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想定外

私達の最初の判断は、割かし的を射ていたと言えるだろう。


数分前の又旅とkakitaさんの会話を思い返す。



『一応聞いておくけど、茜ちゃんはどうしたの?』

『道中で先にやられちゃった。…って言えば信じてもらえるのかな?』

『……いや、絶対信じにゃい。どうせどっかに隠れて私を狙ってるんでしょ?』



……うん、何なら途中までは完璧に合ってたんだ。


事実桐原さんは今も尚生きていて、好機を見計らってじっと身を潜め続けていた。



正に又旅が言った通りの行動。





でも、私達の想定の中には最も重大な誤算があった。




それは……桐原さんが本当に狙っていた相手が誰なのか、という点。





ばっと、慌てて背後へと視線を寄こす。

気配を察知したとか、発砲音が聞こえたとか…そんな感知を可能にする判断材料は無かった。



ならば何故私は振り返ったのか。



……これはアレだ。


例えるなら、ネットで怖い話を見た直後にふと背筋に悪寒が走り出すあの感覚。

反射的に背中側に誰かが居ないかどうかを確認してしまう。


ある種生理現象とも言えるありがちな行動。





「「あ……!」」



互いの唖然とした声が、混ざりあって空の彼方へ昇っていく。





偶然にも桐原さんは丁度私の睨んだ先、真後ろに立っていた。



脈絡の欠片も無い突然の察知に驚いたのだろう。彼女は体を震わせた後にその場から一歩後ずさる。



その様子を視界に捉えた私は。



「……!」


反射的に追撃を行おうと銃を構え直した。





当然、内心は突然の奇襲に混乱を極めている。


それでも、私の脳内の奥底に潜む生存本能が……今この場で遂行すべき要項を告げるのだ。


シンプルに一言。


【ここで彼女を仕留めろ】……と。




ピンチだと言うのに……いやむしろ、ピンチだからこそなのかも。


驚く程思考がぐるぐると、普段以上に滞りなく巡っていく。

体の至る部位を伝う命令神経が、常に最良の一手を選べるように動いてくれている。



これがいわゆる、火事場の馬鹿力ってやつ?





……確かに、現状はピンチであると同時に大きなチャンスでもある訳だ。



今ここで彼女を倒してしまえば、懸念材料は完全に消え失せてくれる。


極論最終的に私が生き残ってさえいれば、あの乱戦がどう転がろうと勝てるのは十中八九私達(ラビリンス)の筈。



最もそんな想定を脅かす存在が居た訳だけど……



幸か不幸か、その子は今目の前に立っている。



つまるところ後に残る問題は一つだけ。




果たして、桐原さんとタイマンで撃ち合って私が勝てるかどうか。




正直、お世辞にも私は近接戦が上手いとは言えない。


最低限アルティメット帯で通じなくはない程度の実力はあるけど、多少なりとも優れた腕前を持つ者を相手にした場合は直ぐにやられてしまう。


だからこそ、今回みたいに正面戦闘を強いられた時点で萎える事もそこそこあったりするけど……




大丈夫だ、問題ない。




だって……今回の相手は私が今しがた挙げた条件には当てはまらないプレイヤーなのだから。



桐原さんは最高ランクどころかビギナー帯を抜けてすぐの初心者スレスレのレベル。


勿論成長スピード自体が飛び抜けて凄いのは今更言うまでもないけど……現状では全く意味をなさない。


何故ならこの場で必要とされるのは潜在能力などではなく、あくまで現時点での相手を上回る強さ。



確かに半年後には勝てない勝負かもしれないね。

でもそんな仮定は必要ない。

とにかく、今この瞬間だけでも勝てればそれでいいのだから。



偶然だけど……不意打ちも防げた。

後は、弱点を的確に突くことさえ出来れば間違いなく私に軍配が上がる戦いの筈だ。




桐原さんの最大の弱点、それは硬直癖。



自分のペースで攻めれている時こそ良いけど、相手に攻撃の手番を渡した時点で桐原さんの勝率はガクンと落ちる。

向こうのプレッシャーにやられたのか、緊張の余り動くのを止めてしまうんだ。



恐らく、この癖については彼女自身の複雑な過去が色々起因してるんだろうけど……



生憎、私は遠慮なくそこに付け込ませてもらうつもりだ。


全ては勝つ為に……ね。





硬直のトリガーが分かってる以上やるべき事は単純。

私の方から一気に攻め立てて、桐原さんに攻撃の機会を与えないようにする。

動揺を誘発させてしまえば、後はこっちが一方的に生殺与奪権を握れる筈だ。



私は素早く手持ちの武器をスナイパーライフルからマシンガンに切り替え、瞬く間に銃口を桐原さんの元へと向ける。



そして最後に二言、ありのままの気持ちを伝えておいた。



「……ごめんね。そして、さよなら」



共に過酷な戦場で争い合う相手に向ける言葉としては、余りに上から目線であろう。


自分でも分かっている。


それでも、私の胸中には未だどこか残っている同情心のようなものが拭い切れずにいたのだ。




……しかし、そんな浅ましい悲哀の念はこの後すぐに打ち砕かれる事になる。








桐原さんを襲う、十数発の弾丸の雨。

屋上には攻撃をやり過ごせそうな遮蔽物の類も全く存在していない。

まず間違いなく、動揺した彼女なら躱す事なんて出来やしないだろう。



……そう思っていた。



「……近接戦で基本使うのはマシンガン。撃ち方は決まって相手に向けて正面乱射。……だから、少し横移動を加えつつ前進……!」




「……え?」



ぼそぼそと、彼女の方から聞こえてきた微かな声。

早口過ぎて私に聞き取ることは出来なかった。


慌てて聴覚に意識を集中させようとするが……それもまた不可能に終わる。




私は、目の前で起こる一連の動作に視線を釘付けにされていたから。





桐原さんは銃弾の雨を被弾寸前の所でくぐり抜けていく。

一見当たっているようにも見えるが体力に変動はない。


身体に弾丸が触れそうになる直前で、ものの見事に一つ残らず避け切っているのだ。



その動きはさながら獲物を狩る猫のように柔軟で、しなやかだった。




見とれてしまいそうな程に流麗で繊細、かつ大胆さも秘められたプレイ。

そして一ミリたりとも予想していなかった光景が眼前で繰り広げられる。



思い描いていた想定が砕かれ、たちまち私の中では雷雨のようなけたたましい動揺が生まれていた。




当然の如く彼女はその隙を見逃さない。

一瞬ぴたりと動きを止めた私を確認すると、素早く回避から攻撃に移行する。



「……!しまっ……!」


気付いた時には、既に後の祭り。


既に向こうが放った弾丸が文字通り私の目と鼻の先まで到達していた。



鈍い4発の着弾音。

ここに来て初めての減少を見せる体力ゲージ。



二点の要素に激しい焦りを感じた私は、反射的にその場から立ち退く。


……これもまた失敗だった。



桐原さんから一歩距離を取る私。

が、その行為に何ら意味は無い。



退いた私と弾丸がぴったりと重なり合うよう、既に二段目の攻撃は放たれていたのだから。




「ぐっ……!」


避けられる筈もない。むしろ避けた先を狙われているんだ。


必然的に攻撃は当たり、体力はみるみる削られていく。




窮地に達した所で、私はようやく重大な情報を思い出した。





あれはそう……二日前、配信が終わって裏で又旅と他愛のない雑談をしていた時のこと。




『……でさ!この前話した茜ちゃんの格ゲー切り抜き見た!?もう超凄かったよね!?』


『あーはいはい、そうだね』


『相手の行動パターン全部予測してノーダメ勝利……!しかもその時の茜ちゃんのクールな姿勢!本当にかっこよかったよね!?何かこう……ギャップ萌えって言うの?普段可愛いんだけど、ここぞと言う時は勇ましくなるあの感じが……』


「そうだねー。凄かったねー。かっこよかったねー」


「だよね!あの可愛い顔立ちで実際は読み合いの猛者って……もう最高すぎない?」




……又旅の限界オタク語りはどうでもいいとして、特筆すべきは桐原さんが行っていた格ゲー配信の切り抜き。


あんまり勧められるもんだから、根負けして私も一度ちらっと眼を通したことがある。



そこには、今までの気弱なイメージとかけ離れた修羅のごとし強者が顕在していた。



相手が扱うキャラの癖や防御のタイミング、回避隙と言った概念を一つ残らず読み取り、冷徹にコンボを重ねる桐原さん。


敵が放つ苦し紛れの攻撃も、既に分かっていたと言わんばかりに捌いていくのだ。



格闘ゲームの類に触れたことのない私でも、充分凄いプレイであることは理解できた。

特に読み合いの実力に関しては……最早エスパーの域にすら達していたと言えるかもしれない。




けど、私はその点について特段気にすることは無かった。



確かに凄い神業……とは言っても、所詮は格ゲー内での話。

私達が行うネオコロシアムとはジャンルの時点で違うんだ。


FPSを基準にしてしまえば恐れるに足りない筈……と。




……その見通しが甘かった。



彼女には充分すぎる情報が事前に与えられていたんだ。



各参加者の基本の立ち回り、癖、弱点……それらを閲覧できる環境は十二分に整っている。

普段の野良試合ならこうは行かないだろうけど、敵がどんなプレイヤーか予め分かっているのなら、対策のしようは幾らでもあるのだ。


結果として、数多の情報を取り入れた彼女は思う存分格ゲーで培われた【相手の行動を予測する力】を余すことなくこの大会に発揮できている。


それが如何に脅威であるかは……言うまでも無いだろう。




ここで私は完全に気付いた。



今私が相手をしているのは、初めて一か月そこらの未熟者なんかじゃない。




舞台は違えど、長年対面の読み合いを制してきた……紛れも無い格上の存在である事に。

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― 新着の感想 ―
[一言] 背後からさっさと撃っておけば……なんて思うのは無粋なんでしょうね……。
[良い点] 次回、動きを読み切って勝ったことに自分でびっくりするんですよね分かります(?)
[良い点] 10話ぐらいまとめ読みしたが展開が早すぎもせず遅くなく進んで展開が面白い、主人公をなめてたらしっぺ返し食らった展開の食らった側の心境が読んでてスカッとするから楽しい。 [気になる点] ない…
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