転校生−2
“霧崎弱男”
下校中の学生を狙って、小型ナイフらしき物で制服を切りつけるという犯行を、この2年の間に関東圏だけでも50件以上、全国的には200件を超えて繰り返しているが、未だに犯人の特定すらされていない未解決事件の容疑者
ニット帽にサングラス、大きめのマスクをして顔を隠し、身長が160センチに満たない小柄な体格から、当初は犯人が男か女かもはっきりしていなかった
最初の犯行から3ヶ月、被害者の数が二桁を超えたあたりからマスコミも騒ぎ出し、『現代の切り裂きジャック現る』と大きく報道されるようになり、一部のカルト的な信者まで現れた
警察も本腰を入れて捜査に当たってはいるが、犯行が全国に及び、尚且つ模倣犯的な事件も多く発生していることから、捜査は難航しているといえる
被害が制服のみ、身体的に傷を負わされた被害者がいないとはいえ、恐怖が先行していた世間一般の評価が変わったのは、1年ほど前、大阪市内で女子高生が襲われた事件からである
その女生徒の下校途中、背後から突然現れた切り裂きジャックにセーラー服の背中部分を切られた女生徒は、一瞬にして反撃
犯人の肩口に、スカートを翻しての回し蹴りを喰らわし、迎撃に成功
既に制服が切られていた事と、犯人が泣きながら逃げて行った事に呆気にとられ、追撃は叶わなかったが、その時の泣き声から、おそらく男性である事が判明
そして、犯人を迎撃した女生徒、大豪院 咲さん(当時16歳)のインタビューが話題を呼んだ
「バーン蹴ったってん
ほんならビューン吹っ飛んで電柱にガーン当たってやな、女みたいにうわーん泣き出しよったんや
いや、男やったんやけど
ほんま、何が『切り裂きジャック』や
カッコよく言うからあかんねん
弱男や
あんなもん霧崎弱男
あかん、またムカついてきた
乳放り出してでも捕まえたれば良かった
今度会うたら、ボコボコにしばいて、絶対制服代弁償させたんねん」
恐怖の対象でしかなかった絶対に捕まらない『切り裂きジャック』から、活発な女子に虐められた『霧崎弱男』に変わった瞬間であった
その女の子
実は、古武道大豪院流合気道術という、知られざる武道の家に生まれ
長男の巌(26)は総合格闘家
次男の烈(24)は警視庁対テロ特殊部隊
三男の闘(22)はプロレスラー
四男の迅(20)は現在二浪中という環境で育ち、末っ子で長女の彼女自身も、その年のテコンドー53キロ級で全日本選手権優勝、現在オリンピック強化選手という経歴を持っている
今の日本に、その家族も含め、彼女に真正面から立ち向かえる男性が一体何人いるだろうか
「みんなテコンドーやり
悪い奴なんかバーンやで」
類い稀なその容姿と爽快な口調から、男女問わず一時大豪院ブームが起こり、テコンドーの大会会場は満員、格闘技の道場やジムは空き待ち、体育の授業の一環として護身術を教える学校も増え、自衛と護身という側面で日本の治安は更に良くなった
が、切り裂きジャック改め、霧崎弱男の犯行は止まらなかった