霧崎弱男−3
「チェリーちゃんは、将来の夢とかあんの?」
大学へ向かう電車の中
つり革につかまれるカナタと咲を、恨めしそうな目で見つめているチビチェリーに向かって、そんな質問をした
現代の日本の社会情勢からいって、高校2年の冬の時期に、具体的な将来の目標が決まっている者は、限りなく少数派であろう
夢を持てなくなってしまった日本
カナタのように模索している者はまだいいが、将来に希望を持っていない若者も多い
質問した咲自身としては
とりあえず3年後のオリンピックやろ、ほんで、世界一
その後言われても、まだわからん
と、どこまでを将来の目標といえばいいのか、はっきりしている訳でもない
どこの大学に進むのか、どこの企業に就職するのか、それ自体が目標となってしまっては、少し哀しい話ではある
咲にとって未知の生物であるチェリーに、“目標”ではなく、“夢”と聞いたのは、そんな気持ちからだ
一時期、有名人になってしまった咲には、いくつもの芸能事務所からオファーがあった
あまり詳しくもなく、興味もなかった咲は、学生のうちはやらん、と全て断り、金儲けのチャンスが…と、父親に嘆かれた
この子は頭もええし、見た目も可愛い
アナウンサーとかなって、ニュースとか読んでくれたら、日本中がほっこりすんのに
あかんか…暗いニュースは似合わんもんなぁ
タレントさん、お笑い芸人とかもアリやな
たくさんの誰かを幸せにするっちゅうことが、この子に向いてる気がするわ
と、考えたりもした
しかし、チェリーの回答は少し斜め先をいく
「ケーキ屋さん♪」
満面の笑み
「あと、パン屋さんと、お菓子屋さんと、お花屋さんと、本屋さんと、幼稚園の先生とぉ…」
「園児か!」
「チェリー、確かにそれも夢かもしれないけど、高校生が公共の場でそういうこと言っちゃいけないよ」
咲もカナタも、幼稚園児に聞いた『大きくなったらなりたいものランキング』を堂々と発表するチェリーに、衝動と冷静なツッコミをいれる
「でも、諦めたらそこで試合終了ですよって、昔の偉人さんが言ってたよ」
「そんなに昔じゃないし、それ、この前俺の部屋から持ってったマンガだよね」
「この子に聞いたウチがアホやったんやろか」
「でもさー、子供がいっぱいの幼稚園でー、ケーキとパンとお菓子とお花と本が売ってたら楽しいじゃなーい」
「そんなに複合施設のオーナーだとは思ってなかった」
「そうなってくると、認可が下りるかが問題やね」
たとえどんな客を乗せたとしても、電車は、大学のある駅へと、時間通りに到着する