帰還③
サウラストは語る──。
結論から言えば、どうにか大陸最難関ダンジョンとされる深緑の迷宮に辿り着いた”蒼炎”一行は、複数の死傷者を出すなど多大なる被害を被りながらも、最下層・地下10階に居るとされる不死王の下に辿り着くことはおろか、第6階層で遭遇したエルダー・ダークリッチ相手に手も足も出せないまま撤退、そのまま探索を断念することとなった。
誰もが無謀と考えた彼の挑戦は失意と痛みを伴う失敗に終わったが、しかし、決して無駄ではなかった。
幸運にも、その探索行は多くの人々の耳目を集めていたのだ。
這々の体で帰還した後、俄に広がったその評判によって齎された新たな繋がり――名だたる冒険者や研究者、賢者達との交流を経て、道中で獲得したとある希少な聖遺物を交渉材料に、かつて唯一最下層まで辿り着き深緑の迷宮と不死王の存在を世に知らしめた、西の果ての森なしエルフの遺跡探索隊のうちの1人と接触する事に成功。
いち国家のそれに比肩しうる戦力を有する彼等に一介の冒険者がコンタクトを取る事など、本来不可能に近い事である。
森なしエルフ《フォレストレス》に助力を乞うた結果、”蒼炎”は希少な光の精霊・ウィスプとの契約を得るに至った。
「不死者には、下位の者の魔力を吸収してより強いものとなろうとする性質……習性のようなものがあります。森なしエルフとの接触を経て、”蒼炎”殿はこれに活路を見出しました」
「なるほど、それで屍竜を……」
既に隣で舟を漕いでいるエリィオに肩を貸してやりながら、ピアが納得した様子で頷く。
「”瞬刃”殿はご存じのようですね。”蒼炎”殿が目をつけた、蒼きエンジュにおける最も強大な不死者、沼地の屍竜……かの竜は表向きには彼によって討伐された事になっていますが、実際は異なります」
そもそも、かの竜は蒼きエンジュが興った昔――伝承の時代に、知恵持つ邪竜として周辺域を実質的に支配するまでの力を持っていた。
その邪竜を、同じく伝承の物語の中の登場人物である建国の祖・聖王ミークが、その友であった若きエルフ・ルォルシフ――|一連の紆余曲折を経て一族の長となってからは、今日に至るまで実質的にこの国を治めている――と共に、当時のシェバ国王に請われて討ち滅ぼした結果、褒賞としてその支配域を与えられたのが蒼きエンジュ国の始まりとされている。
尤も、将来的にウェアウルフや蛮族の支配域が広がる北方との緩衝材として扱うつもりだった山奥の小さな属国が、後に本来政治に非干渉であるはずのエルフ達の庇護を受け完全な独立を果たすばかりか、その領内には莫大な富を産むミスリル鉱床が眠っているという事を当時のジェバ国王が知っていれば、決してそのような沙汰にはなり得なかったであろう。
かつてその広大な版図を巨大な竜に喩えられた大国・ジェバ王国凋落の要因は数あれど、この一件さえ無ければもう100年はその身を存えることができたはず、というのが今世の史学者達の見解である。
「かの竜は確かに死にましたが、その強大な魂は今も滅んでいません。知性も未だ失われておらず、聖王ミークと当時密かに交わされた契約によって、蒼きエンジュとは今日に至るまで相互不可侵の関係にあります。この事実を知っているのはごく限られた人間だけでしょう。私も、南方防衛という任が無ければ決して知り得ませんでした」
しかし、採集や他の討伐の為に沼地を訪れ、運悪くそれに出くわした哀れな者、或いは名声を求めてその領地へ自ら足を踏み入れた愚か者……屍竜によって命を落とす者はいつの時代も絶えず、その悪名もまた絶える事はなかった。
その度に、討伐という名目で集められた強者達を使者とした調伏――和平交渉がなされてきたのだ。
「8年ほど前……最後に行われた屍竜討伐に、南方面軍の次期責任者として私も同行しました。荒ぶる屍竜を前に、ウィスプの聖なる炎の力を有していたとはいえ単身で挑みかかったばかりか、同行していた我々が口を挟む暇もないほどの猛攻でほぼ一方的にかの竜を蹂躙した”蒼炎”殿は、理性を取り戻した屍竜との交渉の末、ついに奥方の魂を囚えし呪いを喰らわせ切り離し、聖母樹の下へと送るという宿願を成し遂げたのです!」
これまで淡々と話していたサウラストだったが、話に熱が入り興奮したのか、語気を荒げた。
いち武人として、彼もまた”蒼炎”へ憧れや尊敬の念のようなものを抱いているのだろう。
熱が入り過ぎた事にはたと気付いたのか、サウラストは失敬、と咳払いをして話を続ける。
「問題は、その代償です」
蒼炎が負った代償とは──。




