聖遺物
登場人物のおさらい……
セツナ:主人公。”還元”の使い手。一応偉い
ミネス:通称”銀影”。師匠兼監視役。銀髪ハーフエルフ美女。超強い
ノクラミス氏:豪商。したたか
エリィオ:ノクラミス氏の息子。美少年
ピア:通称”瞬刃”。ミネスの元弟子。強い
ジィグィ:貧民街におけるギルドの顔役。小さい
ファウァ:セツナの工房へ奉公に来ている村娘
「火の聖遺物だと何か問題なのか?」
再びミネスに訊ねる。
「ああ、問題だ。恐らく……”蒼炎”は聖遺物、灼紅炎刃に精神を支配されている。厳密に言えば、それに染み付いた呪いに、か」
「はい……流石は”銀影”様。お察しの通り、灼紅炎刃の呪いにより、”蒼炎”どのは……」
ミネスの推測をノクラミス氏が沈痛な面持ちで肯定する。先程までの鷹揚さとは打って変わった、辣腕の商売人らしからぬしおらしさである。護送を依頼した手前、責任を感じているのだろうか。そんなタマでもないように思えたが。
「呪いか……」
思わず独りごちる。呪いというと、漠然と毒のように体調を損なうもののようなイメージがあるが……精神に直接影響を及ぼすものもあるようだ。取り憑かれるようなものだろうか。火の聖遺物がまさかそんなに危険な代物だったとは。
この国にある聖遺物で思い当たるものといえば、王宮内の小広間で哀れにも薪がわりに暖炉に焚べられて使われている、それこそ火の聖遺物――確か何らかの猛禽類を象った彫像のようなものだった――である。あんな雑な扱われ方をしているのに、発掘時にはあれ一つを巡って人が何十人も死んだと聞かされて驚いたのをよく覚えている。
あれを見た限り、劣化せずほぼ自動で魔力を取り込んで動作し続けている点を除けば、基本的には普通の魔法具と大別ない印象だったが。
「自我を失った”蒼炎”は街道を逸れて東へ向かったようだ。今回の依頼はその灼紅炎刃と”蒼炎”の確保だ。事が大きくならないうちに早急にな。報酬は額面いつも通り、前金なしの完遂時全額払い」
椅子を後ろに傾けて床を軋ませつつ、上空で自身が弄ぶ魔力塊に目を向けながら、ジィグィが今回の依頼の概要について説明する。それっぽく言ってはいるが、要は経費は全額自腹、失敗した場合何の補償も無し、という事だ。尤も、ギルドの依頼の報酬支払条件とは得てしてそういうものであり、この場合、失敗時の報酬については別途依頼人と要交渉、という事になる。
「ちなみに今回のヤマは元老院にも話が通ってる。当然拒否権はねえ。毎度ご苦労さんだな、頑張れよ」
「……賊が出たのは国境を超えたこちら側ですよね?」
励ます気など一切ない様子で、目も合わせずに意地悪くヒラヒラと手など振ってみせる彼女の事はスルーして、詳しい情報をノクラミス氏に求める。
「はい。国境の関所、カマロャの砦を抜けてすぐの辺りと聞いています」
あの辺りから東となると……ちょうど無人の湿地帯が広がっているはずだ。付近に人の住む集落がなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。エカド皇国との国境からも離れる格好で、外交面での心配もないだろう。
「ちなみに表向きには過去の英雄の高位不死者が顕れた事になってるからな。依頼もギルド側ではその内容でB級扱いで出してるから、対外的にはその体で頼むぞ」
浮かせていた椅子の脚を床に打ちつけて姿勢を戻し、こちらを睨めつけながらジィグィが念押ししてくる。”蒼炎”や聖遺物についてはあくまで秘密裏に処理しなければいけないらしい。第一に守るべきは”蒼炎”の名誉、という事か。
「それで、その高位不死者は実際どれぐらい強いんだ? さすがにミネス程じゃないよな?」
「私と奴では七分三分、というところか。とは言え、一時のものではあるにせよ、かつてかの国の軍で精鋭たる誅伐部隊の副長を務めた男だ。接近戦でピアに遅れを取っていたようなお前では、”還元”の絡め手無しにはまず勝てんな」
「そんなにか……とんだ”失せ物探し”だな」
ミネスの容赦のない評定に、一気に気分が暗くなる。ミネスと自分では七分三分どころか十対零だ。さすがに日にそう何度も死にかけるような目に遭いたくはない。
王威級以上の力を持つ個体も珍しくない高位不死者を、将威級報酬の端金でわざわざ討伐してのけようなどと思う奇矯な者などそういないとは思うが……知らずに挑んで”蒼炎”の手にかかるような者が出ていなければいいのだが。
「還元者様、どうか、何卒よろしくお願いいたします。……私は幼い頃、彼が所属していた冒険者パーティに命を救って頂きました。そのご恩を、結果的にこのような形で仇として返してしまったとあっては、この先誰にも”信頼”を……取引において一番大切な、人と人との在り方を、説く事ができません」
ノクラミス氏が席を立ち、仰々しく跪く。元老院を通じてはいるが、”蒼炎”の処遇からして今回の依頼は彼の意向をかなり汲んだ形となっているようだ。そもそも、万全を期して還元者(と”銀影”)を動かすまでに至っているのだ。恐らく方々に相当な根回しをした事だろう。
「顔を上げてください、ノクラミスさん。無論、私としても看過できない事案です。最善は尽くしますのでご安心を」
ノクラミス氏の手を取り立ち上がらせる。若干の茶番感は否めないが、この時勢に国の要である還元者を動かす以上、或いはこういう儀礼的な態度は必要なものなのだろう。いずれにしても尊大さが透けて見える貴族たちの慇懃さよりは余程誠実だ。
「しかし、2日前か……これから探すにしても、何か他に捜索の手掛かりは無いんですか?」
ジィグィに尋ねる。山間の小さな国とはいえ、アテもなく人ひとりを探すには無謀な広さだ。
「ノクラミスのダンナの依頼で捜索に何人か人をやってるが、居場所はまだ特定できてねえ。奴の状態からして、そう遠くへは行ってねえはずなんだが」
「2日も彷徨ってたら流石にへばってどこかで倒れてたりとか……」
希望的観測を口にしながら、ミネスに視線で問いかける。
「しないな。呪いの力とは即ち、不死者の動力源に等しい。腐敗した肉や骨だけになった者をも動かすのだ。灼紅炎刃を手にした瞬間から、奴の体はいわば呪いという炎を燃やすための蝋燭の芯のような状況下にある」
それは厄介過ぎではないだろうか。どうやら英雄の高位不死者というのはあながち間違った表現でも無いらしい。
「しかし……聖遺物ってそんなにヤバい呪いがかかってたりするような代物なのか? 初耳なんだが……それとも、火の属性の聖遺物にはそういう性質があるとか?」
当初からの疑問をミネスに訊ねる。一通りの一般常識と魔法知識は教わったが、聖遺物については身近に使用者がいない事もあり、まだ具体的な事は教わっていないのだ。
「属性が主たる問題ではない……そうか、お前にはまだ教えていなかったか」
ミネスはふむ、としばし考える素振りを見せた。
「説明してやる前に……先ずは酒だな。それぐらいの時間はあるだろう。少年よ、ここからでは声が届かん。あそこにいる給仕を呼んで来てくれないか」
「は、はいっ」
思いがけず声をかけられた格好であったが、少年は返答するや即座に席を立ち、ホールにいるウェイトレスを呼びに階下へと降りていった。あの年頃で、おまけに良家の子息ともなれば多少なりともまごつきそうなものだが、なかなかしっかりとしているようだ。
「さて……」
各々が注文した酒や果汁――ミネスだけボトルで頼んでいる――が行き渡ったのを確認すると、ミネスは自身もグラスを傾けながら話し始めた。手元では抜かりなく抗毒や抗呪の類いの複合魔法による刻印が煌いている。
ノクラミス親子の分についても、同様の効果を持つ魔法具――あれは使い捨てだろうか、術式が書かれた羊皮紙が光って燃えて消えた。なんと贅沢な――を用いてピアが世話をしているようだ。
「まず”蒼炎”についてだが……奴は剣士だ。そしてその二つ名の通り炎の魔法を、それも魔術の才無き人の身でありながら、不死者をも灼く蒼い炎、浄化の火を扱う。まず何らかの……恐らくは光か炎の中級精霊と契約を果たしていると見ていいだろう。これが何を意味するか分かるか?」
「うーん……」
ミネスからの問いかけに暫し考え込む。的外れな事を言おうものなら、後日待ち受けているシゴキがよりハードなものになるだろう。当てに行かなければ。
一般的に、精霊と契約すると、精霊を使役して――直裁に言えばリソースとして活用して――単身では修得の困難な高位魔法を操ることができるようになる、と言われている。精神に外付けタンクを増設したような状態、とでも言えるだろうか。
引き代えに、契約者は独力ではこの世界に干渉できない精霊のため、彼らに自らの精神領域への間借りを許す。そのため契約者はしばしば頭の中で精霊の声を聞くことになるらしい。喧しい精霊と契約しようものならノイローゼ必至だ。
(話の流れから察するに……)
「精霊との契約者である……つまり、構造的問題としてそもそも精神に何らかのセキュリティーホール……あー、脆弱性がある……とか?」
思いついた内容をそのまま口にしてみたが、どうだろうか。ではそれはなぜかと問われたら、答えようもないが。そもそも、精霊との契約というものについてはまだよく教わっていないのだ。大目に見て欲しい。
「ふん……」
なんとも素っ気ない反応である。
(外したか……。これはまた魔術書まるまる一冊写本コースだな……)
待ち受けるであろう苦行に思いが巡る。思念伝達では字を読む事はできないので、学習に差し当たってまずは専ら従者であるファウァに読み上げてもらった書物の内容をひたすら書き取っていく作業になる。これが相当にキツい。
健気にもファウァは自分も勉強になるしお役に立てて嬉しいと言ってくれてはいたが、それでも連日結構な時間付き合わせることになる。そういった意味でもかなりしんどい作業だ。
こちらの心配をよそに、あまり美味くなさそうな様子で一息に果実酒を飲み干すと、ミネスは空いたグラスに手酌で再び果実酒を注ぎ始めた。
「まあ、概ね正解だ。そして聖遺物と精霊契約、これらは使い手に多大な力をもたらすが、同様の問題から得てして食い合わせが悪い」
そう言うと、ミネスはつまみとして出されていた木の実を一粒掴み、口に運んだ。
「なるほど……?」
どうやら正解だったようだ。先程の態度はあっさり当ててつまらん、といった類いのリアクションだったらしい。
しかし、つまりどういうことなのだろうか?もう少しちゃんと教えて欲しいところなのだが。
「精霊はとても嫉妬深いんです。契約者の精神に対する他者の干渉を大変嫌うので、契約の程度にもよりますが、精霊と契約した者は基本的に聖遺物を身につけることはできません。聖遺物も少なからず使用者の精神に影響を与えますから。ましてや、同属性の物となると……」
いまいちピンと来ていない様子を察してか、再びピアが助け舟を出してくれた。なるほど、そうなるとやはり、”還元”の精霊と契約している自分も聖遺物を扱う事はできないという事になるのか。精霊との契約というのは必ずしもメリットばかりではないらしい。
「つまり……?」
せっかくなのでもう一声説明をお願いします、とピアに目で懇願する。そういえば、同じ師を持つ自分は彼女にとっていわゆる弟弟子に当たるのではないだろうか。ここはどうか哀れな弟弟子にご助力頂きたい。
「ひとたび精霊が癇癪を起こすと、最悪、一時的に精霊が精神から乖離して、共有していた精霊由来のマナが契約者からまるごと引き剥がされます。そうなってしまうと、反動で精神が大きく乱れ、極度の虚脱、衰弱……非常に無防備で危険な状態になります。ですので、精霊との契約者は聖遺物による干渉や精神系の魔法に対して特に警戒する必要があるんです」
何も物を知らない(恐らくは)年上の弟弟子の問いに、ピアは嫌な顔一つせず答えてくれた。虚脱状態……どれほどのものかは窺い知れないが、戦いの只中でそんな事が起これば致命的ではないだろうか。
「そして、武具の聖遺物はその恒久性と魂への親和性の高さから、使用者が強ければ強いほど、使用者の手から放される頃には数えきれぬほどの怨嗟に塗れ、呪われてしまっているのが常です。剣や槍といった近接武具であれば殊更に。灼紅炎刃も恐らくその状態にあったかと」
「はい、まさしく。灼紅炎刃はかつてエカド皇国が西方のミォル三国連合領に侵攻した折に、戦利品として鹵獲したと云われている逸品なのですが、その刀身に纏った呪いがあまりにも強く、解呪の手立てもないままエカド城の宝物庫に長い間ずっと死蔵されていたのです」
ピアの推測をノクラミス氏が肯定する。落ち着いているように思えたが、よく見ると彼のグラスは早くも空になっている。
「幾百幾千の命を啜った聖遺物の呪いの解呪というのは生半可なものではない。かつては人身御供などを用いて呪いの軽減を図ろうとした事もあったらしいが、結局のところは時の流れに任せ……うむ。こちらだ。……時の流れに任せて呪いが風化するのをただ待つしかない。遺跡や洞窟の最奥でよく聖遺物が封じられているのはそういう事だ」
いつの間に頼んだのか、彼女の前に運ばれてきた大皿いっぱいに盛られたミートローフ状の肉料理に手をつけながらミネスが言った。昼食を抜いている自分にとってはあまりにも目に毒である。
魔法の行使によって血を消費しているのもあるが、元より彼女はその均整のとれた体型に見合わず健啖家であり、昼食にこれぐらい食べたところで夕食はどうせそれ以上に食べるので問題はないのだろう。どこまでも美しい所作で皿の上をどんどんと平らげていくその様を、ピアがニコニコと嬉しそうに見つめている。
「聖遺物に呪いはつきもの……って事か」
……憑くものだけに。
「ああ。こと武具において火の属性というのは単純に殺傷力が高く、広範囲に被害を及ぼすものが多い。火はお前の”還元”を用いずに手っ取り早く魔力を得る数少ない手段でもあるからな。必然、殺めた命の数とそれに伴った魂の怨嗟の数も相応のものとなる」
驚くべきペースであっという間に皿の三分の一程を片付けたあたりで一旦手と口を止め、上品に口元を拭ってミネスが言った。
「そういった経緯もあって、呪われていない状態の火の武具の聖遺物は特に希少で、価値も高いんです」
「なるほどなあ」
ピアのフォローのおかげもあり概ね理解できたが、そうなるとやはり疑問が残る。
「”蒼炎”氏がその灼紅炎刃をうっかり手にした瞬間に運悪く精霊の契約が剥がれて、弱ったところをさらに運悪く強力な呪いによって精神を支配された……ってのはわかったんだが、歴戦の冒険者にしてはいくらなんでもこう、不用意が過ぎるというか……」
状況についてまとめてみるものの、どうにも腑に落ちない。近く引退を迎えようとしていた身とはいえ、屍竜をも討伐してのけるような一流の冒険者がそんな初歩的なミスを犯すものなのだろうか。
「事前に”蒼炎”氏へ積荷の内容については周知していたんですか? というか、そもそもなんでそんなヤバい代物をこの国に持ち込もうとしていたんですか?」
思い浮かんだ疑問をそのままノクラミス氏に投げかける。
「それはもちろん! “蒼炎”どのには、この度護送していただくのが呪われた灼紅炎刃である旨、依頼の手紙にて前もってしっかりとお伝えしておりました。呪われてこそいるものの、稀なる火の武具の王威級聖遺物、だからこそ”蒼炎”どのに護送をお願いしたいのです、と」
ノクラミス氏は少しばかり声を荒げて言った。その言葉に偽りはないように思われる。
「荷が灼紅炎刃だった事については、護送にあたった他の冒険者達にも周知済みのはずだ。まぁ、だからこそ賊に内通する裏切者が出ちまった訳だが。現場への案内役として、その時護送に当たっていた冒険者の1人を待たせてあるから、その辺の話は後でそいつから訊くといい」
そう言ってジィグィは果実酒の入ったグラスを呷った。それを見て、自分がまだ果汁に口をつけていない事に気付き、「わかりました」と相槌を打ちつつ彼女に続いてグラスを傾けた。抗毒や抗呪の魔法はまだ習得していないため自分だけ実質ノーガード状態だが、そうそう毒を盛られたりする事もないだろうし、万が一の場合でもこの場にはミネスがいるのでどうとでもしてくれるだろう。
「美味……」
思わずグラスの中身を眺める。こんな貧民街のうらぶれた酒場でもこんな美味い果汁が飲めるのは、ひとえに社会が相応に成熟しているからであろう。貧富の差こそ激しいが、この国で飢えて死ぬ者はそう多くない。
秋採れの果実の馥郁たる香りを湛えた液体が空きっ腹いっぱいに染み渡ってゆくと、少しぐらいなら何かつまんでいってもいいような気がしてきた。脳裏に浮かぶファウァの笑顔が霞んでゆく……。
「……灼紅炎刃を青きエンジュへと運ぼうとした理由ですが、大陸でも有数の魔法研究機関である”青き深淵”に、呪いの調査解析を依頼させていただくつもりだったのです。呪いが解けるならばそれに越した事はないですが、解呪できず手許に置いておくにしても、呪いの傾向やそれに応じた適切な封印の方法などを教えて頂くつもりでした」
こちらがグラスを置くのを待ってくれていたのか、遅れてノクラミス氏が続けた。
「これは失礼……。となると……やはり純粋に”蒼炎”氏のミス、という事なんですかね……その辺り、ミネスさん的にはどう思う?」
やはりどうにも引っかかるため、ミネスに意見を仰ぐ。因みに、ミネスとは所謂タメ口で話すよう言われてはいるものの、相手は100歳越えの生きる伝説である。やはり畏れ多いので最低限の譲歩ラインとして、こちらから名を呼ぶ際にはさん付けをさせてもらっている。難しい距離感だが、”仲のいい職場の上司”の距離感に近い……のかもしれない。
「先にも言ったが”蒼炎”は剣士だ。幾分か不用意ではあったかもしれんが、精霊の乖離というのはそう珍しいものではなく、かといって必ず起きるものでもない。対人の真剣死合でもない限り、本来それほど警戒するような物ではなく、それなりに回復系統の魔法を修めた治療者が一人いればどうとでもなる類いのもので、催眠や麻痺毒と同様、数ある状態異常のうちのひとつに過ぎんのだ」
「なるほど……」
今度はすごくわかりやすい。対魔物戦闘を前提に複数人でパーティを組み、各々の役割に特化して互いを補い合うのが冒険者の常、という事を鑑みれば、とても腑に落ちる。味方をアテにして無茶をした事を失態と言うならばその通りなのかも知れないが、どちらかといえば対人戦闘――特に暗殺を主として、一対多を前提に1人で何でもできるミネスと、そんな彼女に教えを請うている自分がおかしいほうなのだ。
「今回の護送要員に治療者は……」
「2人いたが、見事に2人とも今回の襲撃の際に賊の側に付いたようだ。出来過ぎてるといえば出来過ぎてるな」
空いたグラスをクルクル回しながらジィグィが答える。それを見て気を利かせてか、エリィオは皆に注文を訊ね回った後、再び階下へと降りていった。
(確かに出来過ぎている……しかしそこまで周到であれば”蒼炎”の強さを計算に入れていないとも思えないが……でもそうなると、最初から灼紅炎刃を奪う気は無かった……? しかし、なら何の為に……?)
「……そのあたりに関してはここで考えても仕方あるまい。後ほどその賊と裏切り者に直接尋ねればいい」
考え込んでいるこちらの様子を察してか、ミネスが窘めた。確かにその通りだ。一瞥して頷きを返す。
「状況は概ねわかりました……ではその、案内人の方について詳しく教えてもらえますか」
「名前はシニュス=モリー。南方出身の男だ。エカドの冒険者ギルドでのランクはB級。槍使い。大通り正面の宿駅で待たせてある。この国では珍しいあんたと同じ黒髪だから、見ればすぐわかるだろう」
ジィグィは既に話すべき事は話した、とばかりに弛緩しきった様子で応じた。
「今から向かうとして、南西の国境までとなると……目一杯飛ばしても着く頃には日が暮れるか……」
ファウァの手料理にありつくのは、夕食どころか下手すれば明日の朝食も無理そうだ。果汁を摂取してにわかに活気付いた胃が大いに不服を訴えかけてくる。
「一旦工房に寄ってもいいか? 野営に備えてちゃんと支度してえし、夕食張り切ってくれてたファウァにも悪いし、さすがに腹も減ったし……」
いつの間にか既に食事を終えていたミネスに、自身の窮状を訴える。
「無論だ。こうなった以上、ファウァを1人工房に泊らせる訳にもいかんからな。代わりの者の手配をせねばならん」
「ああ、それもそうだ」
村長の孫娘であるファウァは日中の間だけ自分たちの工房へ奉公に来ている。その処遇について村長から全幅の信頼をもって委ねられているとはいえ、連絡も無しに守り番をさせたまま一晩工房にほったらかしにするのはさすがにまずい。
「とりあえず……これを空けたら向かうとしますか」
話しているうちに先程エリィオが追加で注文してきてくれた果汁が運ばれてきたため、もったいない精神で一気にグラスを傾ける。やはり美味い……。
「これから向かわれますかな? であれば、私からお願いをもう一つ……」
そう言ってノクラミス氏は立ち上がり、隣に座っていたエリィオにも同様に立ち上がるよう促し、その肩に手を置きながら続けた。
「どうかこのエリィオを、還元者様の下でお使い頂けませんでしょうか」
次話以降1話あたりの字数大幅に減らします……