傲慢
試合が開始した瞬間、何よりもまず一番の警戒対象に上がるのは狙撃だろう。
遠くから狙われているかもしれない、と言う不可視の懸念と恐怖は皆に相応のプレッシャーを与える事が出来ている筈だ。
だからこそ、各参加者の間にはきっと張り詰めたような空気が生まれている。
何時如何なる場合でも緊張を解くことは出来ず、一抹の油断も楽観視も許されない。
言わずもがな……相当辛いシチュエーションだろう。
「ふあぁ……」
そんな分析を重ねながら、当の狙撃手本人である私は盛大な欠伸を行っていた。
間の抜けた声が戦場に吹き抜けていく。
露骨なまでに油断や楽観視を露わにした態度。
褒められた行いじゃ無いんだろうけど……許してほしい。
薄々覚悟していた事だけど、やっぱり大会ともなれば皆慎重な立ち回りを強く心掛けている。
そのせいで普段とは打って変わって……依然戦場には微塵も動きが見受けられない。
正直退屈と言わざるを得ない状況だ。
……いや、そりゃ他の皆からしたら私がさぞ恐ろしい事は分かってるよ。
でもだからってこれは……リスナー的にも視点に動きが無くて見所皆無じゃない?
折角いい狙撃スポットを見つけたのに、今の所無意味でしかない。
脳裏をよぎるのは、子供時代の出来事。
数人で友達の家に遊びに行った私達は、途中でゲームを始めた。
今も尚愛されている某大乱闘ゲーム……当時の小学生間の遊びではこれが主流だったんだ。
当然の様にこぞって、皆で4人対戦を行っていく。
当時から既にインターネットの世界に足を踏み入れつつあった私は、既に確定コンボや各キャラ毎の性能が頭に入っていた。
故に、相手のプレイへの対策は容易極まりないものだったのだ。
子供たちの間では専ら弱い奴と評判のキャラを使って、次々と無双していく。
その後私がゲームでの遊びに誘われることはなくなった。
……これに関して言えば完全に私が悪い話ではある。
スマッシュをぶんぶん振り回してなんぼの小学生の価値観に対して、コンボや復帰阻止と言った技術的なプレイはさぞ無粋だっただろう。
少なくとも一方的にのけ者にされたなどと非難する権利はない筈だ。
結論としては、行き過ぎた強さはかえって孤立や退屈を生む可能性があるって事。
最近の野良試合じゃ相手に私が居るだけで故意に放置を行うプレイヤーも出てきた。
折角アルティメット帯まで登って来たと言うのに……戦う前から諦めてどうするのだろうか?
私はこんなつまらない試合を生む為に狙撃を磨いたんじゃない、と声を大にして主張したい。
暇を露わにする私に対して、又旅はやれやれと言うように苦笑を見せた。
「仕方ないよ。敵からしたらアリスちゃんが一番怖いんだろうし」
「……そりゃそうだろうけどさ」
子供をあやすような口調に毒気を抜かれてしまう。
半ば愚痴や癇癪に近いたわごとだ。
理知的な反論の前には泡と化すのも当然の話である。
……まぁ、私が戦場の空気を丸々支配しているという事実だけなら正直嫌じゃない。
私の行動一つで幾らでも皆の空気を乱せるんだ。
その点に関しては……優越感を感じざるを得ない。
ふぅ、と一息吐いて又旅に問いかける。
「どうする?いっそ私達からkakitaさんとか狙って攻めに行ってみる?」
又旅は前々から積極的に彼を狙いに行きたい事を公言していた。
それにかこつければ……この退屈な現状を少しは改善できると踏んだ訳だ。
「ぜっっったいに駄目!」
が、帰って来たのは揺るぎない否定。
薄々覚悟していた答えだが……やんわりと反論を行ってみる。
「ダメかな?ここで攻めたら意表を突けると思うんだけど」
「そうかもしれないけど……あの人ならそんな策にはすぐ対応してくるよ」
「……確かに」
相手がkakitaさんという点を踏まえれば納得せざるを得ない。
何と言っても彼の最も怖い部分は、どんな状況にも臨機応変に立ち回れる所だ。
例え意表を突いたとしても混乱→落ち着き→対処までの思考の持って行き方が極めて速い。
こちらから攻めに行った筈が……気づけば後手に回ってるなんて未来が想像できる。
又旅は眉をひそめながらきっぱりと言い放った。
「あくまでkakitaさんに対して攻めるのは万全の準備が整ってから。ここはじっくりと待つ場面だよ!」
「……了解」
納得を示すと共に、己の浅慮を少し恥じる。
……そうだよね。
今の所、私達が戦場で幅を利かせてるなら猶更焦っちゃいけない。
石橋を叩いて渡る位の心構えが丁度いいだろう。
起点となるのは次回のエリア縮小。
レッドウォールが狭まるに伴って、必然的にプレイヤー達は密集し始める。
戦闘が激化していくのはそのタイミングからだろう。
私は再度息を整えつつ、目の前にそびえる赤い壁がこちらへ向かってくるのをじっと待ち続けた。
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