食堂にて−2
「桜くん」
…
「桜くん」
…
「さ、く、ら、くん」
…
「…チェリーくん」
「んにゃ?」
男の声で何度も呼ばれ、ようやくチェリーは振り返る
咲は最近気づいたのだが、チェリーは苗字を呼ばれても、何故か先生以外にはあまり反応しない
友達や、クラスの生徒は全員チェリーと呼ぶし、千英梨と呼ぶ者もいない
もういっそ、チェリーが本名でいいんじゃないかと思い始めたところだ
咲も後ろを振り返ると、見覚えのない生徒が2人
前に立つ男は、銀縁インテリ眼鏡で、高校生にして驚異の七三分け
ひょろっとした細身の長身で、どこのムード歌謡の世界からやって来たのかと思うほどの印象を受ける
その後ろに隠れる様にしているのは女
こちらは、そばかすなんて気にしない感じの顔立ちで、生まれつきなのか、やや赤毛の髪をおさげに括っていた
「あっ、羽衣生君と多奈ちゃん
おはよー」
「もうお昼です
どうしていつもいつも君は、すぐに返事をしてくれないのですか」
「やめなよー、羽衣生君
ごめんねー、チェリーちゃん
もう行こうよー」
ずれた眼鏡を直しながら話す神経質そうな見た目の男は、喋り方も真面目そのもので、咲の耳には少し不快に聞こえる
女の子の方は、今にも消え入りそうな小声で、頭を下げながら、男の裾を引っ張っていた
「誰?」
カナタに聞いても答えないのは知っているので、咲は他のメンバーに簡単な疑問を振った
「奴は、愛に生き、愛を失い、それでも愛を求め続ける将星の男」
「聖帝か!」
「そう、またの名を、愛 飢男」
女性陣がぽかーんとする意味不明な紋児の答えに食い付ける咲に、こいつ脳は男だな、とカナタは思う
5人兄妹の末娘
格闘馬鹿の兄達に囲まれた環境にいた咲は、少女が送るべき幼少期は過ごしていない
『勇気、友情、努力、そして勝利』という、男よりの漫画やアニメばかり見て育ってしまっていた
「おそらくですが字が違いますよ、小神錡君
君もいい加減に人の名前で遊ぶような、子供じみた行為は止めた方がいいですよ
初めましてですね、大豪院 咲さん
私は、藍 羽衣生
藍染の藍に、羽衣に、生きるで、羽衣生と申します」
首をすくめる紋児と、こいつホンマに高校生か?と思う咲
そして、その名前になんとなく覚えがあった
「特進の1位と2位だよ
女の子は阿笠 多奈ちゃん」
カラッとした口調な春菊の説明に、“あー”と、さっき見た順位発表を思い出す
「いい子だけど、ちょっとおとなしすぎるの
でも、制服良く似合ってるわね」
落ち着いた大人の雰囲気を持つ白滝にかかれば、同級生であっても子供扱い
「そんな、皆さんに比べたら私なんて…
でも私、お、お洋服とかあんまり持ってないから、制服が出来て助かってる
チェリーちゃんのおかげだよ」
「それは良かったよー、多奈ちゃーん」
「多奈っち、可愛いにゃー」
セーラー服を作るに当たって、学年の女子ほぼ全員がチェリー(の母親)に世話になっており、皆感謝している
同じ中学出身だった姫猫や、容姿的には憧れに近い感情を持っている春菊、白滝に褒められ、顔を赤くし、モジモジと恥ずかしがっている多奈に、咲は不快感を覚えない
むしろ好感触な方だ
「おほん
私の話をして良いでしょうか?
私は桜くんに話があるのです」
女が寄れば、かしましい所を、不快な方の声が空気を壊した