転校生--1
「やばーーーーーーーい」
寒い朝
静かな住宅街にある一軒家を震撼させる音量と共に、一人の女の子が階段から転げ落ちながらも、リビングの扉を開けた
「ママはちゃんと起こしましたからね」
黒髪のツインテールに白いヘッドドレス、黒いお仕着せに白のゴシックエプロンという突き抜けた格好が、驚く程に似合っている年齢不詳の母親は、毎朝の事に慣れている様子でカモミールティーを口に運ぶ
「基本的人権と学習能力って、生まれながらにして備わってるんだと思ってたけど、お姉はどっかに置いてきちゃったんだよね」
有名私立中学校のブレザーを着ていなければ、間違いなく小学生と勘違いされる幼い顔立ちにそぐわない、何処か知性を感じさせる瞳をした弟が、ゆっくりとコーヒーを飲む
「基本的人権なんて難しい言葉、よく知ってるな、モモは
パパもまだよく分かっていないのに」
いくつもの外資系企業の顧問弁護士をしているとは思えない発言をした父は、甘い紅茶派だ
「それもどうかと思うよ、パパ」
「パパはそこがステキなのよ、モモ」
「世界中でママだけがわかってくれれば、パパは幸せさ」
「鯛蔵さん」「詩舞さん」
「「んーーーむぁっ」」
「はいはい、ごちそうさま」
絵には書けない気持ちの悪さだが、裕福で幸せな家庭の毎朝の光景である
「早く顔洗って食べちゃいなさい、チェリー
学校遅れるわよ」
ひとしきりイチャついた後で、少し冷めたクロワッサンを温め直すためにレンジへ向かう母
「違うの
いや、違わない
アタシ、今日学校休み」
擦りむいた膝を摩りながらもテーブルにたどり着き、綺麗に切り分けられたリンゴを口に運ぶ娘
「なんで?ズルい」
と、弟
「カナから連絡きた
たぶん家にも連絡網くるよ」
娘が言うと同時に、着信音と共にFAXから1枚の紙が排出される
「ほら」
何故か勝ち誇った顔をした娘は、ほんのり湯気の立つクロワッサンと、猫の取っ手のついたマグカップを取りにキッチンへ
「あらあらあらあら」
届きたてホヤホヤのFAXを読みながら椅子に座った母が、片眉をしかめながら呟いた
「どうしたの?ママ
可愛い顔が、もっと可愛らしくなって」
イタリア人かとツッコミたくなる程、世辞に長けた父を無視して、娘が言う
「出たんだって、ついに隣の学校に!
あの『霧 崎 弱 男』が」