序章
「もうこんな事は止めるんだ!」
その男は叫ぶ
「お前達はおかしいと思わないのか!」
その男は叫ぶ
「誰が得をするっていうんだ!」
その男は叫ぶ
暗黒の世界で男が叫ぶ度に、その足下には一つ、また一つと屍が積み上がってゆく
引き裂かれ、踏み潰された、既に数え切れない程の屍を乗り越え、男は走る
「キサマに逃げ場などないぞ」
闇に浮かぶ黒い炎
ありとあらゆる罪を宿した様な顔を持つ炎は、男に向かってそう言い放った
「うるせぇ馬鹿!
逃げちゃいねぇよ!
ここが何処だか、その薄汚ねぇ目ぇかっぽじって良く見やがれ!」
男は立ち止まり、炎に向かって叫んだ
「バカな… キサマ… まさか
ヤメロ!やめるんだっ!」
男が辿り着いたのは、魔界の始まりと呼ばれる場所
砂と岩しかない荒野に、ただ1本の墓標が立っているだけの場所
悪魔の始祖と呼ばれる、悪魔王の脊椎から削り出された墓標は、いつからそこにあるのか、何故そこにあるのか、いつまでそこにあるのか、誰にも分からないまま、幾星霜の時を越えてもまだ、その姿を変えずにそこに立っていた
「さて、これは何でしょう?」
上衣の内ポケットからタバコでも取り出すかの様な仕草で男が取り出した物
人間でいう、衣服などを着用していない男が、薄笑いを浮かべながら右手でえぐり出した物
本来あるべき場所から切り離されたにも関わらず、未だドクドクと脈打ち続けるソレには、純粋な心、穢れなき魂、清らかなる想いと言われる様な、形の無い綺麗事が入る余地など何処にも見当たらない程の禍々しさがあった
「ははっ、初めて見たよ
自分の心臓」
笑みを絶やさない男が
ソレを握り潰した時
魔界が消滅した