警戒
「今回のルールは従来とは大きく異なるもの。その中でも特に重要なのはランダムではなく予めペアを組む相手が決まっている事ですかねぇ」
「馬場さんの仰る通りかと。これは参加者の皆様が事前に緻密な作戦を練るチャンスにもなったかと思います」
「その他にも木咲さんは今回、諸々の設定値をほとんど弄ってますよね?例えば体力が2倍以上になってたりとか……」
「ええ、厳密に言うと2.2倍です。それに伴って武器のダメージ量や防具の装甲値も増減させていますが……いずれにせよ、間違いなく通常試合よりは長期戦になるでしょうね」
◆
ゲームが開始し、見慣れた廃墟地帯の南西部分にて俺と桐原さんは並んで立つ。
フィールド上にはこすれ合うような風の音だけが緩やかに響いていた。
「……よし、もう動けるな」
こちらからの操作をアバターが受け付けるようになった事を確認した瞬間、慌てて身をかがめて遮蔽物に身を隠す。
しゃがみ状態を維持したまま、俺は背後に立つ桐原さんに声を掛けた。
「桐原さん、まずはいつも通り装備品の調達からだ」
「うん!常に物陰に隠れながら移動……だよね?」
「ああ。くれぐれも慎重に進んでいこう」
大会と言えども序盤においての基本の立ち回り方は変わらない。
鳴りを潜めつつ淡々と準備を重ねていく。
装備を整え終えたら相手の数が減っていくのを待ち、頃合いを見計らって攻勢に転じるのがセオリーだが……
最も、そんな常套手段が通じる程やわな大会じゃない事も既に理解している。
猫宮さんは率先して俺を狙いに行く腹積もりを練習配信の時点で明かした。
あの発言を真に受けるとするなら、必要なのは真っ向から相手を打ち破る覚悟。
逃げ腰混じりにのうのうと傍観を決め込んでいては、勢いに飲まれて一気に体力を削り切られてしまうだろう。
手の内を事前に晒したとも取れる選択だが……こちらに与えられるプレッシャーの側面を考えてみればあれは結果的に差し引きイーブン以上の一手。
現に今の時点で既に警戒心を揺さぶられ、行動や思考をある程度制限させられてしまっている。
大会が始まる前から、既に心理戦は開始されていたんだ。
……こうなると何よりも怖いのは規格外の狙撃手、黄泉乃さんの存在。
俺を狙いに来るとしても当然正面から撃ち合いを望んでくるとは限らない。
彼女の得意分野を踏まえるなら、ほぼ確実に遠距離から一方的な狙撃を仕掛けてくる筈である。
わざわざ真っ向勝負を挑むよりもその方がよっぽど安定するんだからな。
と、それを分かっていても尚明確な対抗策を打てないのが現実だ。
黄泉乃さんの有効射程距離は恐らくシステム上の視認限界ギリギリまで。
仮に限界寸前まで離れた地点で狙われていたとして、当然こちらから感知することなんて出来る訳がない。
狙撃を警戒するにしても相手の位置が分からない以上は防衛に専念する他無いだろう。
つまり、黄泉乃さんを早い所潰さなければ一生後手に回る事を強制される可能性だって出てくる。
願わくばいち早く彼女の位置を先に特定したい所だが……さて、どうしたものか。
一先ず現時点で俺達が取れる対策としては、絶対に体を遮蔽物の外に出さないよう気を配る事。
既に向こうはこちらに向けて照準を合わせている可能性だってあるんだ。
着弾を避けるには、常に亀のように縮こまりながら素早く移動せねばならない。
……傍から見れば滑稽な姿に映るかもしれないが、これも勝つための立派な戦術なのだ。
もどかしさを感じたりもする現状だが……急いては事を仕損じる。
今は我慢の時間。そう自分に強く言い聞かせながら俺達は着実に準備を整えていった。
◆
既に戦場を練り歩いて7分ほど経った頃だろうか。
俺と桐原さんは特に問題なく装備を身に付ける事が出来た。
加えてグレネードや包帯と言ったサポートアイテムも入手済み。
最低限の準備は終えたと言っていいだろう。
しかし戦況は不気味な程に静かなまま。
通常試合でなら既に2、3組程脱落者が出てもおかしくない時間の経過具合だが……敵と遭遇するどころか足音の一つさえ聞こえてこない。
……明らかに異質だ。
古びた廃墟の二階に身を隠しながら、俺は今後の動向について黙々と考え込む。
この静けさをどう捉えるべきだろうか?
安直に考えるなら全員が傍観姿勢を取ったが故の膠着状態が生まれていると見受けられるが……
何にせよまずいな……このままじゃ結局有利になるのは遠距離からの攻め手があるラビリンスチームになってしまう。
「師匠、こっち来て!」
「……ん?」
逡巡を重ねていると、突如として桐原さんの慌てた声が耳に入った。
立ち回りについて俺が思案する間、彼女には建物周りの観察を任せていたが……ひょっとして何かを見つけたのだろうか?
急いで彼女の元へと向かう。
「どうしたの?もしかして敵が居た?」
「うん……ほら、あそこに人が二人立ってるでしょ?」
必死に身振り手振りでアピールを行う桐原さんに視線を合わせて、開け放たれた壁際から外の様子を伺う。
すると確かに、おぼろげながら人影らしきものを視認する事が出来た。
具体的な人物を特定する為、注意深く目を凝らしてみる。
「あれは……!」
そこに映っていたのはちらちらと注意深く周囲を見渡しながら歩く二人組。
それぞれ頭上にはピエロを象った帽子と、金色に輝く王冠がちょこんと付いていた。
間違いない。ジョーカーとキングだ。
彼らは緩やかに歩みを進めつつも、着々と俺達が潜む廃墟へと向かって来ている。
このペースなら3分程で対面する事になるだろう。
ポーカーズ……事前予想では最下位だったが、全く油断はできない。
何より厄介なのはどこまでも生き残る事を最優先にした貪欲な姿勢。
例え実力が上でも、終盤の戦闘では体力差で押し切られる懸念がある。
先程のインタビューの際にも説明した通り、出来れば後半まで残すことなく早急に倒しておきたいチームの一つだった。
……さて、そんな相手が今ゆっくりとこちらへ向かって来ている。
だとしたら取るべき選択肢は当然一つしか無い訳だ。
「良く見つけてくれたね。ありがとう…………じゃ、行こうか」
的確な索敵に感謝をしつつ、階段を下りて桐原さんを先導する。
「師匠……やっぱりやるんだよね?」
既に彼女もこの後の展開を予想できていたんだろう。
その問いには覚悟と不安、両方の感情が入り混じっていた。
心の靄を晴らすように、俺は強く肯定する。
「……ああ。ここは確実に攻め時だよ」
相手はこちらの存在に気付いていない。
まず間違いなく、内側から不意打ちを与える事が出来る千載一遇のチャンス。
ここで一気に体力を根こそぎ削り取ってやろうじゃないか。
さて……奇襲作戦の幕開けだ。
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大会は途中で何度か視点変更を行うつもりです。
進行に応じてニューウィーク視点とラビリンス視点を行ったり来たり……そんな感じになるかと。




