心理
ちょっと普段と比べると短いかもしれません。申し訳ない
棒立ち。
決して比喩でもなく、誇張表現でもない、ありのままを表した言葉。
それを現実だと一息に受け取る事が出来ず、私は何度も瞬きを行った。
が、どれだけ疑おうと目の前に広がる異様な光景は決して変わらない。
軍服を纏ったkakitaさんのアバターは何をするでもなく、ただその場で佇んでいた。
さすがに手ぶらではないにせよ、抱えた銃はだらんと下を向いている。
そこから攻撃の意思は全く見えない。
だからと言って索敵に神経を集中させてる訳では無く、視線は呆然と先を見据えているだけ。
常に一点のみを注視していて、周囲からの襲撃を警戒してるとも思えない。
まるで、合格欄に己の番号が記されているかどうかをじっと確認する受験生の様な風貌だった。
……どう大目に見ても戦場に立つ者の姿勢ではないのは確か。
それ故に私も又旅も、混乱を極めているのだ。
恐る恐る、確認の意を込めて呟く。
「……え?何これ、普通に攻めちゃっていいの?」
◆
本当に、桐原さんの成長速度には驚かされてばっかりだ。
何もそれは単純なプレイの練度に限った話ではない。
即興であんな大胆な作戦を思いつくなんて……予想外でしかなかった。
ふと、別れ際の彼女の心底申し訳なさそうな態度が頭をよぎる。
『ごめんなさい。作戦って言っても、結局師匠の上手さに頼ってばっかりで……』
「……全然、気に病む必要ないのにな」
味方の力を最大限考慮した上で計画を練るなんて当然の行いだ。
決して非難されるような判断なんかじゃない。
だが……そんなことはない、気にするな。と否定の言葉を返す前に桐原さんは行ってしまった。
微妙にすれ違う価値観の相違具合には、未だ悩まされる。
単純に言い聞かせるだけでどうにかなる問題じゃないのがまた難しい所だ。
ただ、過ぎたことを今更悔いても仕方ない。
彼女の事を本気で思うなら、今俺がやるべきは作戦が上手く行くよう己の役割を完璧にこなす事だろう。
それに……何だかんだで俺を軸に作戦を立ててくれたのはとにかく嬉しかった。
1か月の間に積み上げた信頼関係が、改めて実を結んだような……そんな感覚だ。
「……なんて。綺麗に結論付けてみても、結局俺が今やれる事は突っ立ってるだけなんだけどな」
現在の己の間抜けっぷりを口に出して再確認し、自嘲気味に笑う。
盛大なお膳立てをした割には、我ながら何と滑稽な有様だろうか。
通しで見てくれている人間なら意図を理解してくれているだろうが、たまたま今の時点で見に来た視聴者からはふざけてるとすら思われるかもしれない。
……しかし、俺は終始至って真面目だ。
この棒立ちも、一人で居る事も……全ては作戦の内。
むしろふざけてるなんて安易な楽観視に陥ってくれる方が嬉しい位である。
今回の俺の役割は、言わば囮。
だからこそ銃すらまともに構えず、油断っぷりを全面に出す。
これ見よがしに隙を晒して相手の視線を一点に集中させるのだ。
当然、この光景を見た相手プレイヤーはまたとないチャンスと思うだろう。
故に速攻仕留めにかかってくる…………とは行かないんだな、これが。
人と言うのは基本的に素直になり切れない存在だ。
あまりに旨い条件を提示されると、かえって裏があるのではないかと疑ってしまう。
特に今回の様な大会形式では、猶更一挙一動のプレイの真意を探ろうと皆躍起になっている筈である。
そして、こう考える訳だ。
果たして、このまま素直に攻めていいのか?
もしかしたら何か罠があるのではないか?……ってな。
この行為は他でもない俺自身がやるからこそ意味がある。
最強プレイヤーだ何だと評判のkakitaが、わざわざ隙を晒す意味なんて無い。
いくら何でもあいつに限って試合を放棄する筈が無い。
必然的に、この行為には何か意味がある筈だ……と言った感じに思考を誘導できる。
大会開始までに散々積みあがってしまった警戒レベルを、逆にこっちが利用してやるんだ。
……さて、残る問題はどれだけ時間と注目を稼げるかについてだが。
こればかりは各個人の判断ペースによるとしか言いようがない。
どれだけ俺の棒立ちを曲解してくれるか……それに尽きる。
……と、そんな事を考えていると背後から足音が聞こえてきた。
俺は急いで振り向き、その全貌を視界に捉える。
「……!……さすがに判断が早いね」
願わくばもう少しは迷ってほしかった。
特に彼女達なら警戒度合いは他のチームより数段上だと踏んでいたが……ここで仕留めにかかって来たか。
俺は少し期待外れな状況にふっと苦い笑みを残し、銃を構えながらじりじりと距離を詰めてくる彼女に話しかける。
「久しぶり……って程でもないかな。猫宮さん」
「……kakitaさん」
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副作用君思ってたより強かった……^^;




