“蒼炎”④
襲撃者の手によって復活する”蒼炎”。
『操・身体支配』
赤黒のエルフの詠唱した行動支配魔法――やや古典的ながら、習得難度の非常に高い魔法である――によって、組み伏せられていた”蒼炎”が非生物的な動きで跳ね起きる。
『完全状態回復……”引き千切れ”』
「ヌゥゥォォーーーーッッッ!!」
命じられるまま、”蒼炎”は後ろ手に縛られている鋼鉄死線の拘束を解かんとする。鋼線が肉に食い込み、血飛沫が舞い、しかし鋼線は切れず、やがて骨の軋む酷く耳障りな音と共に片方の腕の手首から先が歪に千切れ落ちた。
「な――――――ッ!?」
あまりの光景に戦慄するこちらを他所に、赤黒のエルフは灼紅炎刃を”蒼炎”に投げ渡す。”蒼炎”は辛うじて繋がっている方の手でそれを受け取ると、大きく息を吸い始めた。
「ォォォォ……!!」
呼応するように、禍々しい勢いでもって”蒼炎”の周囲に魔力が燃え上がる。そして、その間にも完全状態回復によって流失した血と共に、落ちていた手首が這い上がり、繋がらんとし、少しずつ傷が塞がっていく。
(――これは、ヤバいな。逃げねぇと……)
完全状態回復は超高性能ながら、ズバ抜けて燃費の悪い時空系の高位回復魔法である。ミネスですら実戦では扱えない代物だ。扱えるのは、それこそ魔力の上限が実質青天井な自分ぐらいのはずだと、そう思われていた。それをこうもあっさりと操ってのける力量。少なくとも魔法に関しては間違いなく、自分はおろか”銀影”よりも上位の使い手である。恐らく、やり合っても自分に勝ちの目は全く無いだろう。完全状態回復・維持で回復していく自分の手の傷の灼けるような痛みをどこか他人事のように感じながら思考を研ぎ澄ましていく。
(シニュスにエリィオを任せて、どうにかして運良く逃せたとしても、問題はピアを担いだ状態で俺がどこまで動けるかだな……)
どう甘く見積もっても覆らない予測に悲壮な覚悟を固めつつ、打開に向けて次にどう動くべきか決めあぐねていると、何かに気付いたのか、赤黒のエルフが緩やかに側方へ防御体制を取りはじめた。
『――もう追いつかれましたか。煌緑の盾。鋼鉄剣山。……仕方ありませんね。”死ぬまで殺せ”』
赤黒のエルフがひとしきり詠唱し終えると同時に、砲弾の如き物凄い速度で飛び来たった”何か”が一連の防御の上から彼を蹴り飛ばした。遅れて発生した衝撃音と共に、防御壁はブチ破られ、赤黒のエルフは彼方へと吹き飛ばされていく。舞い上がる粉塵の中、その場でゆっくりと立ち上がるのは――。
「スマンな、遅くなった!」
「――――!!」
やはりミネスであった。驚きの連続でもはや声も出ない。その場に取り残された鋼鉄のスパイクは、彼女に蹴られた部分だけが見事に平たく延びてしまっており、今し方目の前で起きた事の異常性をありありと物語っている。
『……退くぞ』
赤黒のエルフが吹き飛んでいくのを認めると、今まさにエリィオとシニュスを拘束せんと迫っていた長髪ともう1人の襲撃者は即座に身を翻し駆け去っていく。
「逃すかァ!」
「…………逃がさん」
それらを追うように、ミネスが飛んできた方向から更に2人、武装を固めた男たちが現れ、前方を駆け抜けてゆく。
「深追いはするなよ!」
背中越しに投げかけられたミネスの言葉にそれぞれハンドサインで応えると、彼らもまた夜の闇に消えていった。
「フン……奴らは私が国境にいた頃の部下でな。いずれも手練れだ。簡単に遅れは取らんだろう。……状況はどうだ?」
「色々と起こりすぎて、正直何が何だかわからねえ……」
ミネスの問いかけに直裁に答える。赤黒のエルフ達について、ミネスが今まで何をしていたのか、目下回復中と思しき目の前の”蒼炎”と灼紅炎刃、俺の隣で浮かんでいる謎の少年、倒れ伏したまま動かないピア、エリィオとシニュス、先遣の冒険者達の安否……確認すべきことが多すぎる。
「”蒼炎”は、まぁ見ての通りだ。しくじった。すまん。しばらくは大丈夫だろうが、じきにまた動き出すだろ。ピアは……魔力もちゃんと感じるし多分大丈夫、だと思う。エリィオとシニュスは――?」
「こちらは大丈夫です」
振り返り2人の状況を確認しようとすると、無事を告げるシニュスの声が聞こえてきた。手を挙げてそれに応じながら、残った疑問を口にする。
「……あのエルフは何なんだ?」
「話せば長くなるが……手短に言えば、奴はエカドの軍の強襲部隊、その中でも最上位に属する者だ。”冥淵”のランヴェイルという」
「ランヴェイル……」
エルフは魔法に非常に長けているものの個体数が少なく、公の場にあまり出てこないという話だったが……軍属となると、明確に敵なのだろう。
「奴は強い。先程くれてやった蹴りも、まあ効いてはおらんだろう。体良く逃げられた格好だな。……で、”それ”は何だ?」
逆に、俺の傍に浮かぶ少年の見た目をした存在についてミネスが問うてくる。尤もな疑問だ。俺も訊きたい。
「わからねえ……なあ、お前、さっき俺を助けてくれたんだよな? ありがとな。いったい何者なんだ?」
ずっと黙ってこちらのやり取りを聞いていた少年に向き直り、率直な疑問を投げかける。彼の助けが無ければ、正直かなり危なかった。
「ハァ……」
少年は問いかけに対して大仰な仕草で無感情に溜息をついたかと思うと、ゆっくりとこちらへ近寄ってきた。
「キミ、弱いのもそうだけど、まだ幼い個体とはいえこれまでの主の中でも飛び抜けて勘が悪い。だいたい想像つくでしょ、普通」
そう言ってフワリと地面に降り立ち、無表情にこちらを見つめてくる。邪気を感じないないせいか、悪態をつかれているようで、しかし不思議と嫌な気分はしない。
「ボクはアスト。世界樹から生まれし”還元”の精霊が一。知ってると思うけど、今はキミの精神に間借りしてる。改めて、よろしくね」
ショタジジイ(のじゃらない)。