45000人
画面には戦いの結果を記したリザルト画面が表示される。
「はぁ……勝ててよかった」
激闘を終えた俺はがっくりと肩を落として大きく息を吐く。
抱え込んでいた緊張がそのまま部屋の中に排出されていった。
同時に指先に絶大なまでの痺れと痛みが迸る。
「痛っ!うぐぐぐぐぐぐ……」
まるで電流を流されているかのような感覚だ。
いや、ついさっきまで猛烈な勢いで酷使していたから当然の結果なんだが……痛い!
今日一日はもうまともなタイピングすらままならなそうだ。
「だ、大丈夫?kakitaさん。……本当にお疲れ様」
「何とかまぁ。こちらこそ諸々ありがとうございました」
労いの言葉を貰いつつ、改めて猫宮さんにもお礼を言っておく。
今回得た勝利は俺一人の力で得られたものじゃない。
彼女の正確かつ献身的なサポートがあったからこそ、中盤まで苦戦せず進むことが出来た。
成程……確かにここまでの腕前なら界隈でも話題になるだろう。
それも悪質なチーター達とは違い、れっきとした実力者として。
最後の挨拶としてありのままの気持ちを伝えておく。
「まだ俺は始めて一週間の身ですけど……いずれ再戦できるのを楽しみにしてます」
味方としては勿論、いずれは敵としても戦ってみたいものだ。
きっと彼女との勝負なら勝っても負けても晴れやかな気分で終われるだろう。
猫宮さんは若干困惑気味ながらも快諾してくれた。
「一週間……う、うん!また会おう!良かったらチャンネル登録もしてってね!」
「あ……是非チェックさせていただきます」
◆
ボイスチャットを切り、同時にネオコロシアムのゲーム終了ボタンを押す。
快勝を為したため今の俺は気分が良く、そのままの勢いでもう2、3戦程やりたかったが……
「さすがにこの指じゃ今日は無理だな」
指先をまじまじと見つめながら呟く。
普通にしていればどうってことは無いが、精密なプレイをやる上では支障が出そうだ。
マッチした味方に迷惑をかけるのも気が引ける。今日はここまでにしておこう。
冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出し、勢いよく飲み干す。
たちまち水分が喉を心地よく潤していく。
「……はぁ。美味い」
酒でも良かったが、こういう時には無性に麦茶が飲みたくなる。
具体的に何でなのかは分からない……本能が欲するのだ。
水分補給を終えた俺は安物のソファに寄りかかって一息つく。
そして先ほど会った悪質なチーター、スカルブラザーズ達に対して改めて考えてみた。
「本当にチートって……一体何が楽しいんだ?」
システムの根幹部分を弄ってまでわざわざ最強になろうとする魂胆が分からない。
むしろそれは楽しむどころかゲームの魅力を損ねてるとまで言っていいだろう。
達成感が欠落した結果に、一体何の価値があると言うのだろうか?
いや、あいつらの狙いは勝利というよりも……人を煽る事なのか。
それはそれで何が楽しいんだ?
相手の悔しそうな顔を見たって、別段嬉しくはならないだろうに。
「……この辺にしとこう」
適当な所で踏ん切りをつけておく。
元々の性格の出来ように違いがある以上、どれだけ考察を重ねても無駄だ。
結果的に理解できないと言う事だけを十分に理解できた俺だった。
てか、そんなことを考えるよりもっとすべき事があるじゃないか。
忘れないうちにパソコンの前まで舞い戻る。
「えーっと…ね、こ、み……あ、もう出た」
フルネームを打ち込むまでもなく検索欄に猫宮又旅の文字が出てきた。
カーソルを合わせてクリックを行う。
画面に出てきた姿を見て、俺は少々呆気に取られる。
「見た目は完全にアニメのキャラだけど……あ、だからバーチャルなのか?」
目の前に映るのは長い銀色の髪を二つ結びで縛った美少女であった。
圧倒的二次元と言わんばかりの大きい目元に真っ赤な瞳。小さい鼻と口。
ピンクの和服を纏っていて、袖先からは白く細い指がほんの少し飛び出ている。
そして何よりも目を引くのが……髪の毛、の上に付いている巨大な耳。
当然人間のものではなく獣の類に近しい形。俗に言う猫耳と言う奴だろう。
非常に可愛らしい姿だがそれ以上に俺の目を引くものがあった。
チャンネル欄の下にある、現在配信中の動画と言う項目。
【今日もネコでアルティメット帯潜るにゃ~】2時間前から配信中
45021人が視聴しています
堂々と表示されている数字に、思わず息を飲む。
「4万5000人が視聴中って……マジかよ」
4万5000回再生なら分かるが、これは生配信の来場者を指す数字なんだろう?
ってことは今この配信を約4万人以上の人間が同時に見ているという事になる。
……エグイな。東京ドーム埋められる位じゃないか?
超人気とはスカルブラザーズが言っていたが、まさかここまでとは……
更にチャンネル登録者数も驚異の90万人超えときた。
「…………いや、思ってたよりずっと凄い人だったんだなぁ」
どこか敬意の様なものを抱きつつチャンネル登録を済ませておく。
気軽にまたやろうなんて上から目線で言ったが、滅茶苦茶失礼だったかもしれない。
俺と比べたら彼女は正に雲の上の存在と言っていいだろう。
何たって生配信で4万以上の人間を集められる者なんてそうそう居ないのだから。
「ま、これからは俺も陰ながら応援させてもらうとするか」
などと他人事の様に結論付けてパソコンを閉じた俺だが、まだ事の重大さには気づけていない。
考えてみればさっきまで一緒にプレイしてたんだからそりゃ映ってて当然だと言うのに。
4万5000人の視聴者が見ていたのは決して猫宮さんの姿だけじゃなかった。
むしろ、彼女以上に皆の目を引く存在が居たのだが……
その事実に俺(当人)が気付くのは、明朝の話である。
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明日以降から火曜日までは一日二話投稿が若干難しくなるかもしれません。
最低でも一話は投稿する予定ですので何卒