アスト②
決着
「そら、来るぞ。死ぬなよ」
ミネスの言葉通り、こちらが話し込んでいる間に術式を編み終えた”蒼炎”は、やおら半身になり右腕をこちらへ向け突き出した。限界まで圧縮され迸る魔力は今にも暴発しそうな緊張感を放っている。既にミネスは動けない者たちを両脇に抱え、跳び去らんとしていた。
「魔を断つ聖光ィィィ!」
「イ…ッ!」
(銀の反射鏡!)
“蒼炎”の魔法が放たれる。咄嗟に防御魔法を展開しようとしたが、それを遮るように、アストによって既に紡がれていた反射魔法が目の前に展開された。
魔力によって聖なる光線を放つ――後で聞いた話だが、聞こえは単純だが非常に高威力、使い手と当たりどころによっては即死も免れない程の最高位の光魔法らしい。ターゲッティングの光が緩やかに収束した後、猛烈な光量と熱を湛えたそれは文字通り光の速さで到達し、アストの魔法によって軌道を上方に逸らされ夜空に果てしなく伸びる光柱を打ち立てた。
「ヌウウッッッ……!!」
必滅の光線は思いの外すぐに途切れた。眩しさで失われた視界が完全状態回復-維持-によって戻ると、”蒼炎”が大きく肩で息をしているのが見えた。無理もない。あんなもの、もはや個人で扱うものではなく対軍魔法の領域、その消費魔力は相当なものだろう。照射範囲と時間によっては自分の防御魔法では最悪破られてしまっていたかもしれない。
「悪ぃ……助かった!」
再三となる感謝を述べながら、遅れて押し寄せる倦怠感に耐える。自分の魔力を介しての自分の能力を超えた高位魔法の行使。空間神経によるいわば外付けの魔力タンクを有するこの身だが、魔力リソースの参照元がうまく変換できていないのか、この様子だと容赦なく自前の魔力が消費されていっているようだ。
「うん。でも厄介。彼の肉体、とっくに限界なのに。まだ動けてる」
アストの言葉は正しい。普通の魔法使いが相手であれば、魔力版の空間燃焼――物量戦よろしく”還元”によって一帯の魔力を燃やし尽くして動きを止めるのが常なのだろうが……こちらが手を尽くすまでもなく、”蒼炎”の魔法によって既に周囲の魔力はかなり希薄である。だが、灼紅炎刃に込められた”怨念”――意思持てる魔力とでも言うべきそれを原動力としている”蒼炎”は、呪言に従い恐らくその命が尽きるまで戦い続けるだろう。ご丁寧に、柄を握る手は何らかの力で爛れ、癒着しているようだ。さてどうする――。
「……ハアァァッッッ!」
やはり魔法の撃ち合いでは分が悪いとみた”蒼炎”が先程と同様にまっすぐ距離を詰めてくる。相手の剣戟と同速度で”還元”を行使できない以上、接近戦では丸腰のこちらが圧倒的に不利だ。
「あんた! またさっきと同じように時間止めるやつ、頼めるか!?」
縋るような思いでアストに訊ねる。情けない話だが、”還元”が効かないことが判った今、有効な攻め手が何も思いつかない。
「無理。貯蔵魔力も切れて、当分出せない。でも別の魔法で動きを止めるから、彼の頭、押さえ込んで。まずは”あの子”を引き剥がす。磁鉄拘束」
「何か手があるのか……あぁっ!?」
正面を見据えたままそう告げるアストに問い返すや否や、いかにも高位そうな魔法によって血液をごっそり持っていかれる。背筋に凍るような感覚が走り、失神を覚悟したが、先程よりかは多少マシになっているようだ。ちゃんと意識はある。何らかの改善が成されつつあるのかもしれない。
「シィィィィッッッ!」
構わず真っ直ぐ駆け来たり、彼我の距離、3歩の間合い。身を捻っての横一線の薙ぎ払いを放たんと勢い込んで踏み込んだ”蒼炎”の右脚が地面に触れる直前、突如地面から金属の茨が磁石に引かれる砂鉄めいて伸び、一瞬で絡みついた。
「今! マスター、頭突き!」
アストが呼びかける。右脚が固定され容易には外せなくなったであろう事を瞬時に悟った”蒼炎”は、走り来た勢いを殺ぐべく続く左脚の踏み込みを大きく前方に取り、同時に身を捻り右脚を絡め取る茨を切り裂かんとするも、金属の茨を断ち切るには至らず、茨は容赦なく残る左脚と両腕に巻き付いた。
「うぁぁぁぁっ!!」
向かってきた“蒼炎”を前に咄嗟に追加の空気障壁を展開すべく身構えていたが、アストの呼びかけに歯を食いしばったまま呻くように応え、大きく体勢を崩した”蒼炎”の間合いへ踏み込み、両手を伸ばし、頭を掴む。
(マスターって俺の事だよな……てか何て? 頭突き?)
遅れて疑問を覚えかけたが、しかし体は既に言われるがままに動いていた――
「っだらああぁぁっっ!!」
「…………ッッッ!!」
項垂れた相手の頭頂部へ強かに頭突きを見舞う。身体強化がかかっているとはいえ、それは向こうも同じであり、つまるところ、こちらもすごく痛い。目の前に火花が散った。
「よし、繋がった……!」
頭突きをモロに受け前のめりに倒れ込んだ”蒼炎”に向かって、アストは聞き慣れない発音の呪文をものすごい速さで詠唱し始める。多少マシになっているっぽいとはいえ、再びそれなりの量の血液が失われ、強烈に意識が揺らぐ。もはや立っていられずたまらず崩れ落ち両手を付くと、地面に”蒼炎”を中心としたであろう複雑な術式の魔法陣の光が浮かび上がる様子が目に映った。
「………………………!!」
そしてそのままアストがおそらく呪文の締めと思しきフレーズを唱え終わると、一際強い光と共に”蒼炎”から幽体離脱めいて弱々しく煌めく光球が分離した。
(……”原初”様……?)
光と火の精霊ウィスプ――バスケットボールほどの大きさの光のモヤのような見た目のそれから、消え入りそうな声が念話で伝わってくる。
「起こしといてなんだけど、このままキミの契約者も助けたいから、悪いけどもうしばらく我慢してくれる?」
(はい……申し訳ございません……お願い致します……)
頷いたアストがウィスプに手をかざすと、恐らく”蒼炎”と彼にかけられた呪言、そして灼紅炎刃の情報の奔流がアストを経由してこちらにも流れ込んできた。同時に、灼紅炎刃の纏う炎が抗うように一際強く燃え上がった。
「もう少しだけがんばって。今からボクが灼紅炎刃黙らせるから、彼から取り上げてくれる?」
「……わかった」
こちらを振り向くアストに這いつくばったまま応える。やがてアストが呪いの瘴気に不快そうな顔を浮かべながら再び何かの呪文を唱えると、禍々しく燃え盛っていた炎は嘘のようにかき消えた。
「鋼鉄死線!」
後の治療に備え、近づいてかざした手の空間神経で十分にその組成を確認してから、灼紅炎刃を握りしめた”蒼炎”の手首から先を切り落とす。不気味なほどに切断面から血は僅かしか流れず、まるで人形のようであった。
「よし、と……」
完全に癒着した灼紅炎刃を指から無理矢理引き剥がし、完全状態回復で手首の切断面を再び接合する。事前詠唱なしの他人への施術となると、自分の拙い魔法による間に合わせなこともあり、後で神経系の調整をいくらかやり直す必要はあるだろうが、これで”蒼炎”の外傷についてはほぼ問題ないだろう。念の為すぐに再治療できるよう、現状で完全状態回復・維持をかけておいた。
「上出来。後はボクに任せて」
アストの言葉に応じながら改めて”蒼炎”の顔を覗き込んでみると、やつれきってはいるが、意外にも命に別状はなさそうである。
*
「終わったか」
ひと息ついたタイミングでミネスが何人かと連れ立って歩いて来た。後ろにいるのはピアとエリィオと……見るからに強そうで精悍な若い男が2人。先程赤黒のエルフ達を追っていった者達だ。
「おう、ほぼこちらさん……”還元”の精霊アストさんのおかげだけどな」
傍を見やると、アストはこちらの事を全く意に介さないままウィスプと念話で何かを話し込んでいる。先ほどからずっとこの様子だ。
「エリィオに、ピアも……大丈夫そうだな」
ピアはシニュスたちによって応急の手当は受けていたようだが、それでもかなりのダメージを負っていたはずだ。目立った外傷もないところを見ると、あの後改めてミネスから強めの回復魔法による治療を受けたのだろう。
「はい。すみません、不甲斐ない限りです……」
「いや、大事なさそうで何よりだ。で、そっちのお二人は……」
後ろの男達について、恐らくは関係者であろうミネスに訊ねる。
「ああ。お前達、名乗ってやれ」
促され、背の高い方の男が前に出て敬礼する。
「はい。お初にお目にかかります、還元者様。私は王国南部方面軍サウラスト隊所属、ハールード=シダーと申します。お会いできて光栄です」
「こいつはここいらを治めている貴族、シダー家の4男坊だ。シダー家とは今後も何かと縁があるだろうからな、覚えておけ。実家を出てわざわざ前線の砦にやって来るような酔狂者だが、”無欠”の二つ名の通り、実力は確かだぞ」
歳の頃は自分と同じか少し上ぐらいだろうか。一兵卒にしては随分と育ちが良さそうだな、と握手を交わしながらぼんやり考えていると、それを察してかミネスが色々と補足してくれた。貴族であるならば納得だ。「貴女に教えを請うためだったんですがね……」と言いながらハールードは苦笑している。
「次は私ですね。お初にお目にかかります、還元者様。同じくサウラスト隊所属のゼイン=フォグレーンと申します。自分は戦鎚を用いた魔法による近接戦闘が得意です」
こちらは自分と同じか少し歳下といったところだろうか。ハールードと比べると少し背の低い、快活そうな少年といった風貌だが、見た目の印象に反してこちらも随分と礼儀正しい。
「こいつは孤児院の出で育ちは悪いが、根は素直な奴でな。ハールードの言うことを守ってよくやっている。|最近は”双壊”なんて大層な二つ名で呼ばれるようになったらしいな」
「ちょっ、姐さん、勘弁してくださいよ!」
ミネスの茶々入れに慌てる様子はやはり年相応のそれだ。ハールードも声を上げて笑っている。ミネスも含め、随分と親しい間柄らしい。
「こいつらは私が南の国境の隊に居た頃の部下でな。当時から何かと目をかけてやっていた関係で、今でもこうして私の個人的な呼びかけにも進んで応じてくれるという訳だ」
還元者である自分の監視役になる前は王国軍にいたとは聞いていたが、ちょうど国境の砦がミネスの前の職場であったらしい。「あれは完全に脅しだったよな……」だの「隊長は事後処理で当分缶詰めですね……」だの聞こえてくるあたり、そこでの振る舞いも推して知るべしといったところか。
ひと段落。そして後始末──