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禁術使いの還元者  作者: モリヤスハルキ
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"蒼炎"③

勝敗を分つ一瞬。

 詠唱に呼応して、"還元"の光が前方へ突き出した右腕に淡く集まり始めた。それに構わず、"蒼炎"はそのまま振りかぶった灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)をこちらへ向けて袈裟切りに振り下ろさんとする。刹那の攻防。極度の集中によって時間の流れが鈍化し、音を失った世界のその最中、かつてミネスと交わしたやり取りが脳裏に浮かぶ――。



     *



「――還元がめちゃくちゃに強いのはわかったんだが……逆に弱点とかは無いのか?」


 ミネスに弟子入りして一週間ほど、こちらの世界での生活にも多少慣れ、工房の住環境もある程度整いだした頃。まだスペースの半分ほどが埃を被ったガラクタに占められている研究室――元は物置だったらしい――にて、古びた木製の椅子を軋ませながら、実戦稽古の前に設けられた座学の時間を使って俺はミネスを質問責めにしていた。


「いい質問だな。結論から言えば、弱点はそれなりにある。まず、人間を直接"還元"することはできん。と、言うよりも、ほとんどの生物は生きたままでは"還元"できん。できるのは、(オド)が極めて小さな生き物……羽虫ぐらいが限界だろう」


 何日か一緒に過ごして分かってきた事だが、ミネスはとにかく面倒見が良く、長く生きていることもあってか人を教え育てるのが上手い。これまでも相当数の弟子を鍛えてきたそうだ。


「大きさの問題なのか。じゃあ、ちょっと大きめの虫なんかは……」


「無理だな。実際、腐敗の進んだ動物の死体なんかを"還元"した後には、腐食性のそれらがそれなりに出てくるぞ」


「うぇ~……」


 "還元"の力だけでは虫の群れ(スウォーム)の類いに対抗することはできないことが判明してしまった。しかもどうやら、話を聞くにこの世界にも”例のあの虫”はいるらしい。昔からどうにもあの手の虫は苦手だ。早急に防虫・除虫に使える魔法を習得しなければならない。()ばれたのが寒いところで本当に良かった。


「話を戻すぞ。次の弱点だが、"還元"は魔力(オド)の消耗が普通の魔法に比べそれなりに激しい。今のお前の力量では、上の連中が期待しているような対軍規模での"還元"の行使はまず不可能だろう」


 なんでも、その昔この国が北の山向こうにかつて存在したカッガィという国に攻め入られた際、当時の国付き還元者は敵軍の本陣近くへ単身乗り込んで、それこそ天変地異レベルの"還元"でもってそれらを撃退したらしい。しかし、反動でその還元者はその後かなりの間寝たきりになり、長命種たるエルフの中でも若者と呼ばれる年齢でありながら、復調後もそう長くは生きられなかったそうな。


「そのへんがよくわからねぇんだけど……"還元"で魔力(マナ)が得られるんなら、それをそのまま使えばいいんじゃねぇのか?」


「魔法の機序については初日に散々教えてやっただろうが、馬鹿者。本質は同じでも、魔力(マナ)魔力(オド)はその運用が大きく異なる。魔力(マナ)はあくまでも魔法を発動させるための触媒、いわば燃料として用いるものだ。魔法の発動に際して重要なのは、その概要を"世界"に働きかけるための術式を正確に描くこと。そしてそれを為せるのは、己の魔力(オド)だけだ」


 曰く、「インク瓶の中身を紙にぶちまけたところで、それが文章の体裁を成したりはしまい?」ということらしい。なるほど、魔力(マナ)がインクなら、魔力(オド)はペンといったところか。

 

「"還元"に際して、消費する魔力(マナ)は適宜充当できるだろうが、魔力(オド)の消耗は避けられん。更に言えば、"還元"は厳密には精霊魔法の(たぐい)だ。契約して自身の(オド)に住まわせている"還元"の精霊に働きかけることでその力を間接的に行使する構造上、燃費はかなり悪い部類に入る」

 

「物理無効、魔法も無効でめちゃ強いのかと思ったけど、あんまりそういう訳でもないのな……」


 相手の武器や防具、魔法で生みだした火球や大岩(おおいわ)から自身にかけられた精神魔法に至るまで、大半のものは"還元"できると聞いて、なにそれ無敵じゃねと思いかけていたのだが、現実はそう甘くないらしい。


「まぁ、あまり小回りが利く力ではないな。力量に比して"還元"できる量も速さも変わってくる。それと、勘違いさせたようだが物理も魔法も、必ずしも無効化できる訳ではないぞ。"還元"できないものもいくつかある。聖遺物アーティファクトがその最たるものだな」


 聖遺物アーティファクト……古代文明が残した魔道具で、製法はおろかその構造のほとんどが未だに解明されていない。現在作られている魔道具同様、魔法の発動の触媒となるもの、或いは何らかの魔法効果を付与されたものの2種類に大別されるが、大きく異なるのはその耐久性だ。一般的な魔道具は数回の使用で負荷に耐え切れず破損なり崩壊してしまうが、聖遺物アーティファクトは魔術的な面において不朽といってもいいほどである。武具の場合は物理的に多少の刃こぼれや損壊などもあるだろうが、それでも魔術的に壊れることはまずない。……というのが、確か先日の講義で教わった内容だったか。

 

「実際の質量に対して抱えている情報量が多過ぎる、というのが前任の還元者の見解だ。もっとも、厳密には聖遺物アーティファクトすらも”還元”可能なようだがな。大層な時間がかかるらしい」


 「うーん、実際に聖遺物(アーティファクト)を触ったことが無いからわからんが……その辺の土とかを”還元”する時は、確かになんというか、ちゃんと「今、土を分解してるな〜」っていう感覚はあるな」


 情報……”還元”のプロセスの一環として、所謂”構造理解”みたいな過程が必要という事だろうか。そうなると、確かに破壊や消滅ではなく、あくまで分解を行う力であるという理屈にもうなづける。


「じゃあ、直接攻撃に特化した聖遺物(アーティファクト)持ちの相手とやり合う事にでもなった場合、”還元”は全く役に立たないって事か?」


「いや、そうでもない。要は――」



     *


 

(ヌゥ――――――!)


(ダァッ―――――!)

 

 恐るべき速度で迫りくる灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)。このまま斬りつけられればひとたまりもないだろう。その軌道に合わせ、確信を持って輝き始めた右腕を掲げ、斬撃を受け止めんとする。そして、聖遺物(アーティファクト)と”還元”がまさに触れ合わんとした、その瞬間――。


『まったく……こういう無茶、あんまり関心しない』


 それは極度の集中がもたらした幻覚だったのだろうか。ミネスから事前に教わっていた灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)対策――”還元”の力によってその刀身に帯びた魔力(オド)を片端から”還元”し、それをそのまま相手に向けて放出、跳ね返す――という目論見は見事に外れ、受け止めた刃がその勢いのままに掌の薄皮を裂き、まさに肉と骨を断たんとするタイミングで、”それ”は顕れた。


 少年(エリィオ)より少し幼いぐらいだろうか。”それ”は鈍化した時間の流れを無視するかのような軽やかな動きで、横合いからそっと自身の両手を"還元"に輝く俺の右手に添えた。――刃が俺の掌の肉に沈んでいく。(かお)はよく見えないが、ヒトの子供の姿をした”それ”はしかし、宙に浮いていた。――肉を断った刃が骨に至る。"還元"が一際強い光を放つ。そして――。


(――――――!!)


 夜空を貫くように放たれる魔力(マナ)の奔流。その衝撃により、灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)は"蒼炎"の手から離れ、驚愕に両の眼を開いた彼を残し、鳴り響く快音を伴って夜の空高くへ弾き飛ばされた。

 

「――! 灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)!」


 即座に状況判断したピアが、月と星の光に照らされ夜空に淡く煌めく灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)を回収せんと駆け出す。”蒼炎”から発せられていた燃え盛る魔力(オド)もかき消え、周囲は夜の闇に包まれていた。このまま”蒼炎”(術者)から引き離すことができれば、この呪われた聖遺物(アーティファクト)を無力化することができるだろう。


 “蒼炎”は……抵抗の意思は見られないものの、未だ灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)の影響が残っているのか倒れる事なく真っ直ぐにこちらを()め付けている。


空圧槌(エア・ハンマー)!」

 

 無抵抗の”蒼炎”を魔法で殴りつけ組み伏せる。念の為更に鋼鉄死線(デッドリー・ワイヤー)で拘束しておく。こちらはひとまず大丈夫そうだ。問題はこの、突然顕れた少年(?)だが――。


「――! 来る……!」


「来るって、何が――」


 少年が指差す方向へ首を巡らせる。そこには――。

  

氷槍(アイシクルジャベリン)(ストーム)


「――――――!!」


 大きく跳躍したピアが、緩やかに落下を始めた灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)にあと少しまで迫ったところで、地上から彼女に向け、何者かによって文字通り怒涛のような攻撃魔法が放たれた。空中で身を翻し抜刀、飛び来る氷槍を高速で捌きつつ、慣性のまま灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)に至った彼女は後ろ手でそれを掴み取り、更に勢いを増していく氷の暴威に二刀でもって凄まじい身のこなしで対応する。


(次から次へと……何者(なにもん)だ!?)


 慌てて空間神経(ニューラナイズ)篝火(ボンファイア)を展開し、周囲を警戒する。少年は、襲撃者を険しい目で見つめながら静かに佇んでいる。素性は知れないが、ひとまずは味方と思っていいのだろうか。


 ピアを攻撃している術者は……長髪の、あれは男だろうか。詠唱しているのが氷の基礎攻撃魔法とはいえ、あれだけの量と速度、かなりの手練れだ。そして暗がりで視認できないが、反対側、ピアの死角となる方向からもう一人、今まさに彼女へ向け攻撃魔法を放たんとしている者が知覚された。


「クッソ……!」

 

 “蒼炎”に集中し過ぎていた。索敵が疎かになっていた。第三勢力の介入、予想できた筈だった――色々な後悔をひとまず捨て置きながら、2人目の襲撃者の更なる追撃を阻むべく魔法を放たんとする。


「ダメ、こっちにも……!」


 少年が袖を引っぱってくる。うしろ――?


『姿を顕わしましたか。思いの外上手くいきましたね。とはいえ決して安くはない玩具(オモチャ)、もう少し遊んで貰わないと』


 突如、背後から聞こえた超自然的な声に全身が凍りつく。声を聞いてなお、空間神経(ニューラナイズ)では知覚出来ていない、3人目の襲撃者。瞬間的に相手との力量差を感じ取る。確信的な予感。避け難い、死――。


「――――――!」


 慌てて前方へ跳躍しながら身を翻す。浮遊してそれに追従してくる少年は一旦捨て置き、恐る恐る何らかの攻撃を受けたであろう身体の感覚を検める。しかし。


(何故――?)


 直感に反し、身体には何の異常も無かった。超自然の声の主が悠然と佇んでいるのを視界に収めながら、思考を巡らせる。打ち上げた篝火(ボンファイア)がちょうど逆光となってよく見えないが、壮年の男……あれはエルフだろう。長い耳に短く刈り込んだ髪。黒と赤を基調とした、あまり魔法使い然としていない、随分と動きやすそうな格好をしている。


『心配しなくとも、危害を加えたりはしませんよ。でも……はい』


 そう言って、男は後方を振り返り上空へ首を巡らす。そこへ、一際大きな氷塊に打ち据えられたピアが落ちてきた。


「がぁっ!!」

 

「!! おい、大丈夫か!?」


 落下の衝撃で地響きが鈍く響く。最低限の受け身は取れていたようだが、あれはマズい。慌てて駆け寄ろうにもしかし、目の前の男への恐怖と懸念で足が動かない。


『”彼”にはちゃんと最後まで、役を演じてもらわなければ』


 赤黒のエルフはゆっくりとピアの側に歩み寄り、彼女が取り落とした灼紅炎刃(クリムゾンエッジ)を拾い上げると、何らかの呪文を二、三唱えた。ドクン、と何かが鳴動するのが感ぜられると同時に、先程”蒼炎”が纏っていたものより遥かに禍々しい炎が刀身から吹き上がる。


『――さあ、還元者。今一度その力を示してみせなさい』

第二ラウンド開始

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