた。家庭教師として師事するには申し分ない使い手だろう。
「ふむ……違うな」
「えっ……!?」
渾身のプレゼンを一蹴され、狼狽するエリィオ。無理もない。自分も少し前に同じようなやり取りをしたので解るが、これは単に――。
「無理に大人を真似てみせる必要などない。年齢相応の振る舞いで構わん」
どうせすぐに見てくれだけは大きくなるのだ、という微妙に看過してもよいものかどうか物議を醸しそうな言葉を付け加えながら、ミネスはエリィオの頭に手を置いた。エリィオはというと……固まってしまっている。助けを求めてこちらを見ている様子がなんとも痛ましい。
「ちゃんと実力の程は伝わったし、今ので間違ってねえよ。ただ、あー、つまりアレだ、ミネス大先生的にはもっとこう……子供っぽい感じで話して欲しいって事だ。家族とか友達とかと話すような、もっと親しい感じの」
実質的兄弟子としてフォローを入れる。おいおい学んでいく事になるだろうが、この師匠はとにかく言葉が足りないのだ。
「子供っぽい感じ……親しい感じ……」
エリィオは思い詰めた表情で反芻した。大人びたその話し方も、育ちのいい彼にとっては恐らく自分より年上の人間と話す際における素のそれなのだろう。それを無理に改めるよう迫るのはなかなかのハラスメントだが、仕方ない。弟子入りした相手が悪かったと諦めてもらう他ない。
「……よし! 師匠の言いつけは絶対だよな!?」
「……! 絶対です!」
思った通り、不意の問いかけにもエリィオはしっかりノってきた。当意即妙。優柔不断な態度は悪しと叩き込まれているのだろう。そこにつけ込んで、続けて畳みかけていく。
「じゃあ次! 年上のお姉さんは好き!? 嫌い!?」
「ええっ!? す、好きです……?」
よし、という声が聞こえた気がした。もう少し攻めてみよう。
「こちらはミネスお姉さん!? ミネスお姉ちゃん!?」
「ミネスお姉ちゃ……!?」
さすがに絶句するエリィオ。さすがにこれはやり過ぎたか。ミネスからは別段クレームは無いが……いや、「どっちでも構わんぞ」みたいな顔してるけどアナタ、そこは構いなさいよアナタ。
「あの、すみません、これ、本当に……」
急に腹でも痛くなったかのような苦しげな顔で尋ね返され、さすがに良心が痛む。
「ごめんごめん、さすがに悪ノリが過ぎたな……とりあえず、かしこまらずにもっとフランクに話してくれってこと。俺もミネスさんにはタメ口だし。師匠が言うことは絶対って言っても、別に尊敬しろーとか、絶対服従ーとか、そういうのじゃなくて、”ヤバい魔道具には触るな”とか、”ヤバい魔物が出た時は相手にしないで逃げろ”とか……そういうやつな」
「……! はい、わかりました!」
一転してまた眩しい笑顔を見せる。あらかわいい。師匠、ここに素直御曹司系美少年魔法使い見習いが爆誕しました。これで満足ですか――。ひと仕事やり遂げた達成感でミネスに目を向ける。
「よし、良いぞ。ではエリィオ、今回お前は指示がない限りは後衛に徹し水壁で己の身を護る事だけ考えろ。セツナよ、後でお前の”還元”で生成した魔力の扱いについて教えておいてやれ。初歩の水壁といえど、常時展開の経験はあるまい」
「わかりました!」
「あーい」
なにが良いぞなのかは定かでないが、これでエリィオの同伴は確定事項となった。人死にも出かねないような、めちゃくちゃに危険な任務に。
「あの、ミネス様! 今回の件、私も同行してよろしいでしょうか!?」
今度はピアが声を上げた。皆が一斉にそちらを向く。
「今回の件、調査依頼を受けていた手前、”青の叡智”としても灼紅炎刃の回収を急ぐよう上官から言われてまして……ダメでしょうか?」
指先をいじりながら、先程と同じようにタハハ、と苦笑しながら問いかける。
「構わんが、この御仁の護衛はいいのか?」
ミネスが問い返す。もっともな疑問だ。
「それでしたら問題は無いかと。私が”青の叡智”にお願いしておりましたのは、この席を設けるために商会から貧民街の酒場への行き帰りの護衛だけですので。まあ、さすがにここから一人で帰れと言われてしまいますと困りますがな。ハッハッハ」
ノクラミス氏が笑いながらフォローする。
「ありがとうございます、ノクラミスさん! そんな訳ですので、私はノクラミスさんを商会までお送りした後上司に報告を入れてから合流しますので、皆さんは気にせず先に出発していていただければ!」
「りょーかい。こっちも一旦工房に寄ったりするから……じゃあとりあえず宿駅で集合って事で」
工房のあるエリエンデ村は王都から宿駅のある街道へと延びる大通りを途中で西に逸れた先にある。恐らくミネスは飛ばすだろうが、到着はこちらの方が少し遅くなるだろう。
「わかりました! では、早速戻りましょうか、ノクラミスさん!」
「あーっとちょい待ち」
今にもノクラミスの手を引いて出ていきそうなピアを制止し、ノクラミス氏に向き合う。
「すみませんノクラミスさん。急にこんな事になってしまって……」
一応保護者であるノクラミス氏に詫びを入れておく。かの還元者に弟子入りしたとはいえ、いきなり将威級の、それも実質的には王威級に相当するような討伐に同伴させるなど、尋常のそれではない。
「いえいえ。こちらこそ、お忙しい還元者様に急なお願いをさせていただいた身。当然このような流れになる事も想定しておりましたし、還元者様と”銀影”様を信じておりますれば。何卒、息子をよろしくお願いいたします」
彼としても肩の荷が一つ降りたという事なのだろう、ノクラミス氏は幾分か穏やかさを取り戻した様子で頭を下げた。言葉の通り、自分とミネスの事を心底信頼しているようだ。
「ただ……つきましては……弟子入りさせていただく身である以上、今後息子には住み込みでご奉公させるべきかとは思うのですが、失礼ながら、還元者様の工房に空いているお部屋などは……」
言葉を濁しながら、ノクラミス氏は息子の今後の処遇や住まいについて訊ねてきた。
「ああ、そういえばそうなりますね……大丈夫です、使用人用の部屋がまるまる空いてますから、そこに入ってもらいましょう。既に一人、村の子供に奉公に来てもらってますから、そんなにやってもらう事はないとは思いますが……」
答えながら、急に弟子を取るのだという実感が湧いてきた。自分の命すら守れていない有様だというのに、果たして大丈夫なのだろうか……。
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☆次回、ようやく話が動くーー!