当然の行い
『ただ今よりレッドウォールの縮小が開始されます。プレイヤーの皆様はただちに壁の内側へ退避してください。繰り返します……』
抑揚のない機械音声がフィールド上に木霊する。
それに呼応するように、私達の周囲を覆っていたレッドウォールがゆっくりと縮小を始めた。
「うわぁ……」
眼前まで迫った所で、私は思わず息を飲む。
滲んだ血のように赤い壁。
じわじわと潰れていくような悪趣味極まりない音。
……相変わらず、妙におどろおどろしい光景だ。
位置的に心配はいらないと分かっていても、無駄に焦らされてしまう。
「よし!こっからが本番だよ、アリスちゃん!」
「……うん。分かってる!」
恐怖を振り払うように大声で相槌を打つ。
……又旅の言う通りだ。
今までは所詮前哨戦に過ぎない。
全体のマップ範囲が狭まるにつれ、必然的に争いは激化していくだろう。
……そんな時に、今更ギミックの一つや二つ程度で日和ってどうする。
集中しろ、私。
重要なのはここからなんだから……!
と、息まいてみたものの実際私は現在地から動いたりはしない。
戦場を駆け回っていく又旅をスコープで追っていくだけ。
基本的に近接戦闘は全て相方に一任するのだ。
私の仕事はあくまでも遠距離専門。
高所から悠々と戦場を見下ろし、地の利を生かして索敵を行う。
そうして敵を見つけ、倒せると踏めばすぐに狙撃を開始……と、これがお決まりの流れだ。
一々苦手な対面勝負に参加するつもりは微塵も無い。
私は私、又旅は又旅……と、それぞれの得意分野を重視した立ち回りをすればいい。
「……ん?今何か居た」
考え込んでいた所で、一瞬人影らしき何かが視界の隅に確かに映った。
私はレンズを最大までズームにし、対象へと目を凝らす。
アップにしても尚小さいままだけど……これならギリギリ見えそう。
ぐぐっと精一杯目を細めた結果、何とかその実態を捉える事が出来た。
「…………あー、あの二人か」
今大会の参加者は皆特別に、自身の個性を取り合わせたスキンを付けられている。
例えば又旅だったら猫耳で、私だったらゴスロリ衣装と……まぁそんな感じ。
ぶっちゃけ誰が誰か、すぐに相手が理解できる以上大きいデメリットだけど……全員均一の衣装だったら見づらいったらありゃしないからね。
特に乱戦になったらそれはもう……視聴者からしたら謎の空間にしか見えないと思う。
その為、配信を意識するなら仕方ない設定だとこれは割り切るしかない。
で、その結果、しわだらけの老人を模したスキンをあてがわれるペアなんて一つしかない筈だ。
私は急いで又旅に索敵結果を報告をする。
「又旅?あんたの右方先に山田家の二人が居た。このまま行けば40秒ぐらいでぶつかる!」
「オッケー!ありがと、アリスちゃん」
報告を終えた上で、改めて問うてみた。
「……で?どうする?ここで倒すの?」
「勿論。まずはアリスちゃんの方から牽制の狙撃お願いね」
「了解……!」
反応の速さから見るに、どうやら愚問だったようだ。
言わずもがな、又旅は敵を見つけたら速攻で潰す気満々である。
確かに、私としても本命を倒す前に不確定要素はきちんと取り除いておきたいからね。
孫に活躍を見せたいであろうお二人には悪いけど……ここで倒れてもらうとしよう。
◆
「ばぁさんや……きちんと健太はわしらの事を見とるかね」
「どうでしょうねぇ。もう21時半を過ぎてますし、今頃寝てるかも」
「うぅむ……一向に敵とも会えんから退屈かもしれんしなぁ」
山田家は二人共、辺りをきょろきょろと見渡しながら呆然と道なりに歩みを進めている。
その素振りからは一応周囲への警戒は感じられるけど……こと狙撃に関しては別の様だ。
これは……悩んだが末の勇気ある前線行動か、はたまた単純に意識から私の存在が消えているだけなのか。
……どっちだ?後者だったら若干腹立つ場面ではあるけど。
顎に手を添えて考え込む。
「うーん……」
数秒後、導き出された結論は『どっちでもいい』だった。
……うん、別にどんな深い考えがあろうが最終的に私のやるべき事は変わらない。
迂闊にその身を晒した者の頭を、迷わず撃ち抜くだけだ。
私は再度目を凝らし、極小サイズの後頭部へと照準を合わせる。
そして、発砲を開始した。
放たれた弾丸は何時ものように寸分の狂いもなく、対象へ目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。
「と言っても全然他の皆さんには会えませんからねぇ…………きゃあ!!」
「ど、どうした!ばぁさん!?」
「今急に後ろから何かが……誰か居るの!?」
「いや、何にもおらへん!ってぐあ!!……う、撃たれとる!」
「ど、何処から!?えぇっと……えぇ?どうすれば……」
慌てふためく二人の素振りを見下ろしながら、私は淡々と又旅に指示を出す。
「このまま削っていくから、あんたは退路を塞ぐように付近の物陰に隠れといて」
「りょ、了解……相変わらず凄いにゃ。アリスちゃんの狙撃は」
又旅のその一言には、相方ながら僅かな畏怖の念も込められていた。
多分、この距離から狙いに命中させると言う芸当は……普通は理解できないものなんだろう。
まぁ、私からしたら逆に何でできないの?としか言えない。
確かに遠いっちゃ遠いけど……敵は見えてるんだからそこに向かって撃てばいいだけなのに。
……的な事を言うと、決まって『出来る訳ないだろ!』と即座に反論される。
どうやら私が当たり前のように行っているプレイは、皆からしたら億劫極まりないもののようだ。
「……やっぱり難しいな。価値観の共有って」
ぼそっと呟きつつ、私は狙撃を再開した。
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漠然とですが今回の章の流れを決める事が出来ました。
俺、この戦いが終わったら思う存分恋愛展開を書くんだ……




