古武道 大豪院流合気道術−5
ミスディレクション
直訳すると、誤認識となり、タネのある手品の世界では、その重要な部分から相手の意識を遠ざけることを指していう
…これや!
ようやく、何しにアメリカに来たのか思い出した時空は直感した
相手と組むことができれば、なんなら衣服の一部に触れることさえできれば、大豪院流の技と時空の特異体質に敵はいない
しかし、アメリカへ渡り、普通の顔したおっちゃんでさえ持っているテッポウの脅威を知った今、武道の限界を感じていた
日本最強の殺傷武器である刀をもってしても、近づくことすら許さないテッポウには敵わない
では、どうすればいい?
石ころぼうしでもあれば楽なのだが、青いネコさえいない今、自分の存在を、相手に認識されずに近づける方法はないか?
その為のお手本が目の前にあった
こうして、強さを求めてアメリカに渡った時空は、手品を習い始めた
テーブルマジックから大掛かりなイリュージョンまで
エンターテイメントの中心地、ラスベガスにはなんでも揃っていた
マフィアの用心棒と、非合法な地下闘技場
“キャスパー”の異名と、少なくない金を手にしながら、時空は大豪院流を磨く
長い時が流れ、カルメンダンサーのリンダとの間に、女の子が産まれたことをきっかけに、日本への帰国を決めた
時空、30歳の春のことである
帰国してすぐに、大豪院流の道場を開くが、まぁ誰も来ない
びっくりするぐらい誰も来ない
笑っちゃうくらい来ない
…来ない
10年の月日が流れ、アメリカで稼いだ金も使い果たした頃、働かない時空に対して「kill you」の言葉を残して、リンダは娘を連れてアメリカへ帰っていった
さらに時は流れ
「お師匠はん、また今月も電気止められまっせ」
駅前の留学で英会話を教えながらギリギリで食いつないでいた時空
時空としても、今まで何もしてこなかった訳ではない
しかし、高度成長期の中の日本で、基盤のしっかりした柔道や空手の門を「たのもー」と叩いてみても、訳のわからない【大豪院流】の看板を掲げた道場破りを受け入れるところなど無かったのである
ましてや、アメリカ仕込みのストリートファイトをしたところで、金にはならんし、すぐ優秀なおまわりが警棒持って飛んでくる
強さのみを求めた結果、八方ふさがりな今日この頃だった
「アメリカ帰ろっかな」
「そない言わんと、もうちょっと頑張りましょうて」
時空には、たった1人ではあるが、門弟がいた
任侠道の道を真っ直ぐ進む方々が千鳥足で暴れているところに、これまた道路の上をなんとか千鳥足で進む時空が出くわし、気持ちよくバッタバッタと投げ飛ばしまくっているのを見た若者が、以来、付いて回るようになった
「なんでウチには誰も来んのやろなぁ?」
「大豪院流だけでは、何をやってるところかわからへんのとちゃいまっか?
そや、お師匠はん
最近、合気道ちゅうもんが流行っとるん知ってはります?」
「合気道となんぞや?」
「急になんぞや言われましても困りまっけど、なんやお師匠はんみたいに、ポンポン投げる技を使うらしいですわ」
「ワシのマネか!」
「誰も知らんのに、お師匠はんなんかのマネする奴はいやしまへんえ」
「もしかして、ワシ、お師匠はんやのにディスられてる?」
「ディス…?とにかく、似てるんやから、あちらさんの人気にあやかってみたらどうでっしゃろか」
「ぶっちゃけパクるってこと?」
「ばれしまへん」
「でもなー、もし見つかって怒られたらどうすんのー?」
「うーん
ほんなら、合気道風とか、合気道仕立てとかにしてみたらどないです?」
「もー、それ完全パクりじゃーん
ご先祖様にどう説明すんのー?
でも、ええか
それにしても、風とか、仕立てとか、料理やないんやから、もちっとなんか無いんかい?」
「それはお師匠はんが考えなはれや、バカ」
「今、バカって言ったよね」
「言ってないでござる」
「なんでこんな奴、弟子にしちゃったかなー
本当にワシのこと尊敬してる?」
「そら、初めてお師匠はんを見た時から、強い、格好ええ、金になりそうや思て、今でも尊敬してまっせ」
「なんか聞いちゃいけない心の声を聞いた気がするけど…
よし、今日からウチは【大豪院流合気道術】にする」
「古武道、とかも付けたらどうでっしゃろ」
「きたこれ!」
こうして、歴史ある【大豪院流】の看板に、継ぎ足し継ぎ足しで、現在の【古武道 大豪院流合気道術】の看板が出来上がり、一つの事件が起こる