表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁術使いの還元者  作者: モリヤスハルキ
1/15

還元者

 主人公、セツナ=キサラギが現代日本から異世界に召喚されてしばらく後、王都内の祭祀場にて。

 「慈悲深き精霊の御手により、汝、大いなる聖母樹の下に還らん……」


 男の言葉に続くように、死者を悼む黒い衣服に身を包んだ人々は額の前で指を組み、祈りを捧げる。厳かな空気で満ちた祭祀場の最奥の祭壇には見事な宝石と彫刻で飾られた棺が配されており、その中には瑞々しい花々と共に、生前の裕福さが窺える豪奢な服飾に身を包んだ老人の遺体が納められている。


 祭壇上で儀式を執り行うその男は――歳の頃は二十歳前後といったところだろうか――一般に司祭と呼ばれるような者のそれに比べ、随分と歳若く見える。


「アスト」


 男が呪文を唱え手を翳す。遺体の表面に鈍い光が走ったかと思うと、やがてその全身は光り輝く粒子となって空中に霧散していった。マナの根源へと通じる秘蹟を目の当たりにし、方々から感嘆の声が漏れる。


「かの者のオドに、安らかな眠りのあらんことを」



     ✳︎



「司祭姿もなかなかサマになってきたじゃないか」


 祭祀場の表で、三度、四度と振り返り振り返りお辞儀をしながら親族に連れられ去っていく老齢の女性を苦笑いで見送っていると、不意によく知った女の声がした。


「勘弁してくれ、そんなガラじゃあない」


 大きくため息をつき、げんなりとした仕草と共に応えると、声の主、ミネス=シーリスは「それもそうだ」、と特に否定もせずに隠形(ステルス)を解いて姿を現した。不可視(インヴィジブル)幻惑(イリュージョン)、いずれも扱いの難しい高位かつ別系統の魔法を同時に扱う高等技術である。


 一般に運動は不得手とされるハーフエルフらしからぬ忍者のような動きで家々の屋根を飛び渡りやってきたであろう長身のその女は、裾の汚れを払う所作一つ取っても洗練された美しさを感じさせた。


「ふぅ……さすがに結界内で身体強化フィジカルエンハンスメント空力制動(エアスラスター)まで使うとなるとそれなりに消耗するな。実戦で扱うにはまだ少しばかり修練が足りんか」


「これ以上鍛えて一体どこを目指してんだ……」


 その髪の色から、人々が畏れと敬意を込めて呼ぶ彼女の二つ名は”銀影”。長命種であるエルフと人の混血であり、齢100歳はとうに超えているであろうこの忍者美女とは現状師弟関係に近い関係にあるが、距離感は未だによく掴めていない。


 笑ったところをついぞ見た事がないが、冷たく当たっているわけではないらしく、顔に出ないだけで、どちらかというと面倒見のいい所謂おかん気質であることは最近なんとなくわかってきた。


 慇懃な態度は好かん、との事なので、畏れ多くもタメ口をきかせてもらっている。正直それはそれで無礼の無いように気を遣わなければいけないため、いささか面倒なのだが。


「それで? 確か正門の外で待ち合わせだったはずだが……何かあったのか?」


 彼女とは日頃から一緒に色々な仕事を請け負っている。一緒に、と言っても、彼女は実質的には監督者兼保護者であり、冒険者としては駆け出しの自分に付き合ってくれている、という表現が正しい。今日も、葬儀の務めの後に夕方から二人で冒険者ギルドに向かう約束をしていた。


「なに、ギルドから今日の依頼について追加の報せが来てな。依頼人の都合で少し待ち合わせの時間が早まるらしいが、お前に報せようにも帰りが遅いのでな。様子見がてら迎えに来てやったという訳だ」


「ああ、すまん。もうそんな時間だったか。式はなんなら巻きで終わったんだが、その後がな……」


 葬儀が終わった後も故人の奥方に話しかけられ、マナへと還るこの日まで故人がいかに信心深く過ごしてきたか、涙ながら切々と語る彼女を無碍にもできず、気が付けば予定の時刻を大きく過ぎてしまっていたようだ。


「随分と人の好い事だ。ともあれ早く支度しろ。刻限までもうあと一時間程だ。遅れて奴にまたヘソを曲げられてはかなわん」


 仕事の合間に、食事がてら一旦自分の工房まで戻る予定だったのだが……どうやら楽しみにしていた昼食は諦める他なさそうだ。



     ✳︎



 関係者が儀式の片付けに忙しなく動き回る中、司教と何かの打ち合わせをしている司祭を見つけ、教会に隣接したこの祭祀場の管理も任されている彼に、事情を話して祭服として纏っていた外套を預ける事にした。これから向かう場所が場所な以上、そのまま着ていく訳にもいかないため仕方がない。司祭は恭しく外套を受け取ると、一礼して司教と共に教会の奥へと引っ込んでいった。


「悪い、待たせた」


 門前で待つミネスのもとへ小走りで向かう。彼女の姿は非常に目を引くのか、通りを行く人々の視線を一身に集めている。


「急ぐぞ。このまま向かえるか?」


「少し寒いが……まぁ仕方ない。大丈夫だ」


 重厚な装飾が施された外套はかなり厚手だったため、その下はかなり薄着だ。北国のそれほどではないらしいとはいえ、山国であるこの国においても秋も終わりに差し掛かるとなるとかなり肌寒い。冬には一面が雪に覆われ、春先までずっと溶けずに残っているほどらしい。寒がりな自分にとってはかなり厳しい土地だ。


「なんだ、ずいぶんと軟弱だな。なら通りの店で適当に見繕っていけ。金は貸してやる」


「本当か? 助かる……そろそろ普段着に毛皮のやつが欲しいと思ってたところだしな、丁度いい」


 それなりに高い地位にあるので幸いカネには困っていないのだが、あいにく今日は財布も何も持ってきていなかった。カネに執着のない彼女になら――勿論すぐに全額返済するのが前提だが――いくら借りようが別段差し障りはないだろう。


「ついでに何か適当に食うものも買っていっていいか? 朝から何も食ってねえ」


「構わんが程々にしておけよ。夕食はファウァがどうにかして出せなかった昼の分の食材を使い切ってみせる、と息巻いていたからな」


「マジか、じゃあもう少し我慢するかね……」


 ファウァ、とは自分の工房に使用人として奉公に来てくれている少女の事である。まだ幼いながらも家事全般を甲斐甲斐しくこなす彼女の作る料理は特に絶品で、自分にとってこの世界における数少ない日々の楽しみとなっている。


「最近特に張り切ってるもんなあ、ファウァ」


 今朝も朝一番に工房を訪れて自分を叩き起こしに来てくれた、快活な少女に想いを馳せる。


「誰かに頼られる、という経験があの年頃の娘には新鮮なのだろう。仕えるのが還元者ともなれば尚更な」


「また何か土産の一つでも買って帰ってやらないとだな」


「ああ、そうしてやれ」


 仕事の斡旋をしてくるギルドの“案内人”との待ち合わせ場所へと、並び立って歩く。目的の場所は祭祀場のあるこの西の外れの街区から正門を挟んで反対、城郭の外側に広がる貧民街の中ほどにあるため、小さな国の都の中とはいえそれなりに歩くことになる。正午から一刻と少し過ぎたほどだろうか、よく晴れた空の青を受け、雪深い山々は普段より鮮やかに映えていた。



     ✳︎



 大陸の中央よりやや北東、霊峰ガルサコ山を北に頂く山間の小国、蒼きエンジュ王国。北東はヴェルギス王国、南西はエカド皇国という二つの大国に挟まれたその国の、国付きの還元者――それが、この世界にとって異世界である現代日本より召喚された今の自分、セツナ=キサラギの肩書きである。本名は浅野雅貴(あさのまさたか)というしがない新人サラリーマンだったのだが……それはまあ今となってはどうでもいい事だ。


 もとより現世にそれほど未練はなく、この世界に身を置くに至った運命にもそれなりに感じ入るものがあった。自分で言うのもなんだが、急に押し付けられた割には使命感を持って還元者としてのお役目をしっかり果たしているつもりだ。


 還元者とはその名の通り”還元”を行使する者を指す呼称であるが、それについて語るためには、まずこの世界の構造について一通り説明する必要がある。


 魔力の根源たるマナとその顕れたるオド。


 一般的にマナとはこの世界に今もいくつか現存する世界樹によって、はるか昔にこの世界にもたらされたエネルギーである、とされている。大気中に普遍的に満ちたそれらを消費する形で、今日(こんにち)においても人々は魔法を行使することができている。


 また、大気中に限らずあらゆる物質にはマナが宿っており、流動的に消費されるマナに対して一種の恒久性を持つそれらは、総じてオドと呼ばれる。


 術者のオド――多くの場合血液を用いる――によって大気中のマナに一定の指向性を持たせ励起させ、様々な現象を引き起こすのが基本的な魔法の発現の機序となる。魔法の使用に際して消費されるという点においては広義では同じ性質のものであるため、マナとオド、いずれも総じて魔力と呼ばれる。


 術者の技量によってその消費効率は大きく増減するが、基本的には血液の多寡がそのまま魔力量の多寡に直結するため、この世界の魔法使いは皆日頃より体を鍛え、また戦の前などには予め血液を抜き瓶に詰めた物を携行するなどして、魔力の確保に苦心している。


 また、物質に宿るオドはその形を微粒子レベルまで失う事でマナに還るが、”還元”は自然界においてごく緩慢に行われるその行為を、極めて直接的かつ瞬時に行うことができる。


 通常、魔法の行使に用いられたマナとオドはその際に消失するものの、成果物として何らかのオドが新たに生み出されるため、この世界の魔力の総量は変わらない、というのが一般的に信じられている学説──魔力保存の法則という──であるが、物質を消滅させ、マナをそのまま取り出せる”還元”は物理的にも魔法的にもこの法則の外にあると言えるだろう。


 一部の研究者の間では”還元”とは”消滅”の魔法の一種であるとする向きもあるらしいが、先述の魔力保存の法則をもとに鑑みれば、”還元”は一般的な魔法とは本質的に異なるものなのではないだろうか、というのが自分の見解だ。


 また、”還元”の真価は物質を消滅させることではなく、それによって生じるマナにこそある。


 大気に存在するマナは有限であり、こと大規模な戦いにおいてはマナを奪い合うこととなる。実質的にその多寡が勝敗を分けるため、万物からマナを生み出せる”還元”はいわば無尽蔵の弾薬庫のようなものであり、世界中のどの国もがその力を喉から手が出るほど欲しがっている。


 この破滅的な力によって、かつて一国が一夜のうちに消し飛ばされた、とするような大仰な言い伝えが今も各地に残されており、大陸に遍在する還元者はいつの時代も例外なく人々の畏怖の対象となっている。


 しかし一方で、世界樹を信仰の対象とし、大陸で広く信仰されている聖母樹教の教えにおいて、「全ての知性ある子ら(-アミカ-)は、死後マナに還る事でその魂の救済を得る」と信じられているため、土葬や火葬ではなく”還元”によって生前の姿を留めたままマナへと還ることは、「穢れなく聖母樹の下へ旅立つことができる」との解釈から、それを行える還元者は、特に信心深い者や裕福な権力者たちにより、強い憧れを伴った崇拝の対象にもなっている。


 今日のような還元を用いた葬儀も、教会への寄進のみならず、生前に王国への特別の貢献――市民においては多くの場合、王家や諸侯への納税の多寡に依る――が認められた、ごく限られた者にだけ執り行われている。信心なき下賤の者には相応しくないなどといった、極めて権威主義・拝金主義的な主張がその主だった理由である。”送り”手としては、別に相手が誰だろうが請われればいくらでも”送り”出すのだが、そういう決まりらしいので仕方ない。


「そういえば今日”送った”御仁、なんでも石工のギルド長を20年近くも勤め上げたお人だったらしいんだが、石工のギルド長ってそんなに儲けられるもんなのか?」


 随分と豪華な副葬品に囲まれていたためどこぞの貴族かと思っていたので、式典の台本をみて驚いたことを思い返す。


「詳しくは知らんが、石工という事であれば、おそらく先の王宮改修の功績を称えての事だろう。王がバルコニーの彫刻をいたく気に入っていたようだったからな」


「ああ、そう言えば奥さんがそんな事言ってたような気がするな……あんまり頭に入ってこなかったけど」


 先程見送った故人の奥方の事を思い出す。話が長過ぎて途中から聞き流し気味だったが、なんでも、魔法の使えない身でありながらそのノミ捌きだけで石工ギルドの長にまで成り上がった自慢の主人だとか、王様へ謁見を許されて叙勲された時には感動のあまり夫婦して朝まで泣き通したとかなんとか。多くの石造建築物がその大半の工程を魔法によって建てられている事を鑑みると、確かに、余程のウデの持ち主だったのだろう。


「付き合いのいい事だ。しかし、再三になるがお前は人が好すぎる。実力が伴わないうちからそんな様子では、いずれ身を滅ぼすぞ」


「まあ、それについては現在進行形だな……」


 自分がこの世界に召喚され”還元”を継いでからこの三ヶ月の間に、すっかりこの小さな国の護国の要、そして民衆の精神的支柱として、この国の意思決定機関である元老院にいいように使われるようになってしまった。今日の葬儀もそのひとつだ。一応、教会内では大司教と同格の扱いになっているらしいが。


 もちろん、その都度仕事に見合う十分な対価は頂戴しているし、奴隷売買の禁止や諸侯による独自の徴税の制限など、中世じみた文明レベルのこの世界にあって比較的現代に近い価値観をもった善政を敷いているこの国に対してそれなりに好感を持ってもいる。しかし――


「いくらなんでもこき使い過ぎだ。このあいだのイエローアントなんか、あれ普通に個人の手に負えるレベル超えてただろ」


 イエローアントはどこにでもいる低級の魔物だが、ひとたびコロニー内に次代の女王蟻候補が産まれると爆発的にその数を増やし、近隣一帯がちょっとした地獄と化す事で知られている。犬猫程の大きさだが動きは遅く、樹液を主食とする比較的臆病な性格のため個体ごとの強さはそれほどでもない。


 よほどの大群に押し潰されない限り駆け出し冒険者でも問題なく倒せるため、イエローアントの討伐は各地でちょっとしたお祭りめいたものとなっており、ギルドによってはその討伐数を競うコンテストなども開催されているらしい。


 そんな本来地域ぐるみで取り掛かるべき一大イベントを、ミネスと2人、現地の人々や、数少ないこの国を拠点としている冒険者たちの協力も借りながら(なんと討伐数による個別報酬が出ないため誰も依頼を受けたがらず、やむなく自費で別途依頼を出して人を募った)、丸五日ほどかけてこなした。コンテストがあれば優勝間違い無しの活躍ぶりだが、残念ながら、この国にはそんな自分たちを讃えてくれるまっとうな冒険者ギルドは存在していなかった。


「今はどこも圧倒的に人手が足らんからな。国境の守りはもとより、北ではガルサコ山を越えて南下してきた人狼(ウェアウルフ)どもの群れとの小競り合い、南は新たに発掘された光輝時代の遺跡から湧き出す亡者どもの掃討……こんな時期だというのに、諸侯どもは現状誰もが自分たちの領地の守りに必死だ」


 この小さな国で兵力を維持するのは難しく、兵士として徴用されている者の半数以上は平時は農民として働く半農兵である。収穫期ともなれば彼らのほとんどは兵役どころではないはずだが……思っていたより逼迫した状況なのかもしれない。


「それに、元老院の貴族どものことだ、せっかく懐柔した還元者も、その疑い深さから扱いかねているのだろう」


「それは……なんとなくわかる気がするな。極力面倒事は押し付けたいけれども、あまり重要な事案を任せても裏切られた時困るし、あまり手柄をくれてやって増長させるわけにもいかない、と」


 それなりに給金は貰っているが、土地や兵士といった、いわゆる権力の類いはまるで持たされていない状況から見ても明らかだろう。あからさまに国政のクリティカルな部分からは遠ざけられている。あまり信頼されていないのだろう。


「よく解っているな、そういうことだ。差し当たっては、名誉なき”極力面倒なお使い”が、お前とその監視役である私の当面の職域だ」


「道理で。切った張ったのやり取りもあんまり無いし、偉いさんの下にはあんたみたいな達人がもっといるはずだろうに全然出くわさないしで、色々おかしいとは思ってたんだよな。だいたいの依頼はわざわざ冒険者ギルド通してるし」


 王国元老院からの直接の依頼も、一般に広く募ったものを受理したという体裁を取ることが多い。依頼料をピンハネされているようで、あまり気分のいいものではない。


「それに関しては、お前を死なせないようにという配慮と、ギルドの活性化を図っての小賢しい身内贔屓と、あとはお前を祀り上げる一種のプロパガンダの意味合いが強いだろう。無論、王宮内部の人間ではなく、あくまで市井のいち協力者としてのな」


「色々と考えてご苦労さんなこって。まあ危ないことはしないに越したことは無いし、別に現状の扱いで構わないけどな」


 還元者である自分がこの国で極めて重要な立場にあるのは間違いないが、しかしだからといってあらゆる争いを自分が出張って解決してしまっても、このガチガチの封建社会で”強さ”によってメシを食っている連中の面目丸つぶれという訳だ。しかし最終的には戦争での切り札として扱う気も満々らしいのでタチが悪い。


 彼らにここまでの増長を許してきた先代の”還元者”は、相当にこの国に対して忠義深く義理堅い人物だったのだろう。


「じきにまた戦争が始まる。全ては今のうちだな」


「やめてくれ、縁起でもねぇ……」


 そんな話をしているうちに石畳みの道を行き交う人は徐々に増え、やがて中央の大通りへと出た。


 王宮へと真っ直ぐに伸びたこの通りを南下し、王都を囲む城郭に南北二つだけ備わった城門のうちの一つである正門――朱竜門を抜けると、貧民街はすぐそこである。


「結局のところ、この国に強い奴ってどれぐらいいるんだ?戦争になるとして、あんたクラスの使い手が他に何人もいるならかなり頼もしいんだが」


  服飾品屋を探しながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「ふむ。自分で言うのもなんだが、私は別格だ。魔法だけなら私以上の者が5人程、戦士としてだけなら私以上の者が……まぁ10人程といったところか。いずれも大半はかつて私が手ずから鍛えた者だ。奥院の森のエルフどもは皆私より遥かに魔法に長けてはいるだろうが……余程のことがない限り戦場に出る気は無いだろうしな。頭数には入らん」


「兵士の総数が確か2000人ぐらいだったか? 他国にも強い奴はいるだろうし、二面戦争になったら国境線は到底維持できないレベルだな……」


「本当に、俺が敵に回らないにしても、責任放棄して無干渉を決め込んでたらどうするつもりだったんだろうな」


「その時は南西のエカドか北東のウェルギスか、いずれかに降る他無かっただろう。実際、レーゼスが敗れたとの報せを聞いた時は誰もがその覚悟をした」


「レーゼスか……」


 この世界に喚ばれると同時に状況が全く飲み込めないまま受け継いだこの力は、どの国も決して敵には回したくないもののようで、今でも時折近隣の国から王宮筆頭魔術師待遇での引き抜きの誘いが来たりしているほどだ。(ノコノコと出向いたところで、すぐに拘束されて研究素材として凄絶な扱いを受けるだけだろうが)


 この国を100年近く護った守護神にして、先代の”還元”の使い手であるレーゼス=ディエンジュ、通称”百雷のレーゼス”は、何を思ったかその絶大なる力を文字通り縁もゆかりもない自分に押し付け、そのまま戦場で姿を消した。


「奴はエルフにしては珍しくいい男だった……その不器用さも含めてな」


「だからって、どこの馬の骨ともわからん俺にこんな大層なもんを譲り渡すか、普通」


 ミネスは何やら物憂げな様子で回想しているが、せっかくの護国の力を投げっぱなすのはさすがに不器用が過ぎないだろうか。


「……この国には、”還元”を十全に扱えるほどのオドを持った者が長らく生まれていなかった。レーゼスは……恐らく近く訪れる己の死を悟っていたのだろうな。奴によって、本来ならば適合者が現れるまでの間、”還元”をこの地に繋ぎ止めるための仮の器として、お前は喚ばれたのだ。その首に下げた宝石は、本来は精神(パーフェクト)支配(マリオネット)の触媒として用意されていたものだ」


 少し思案してから、ミネスはなにやらとんでもない事をさらりと言った。


「めちゃくちゃな話だな……えっ、っていうかなんだそれ、初耳なんだが。えっ、てっきりお約束の救世の勇者的な扱いで喚ばれたもんだとばかり……うぇ〜、大丈夫かこれ……」


 首に下げたネックレスを持ち上げ光に翳す。召喚されてすぐにレーゼスの従者という男から渡されたこのネックレスは、この世界の言葉を話せない俺のため、思念伝達(テレパシー)の魔法が込められている、という話だったのだが……試しに外してみると、やはりミネスの言葉は全く聞き取れなくなった。


「恐るべきは超高位の精神魔法である思念伝達(テレパシー)を、単独で行使するばかりか即席でそれに付与(エンチャント)してのけたレーゼスの技量だな。ご丁寧に、単独で相互に意思疎通できるよう、空いたリソース全てを使った知恵写し(ウィズダムコピー)で相当量の知識情報がねじ込まれている。ここまでの芸当、並みの使い手なら何年かかっても無理だろう」


「なんで精神(パーフェクト)支配(マリオネット)を俺に使わなかったんだ?」


「使ったが、お前には効かなかったそうだ。何ヶ月もかけて組んだ術式が展開した側から”還元”によって無効化されてしまったと、ティグレイ……レーゼスの従者をしていた私の元同僚の男が言っていた。各種の拘束(バインド)も、奴のとっておきだった空気燃焼(バーンアウト)も全て弾かれたとな。まるでこちらの害意が全て見透かされているかのようだったと。偶然か必然かはわからんが、”還元”がお前を守った訳だ」


「なんかめちゃくちゃ慌てて色々唱えてんなとは思ってたが、そういう事だったのか……今更ながら、俺に話して良かったのか、この話」


 一歩間違えば”還元”の精霊を長期保存するための容れ物として、人権自由その他諸々を奪われていた訳である。はっきり言ってかなり衝撃的な内容だ。


「ともあれ今はこうやって共に蒼きエンジュ王国(この国)に仕えているのだ、別に構わんだろう。お前を丸め込んだ元老院の貴族どものやり口も気に入らんしな。気が変わってこの国を見放すというのならそれもいいだろう、私は止めんさ。もっとも、他国についてこの国に仇なすというのなら話は別だが」


「別にそんな事しねえけどさ……ってか、まがりなりにも教育と監視を任されてる奴の台詞じゃねえだろ……」


 確かに、召喚された以上は、自分を召喚した召喚主に対して何らかの形で服従を強いられそうなものだが、少なくとも今に至るまでそのような強制力が働いた様子はない。ミネスの話では、どうやら本来召喚の対象としていたのは精神支配の容易な幼い子供だったようだ。


 それが何の手違いか、国家の命運をかけて喚び出したのが泥酔した成人男性で、しかも運悪く還元に適合してしまい、用意した精神支配魔法も拘束魔法も全て跳ね除けてしまったのだから、召喚主はさぞ焦ったことだろう。もっとも、その召喚主は早々に俺に見切りをつけたのか、挨拶もそこそこに何やら部下に指示を出してその場から立ち去ってしまったので、その胸中を伺い知る事はできなかったのだが。


 しかし、かくしてこの世界に放り出されたこの行き場の無い哀れな被召喚者に敵意が無いと見るや、すぐにコントロールの手段を交渉・籠絡に切り替えたのは王国側もさすがといったところか。


 召喚場所であるウェルギスとの国境付近の森から王都まで連れてこられた自分はなんとそのまま玉座の間まで通され、この世界と自身が置かれている状況について簡単に説明を受けた上で、青きエンジュ国王ペルトエルトより直々に、還元者としてこの国に仕えるよう依願されたのだった。


 少なからず場の空気に流されてしまった部分があるのは否定できないが、他に頼れるものもいない以上こちらとしても渡りに船だったため、対価として当面の衣食住(一定水準以上の)、そして魔法を含むこの世界の知識、戦闘技術の提供を要求し、正式に国付きの還元者という役職を引き受けることにした。


 結果、王都にほど近い村のはずれに使用人付き住居兼工房を、そして教育役兼監視役として、この無愛想な美女があてがわれることになったのである。まさか国内でも並ぶ者がいない程の最強クラスの達人だとは思わなかったが。


「まあ別段他にアテもないしな。元の世界に未練も……そんなねえし。よっぽどの事がない限りここで適当にやってくさ。それに、聞いた話じゃ別の還元者が霊脈?を押さえてる土地じゃ俺は還元を使えないんだろ?」


「つくづくお人好しな事だ。いや、単に流されやすいだけか? 確かに、お前が還元を使えるのはこの青きエンジュ全域とウェルギスの西半分ほどに、エカドの北東域、アラガン川よりこちら側の領域までだけだ」


 それでもかなりのものである。この国がゆうに5、6個は入る広さだ。


「十分な広さだけどな。そんだけの影響力があれば、歴代の還元者に俺が支配者となる、とか言って国を乗っ取ろうとする奴、絶対いただろ」


「そんなくだらん支配欲を持っているのは人間や亜人どもぐらいだ。“還元”は精霊を扱うその性質上、本来オドの澄んだエルフにしか扱えんからな。ましてや”還元”は最高位の精霊だ。そのような話は聞いたことがない。もっとも、その力を以って革命を成した者や、力を制御できず国と諸共に果てた者は少なくないとは聞くがな」


 なるほど、そういった経緯もあって、お偉いさん連中は”還元”を卑しき人間が保有しているこの現状を警戒しているようだ。無理からぬ話ではある。


「精霊か、俺にも憑いているらしいが……見た事はないんだよな。もしかして異世界人にはオドが無いから見えないとか、そういうのなのか?」


 永い時を生きるエルフの精神は植物の域に達しているとまで言われている。自分が彼ら並みに澄んだ精神(オド)を有しているとは到底思えない。


「お前のオドは実質的にレーゼスのもので上書きされている状態だ。現に”還元”を扱えている以上、その線は無いだろう。レーゼスも”還元”の精霊についてはその名が『アスト』である事以外は周囲に何も語っていなかったようだからな。奥院の森のエルフどもをあたれば精霊にまつわる伝承の一つや二つは出てきそうだが……まあ望み薄だな」


「そうアスト……おっ、あれは旅具屋か、少し見ていっていいか」


 大路を話しながら歩いていると前方に旅具屋を見つけた。あそこなら防寒具の類いもすぐ見つかるだろう。


「ああ、急げよ」


 投げて寄越された財布を受け取る。店に入ってすぐに丁度いい頃合いの毛皮のマントを見つけ、時間もないため即決で購入する事にした。


 若干持ち合わせが足りなかったものの、還元者であることが奏功して幸いにもツケがきいた。借用書の発行を頼んだところ、ボロボロの布切れに額面と品名を書いたものを渡されて少々面食らったが、そうだよなあ羊皮紙って高いもんなあと独りで勝手に納得しつつ署名し商品を受け取り、店先で早速羽織ってみる。


「おー、あったけえ……悪い、金は帰ったらすぐ返す。この店にも忘れないうちに残りの代金を払いに来ないとな……10万ミークちょい……イエローアント1000匹ぐらいか……」


 我が事ながらイエローアント討伐で負った心の傷は存外に深いようで、しばらくはあらゆる金額のイエローアント換算が続きそうだ。(イエローアントの討伐報酬は本来であれば一匹あたり100ミークである。 1ミークはほぼ日本円の1円と同価)



     ✳︎



「しかしあんたと一緒にいると目立って仕方ないな」


 通りを並び立って歩いている間、常にすれ違う者の視線の多くは自分たちに注がれており、中には還元者である自分や英雄たる”銀影”に気付き足を止め拝む者、歓声をあげる者、あるいは美しいハーフエルフの女を前に、下卑た下心を隠そうともせずに声をかけてくる恐れと物を知らぬ者など、様々であった。追い縋る物乞いの子供らに至っては列を成している。


「なに、私ではなくひとえに司祭サマの人徳によるものだろう」


「すまん、それは本当に勘弁してくれ……」


 最後の子供に小銭をやり終え(他人の財布で)、改めて隣を歩く美女に目をやる。ハーフエルフ特有の煌めく銀の髪と、神々の手による造形かと思うほど整った容貌、そして神秘的な薄いオリーブ色の瞳。当人の無愛想さも相まって、北限の氷雪を纏う大地を思わせるその目はしかし、見る者を惹きつける言い知れぬ魅力を湛えている。180センチはあるだろうか、その長身も相まって、豊満な肢体はもはや色欲が(もたら)すそれを超えて芸術的な機能美すら感じさせるほどだ。


 これで既に百数十年を生きており、さらにあと百年は変わらずこの姿のまま生きるというのだから、もはや何かの冗談としか思えない。しかも国内最強の戦士ときている。異世界転移者である自分の存在よりはるかにチート、圧倒的に主人公である。長命種……あまりにも卑劣……。


「どうした。私の美しさに見惚れたか」


 いつも通りの無表情のはずだが、心なしかドヤ顔をされている気がする。


「……やっぱズリぃわあんた」


 正直その要素も否定しきれないのが腹立たしい。


「人を惑わすことにおいてなら、お前の禁術より狡いものなどないだろう」


「そういうことじゃあないんだよなぁ」


 そうこうしているうちに、正門へと出た。依頼の斡旋を受け持つ”案内人”との待ち合わせ場所である貧民街は、街道へと真っ直ぐに続く通りを東に逸れてすぐである。


「今朝お前が出てすぐに入れ違いでギルドの早馬が来てな。今回の依頼はノクラミス家からのもののようだ。なんでも当主が出向いて直々に話がしたいと。その都合で時間が早まったらしい」


「ノクラミス……たしかあの、大通りに構えた馬鹿デカい商会の名前がノクラミスだったか。厄介そうだな」


 ちょうど先程その前を通り過ぎた、周辺の店より縦にも横にも倍は大きい建物に思いを巡らせる。


「今回の依頼は失せ物探しだそうだ。場所も大方の目星はついているとのことで、それほど面倒ごとにはならんだろう」


「失せ物探しねぇ……」


 わざわざ王国元老院を通じての非公式の依頼である。単なる探し物で済むはずがない。この前は要人警護の依頼のはずが、蓋を開けてみたら貴族の子息の小冒険に付き合わされることになっており、露払いとして西の森全域を練り歩いて、危険度の高いテイルリザードとグレータートードを一掃する羽目になった。生態系への影響が懸念されるほどだったが……もしや、イエローアントの大量発生の原因は……? いや……深くは考えまい……。


「そういえば工房は?」


「念のため八角(オクタゴン)結界(フィールド)を敷いて、ファウァにも外に出ぬよう言い含めておいたが……不安なようならこの後一度戻るか? 相応に走る必要があるが」


「いや、充分だ。とっとと終わらせてさっさと帰ろう」

次回、ショタが登場。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ