試合開始
「ふぅ……お疲れ様、桐原さん」
「師匠…私の喋り方、変じゃ無かったかな……?」
「大丈夫だよ。きちんと出来てたから」
インタビューを終えても尚不安そうな桐原さんを慰めつつ、俺はゆっくりと抱えていた緊張をため息に変えて吐きだす。
少し固くなっていたかもしれないが、多分問題発言の類は無かった筈だ。
当初の予定通り堅実な姿勢のままアピールを終える事が出来た。
山場を乗り越え、肩の荷が下りる様な気分である。
……勿論、本番はまだまだこれからだって事は言うまでも無いがな。
実況席では続いて優勝予想第二位のチーム、『アサルトラグーン』の二名に対して質疑応答が行われていた。
「ではまずプラントさんから……惜しくも事前予想では二位でしたが、ずばり今のお気持ちは?」
「いやほんま悔しいっすわ!何なんすかねぇ……全然実力では負けてへんと思うんやけどなぁ……」
「そうですね。私の主観ですが、腕前的にはほとんど同格かと」
「……まぁ、一位の子らに比べたら可愛さの部分が足りんかったかもしれません。今度から配信する時は毎回がっつりメイクしますわ」
「あははは!!成程、是非とも楽しみにしております」
……マジで上手いな。
お手本のような流れを前にして俺の手は無意識に拍手すら行っていた。
短時間ながらも起承転結がしっかりまとまった決意表明。
オチまでの自然な話の持って行き方は秀逸としか言いようがない。
彼の名前はプラント。
大阪出身の28歳のプロゲーマー。何気に同い年だな。
関西仕込みのキレキレのユーモアセンスを武器に多種多様なエンターテイメントが蔓延る配信界隈の中でも一際強い人気を誇っている。
最近奥さんとの間に二人目の娘が生まれたそうだ。非常にめでたい。
「続いてアレックスさんにも今の心境をお聞きしましょうか」
「……概ね相方と同意見ですね。やはり少々、プライドに障る結果ではございますよ」
淡々としていながら、どこか情念めいたものを感じる声音。
一見穏やかでありつつも内に抱えた強固な意志を明確に見受ける事が出来た。
馬場さんはにやっと口角を上げる。
「おお……今の一言だけでも並々ならぬ闘志を感じさせられましたね」
「ま、と言っても所詮は事前予想。文句がある以上は実力で示すのが一番だと理解しているので……きちんと優勝を狙っていこうと思います」
「か、かっけぇ……」
堂々と下克上を宣言する凛とした様に、思わず感嘆の声が漏れてしまった。
アレックスは日本人の母とイギリス人の父との間に生まれたハーフの男性だ。
育ちが東京であるため日本語はペラペラ、逆に英語はてんでダメ。
彼の紳士の如き振る舞いの前には性別関わらずときめきを覚えそうにすらなる。
さて、アサルトラグーンと来れば界隈史上最強と名高い企業だ。
何と言っても彼らはネオコロシアムに限らず多くのFPSゲームの大会等でいずれも好成績を残している。
結局何よりも裏切らないのは実績や結果。それこそが人気の最大の秘訣だろう。
……そんな彼らですら今回は二位に甘んじる結果となった。
勿論アレックスも言った通りにあくまで事前予想に過ぎない。
更には人気投票的な側面も強い為に、一概にこれだけで実力を測る事は出来ないだろう。
「では最後に……皆様が待望しているであろう、一位のチームに通話を繋ぎましょうか」
……だがしかし、突出して彼女達が強いのもまた事実。
俺自身も厄介度はアサルトラグーンより数段上だと感じる。
「今を輝く仮想世界の配信者!ナンバーワン企業ラビリンスより最強の二名が参戦を果たしました!」
「とうとう来たな……」
易々と馬場さんの口から放たれる最強の二文字。
だが実際にその単語の是非を問う者は、きっとこの界隈には居ないだろう。
少しでもネオコロシアムに触れたことのある人間なら、彼女達の強さは十二分に理解できる筈だ。
「vtuberの猫宮又旅さんと、黄泉乃アリスさんでーす!!」
「はーい!皆さんこんばんにゃー!今日も元気な猫宮又旅と~?」
「同じく元気な黄泉乃アリスでーす」
たちまちとろける様な甘い声が耳の中に入ってくる。
戦場に似つかわしくない二人の美少女は画面の中でにっこりと微笑んでいた。
その可愛さに浸ってしまいそうにもなるが……生憎今の俺は魔王と対峙している様な気分だ。
「今回はズバリ、お二人が今一番注目しているプレイヤーについてお聞かせ願えますでしょうか?」
「kakitaさんです」
僅かな思考の間すら置かずにはっきりと答える猫宮さん。
回答までの時間は一秒にも満たない。本当に即答だった。
余りのスピード感に馬場さんはほのかに動揺を見せる。
「ず、随分と早いお返事で……まぁkakitaさんについては以前ご自身の配信でも触れていましたもんね」
「はい。やっぱり彼は敵として驚異の一言に尽きますので……くれぐれも警戒を怠らにゃいようにしたいです」
「ありがとうございます。では次に……黄泉乃さんの方はどうでしょうか?」
「んーと、右に同じ。……って言いたい所だけどそれじゃつまらないよね…………じゃ、プラントさんかな」
「ほう、理由としてはやはり予想の序列的にですか?」
「それもあるけど……さっき可愛さ以外では負けてないとか言ってたんで。私としては可愛さ以外の差も見せつけて行きたいなって感じでーす」
普段と比べてややかしこまっている猫宮さんとは裏腹に、どこまでも大胆不敵な黄泉乃さん。
遠回しな言い方だが……要は『別に実力でも私の方が上だよ』と言った主張と見ていいだろう。
彼女とプラントの間では既にバチバチと火花が弾けていた。
願わくば勝手に両チームで潰し合っていて欲しいものだ。
「ではこれにて、事前インタビューを終了させていただきます。木咲さん、どうでしたか?」
進行を一任していた為に置物になりかけていた木咲さんだったが、ここで久しぶりに口を開いた。
「まぁ皆さん個性が強い方ばかりで……非常に試合が楽しみなって参りました」
「そうですね。では、参加者の皆様は用意したサーバーの方へ入室をお願い致します!!」
馬場さんの合図の元、俺達は各々大会用に特別に作られたルームへとアクセスする。
12人の入室が確認された瞬間、速やかに画面は試合開始前のローディングへと移行していった。
……もう既に71%。
時間的にも話せる内容はそう多くない。
最後に、何か一言桐原さんに伝えておくとしようか。
「桐原さん」
「…何?」
「一緒にがんば……」
言いかけた所できゅっと口を噤む。
この期に及んで頑張ろう!なんてのも今更すぎる話だ。
……ならば何と言うべきだろうか?
俺は言葉選びの難しさに少々頭を悩ませる。
絶対勝とう!……って極端な心意気を彼女に今伝えるのも酷だしな。
最優先は緊張をほぐす事。決して不用意にプレッシャーを与えてはいけない。
英気を養いつつも、程よく肩の力を抜ける様な……そんな便利な一言を探している。
「……どうしたの?師匠、何かあった?」
悩んだ末に、俺は自分なりの答えを発した。
正直ありふれた台詞だし、本当にそれが正解なのかどうかは分からない。
だがそれでも……現状俺の頭から出せる言葉としてはベストなものだろうと強く思う。
「一緒に、楽しんでいこう!」
「…!うん!」
何度も言った通り大会の参加者はいずれも強豪ぞろい。
それぞれが独特の強さを秘めている為に頭も手も普段の何倍も動かさなくてはならないだろう。
そして優勝を目指すのなら、そんな猛者たちを制した上で生き残る事を強いられる訳だ。
非情に難題。正に修羅の道に足を踏み入れていると言っていいだろう。
……でも大丈夫。
参加者は強豪ぞろいと銘打ったが……当然その強豪の中には俺達だって含まれている。
客観的に見ても優勝は全然夢じゃない筈だ。
安心していい。ニューウィークだってしっかり強いのだから。
己に強く言い聞かせ、俺と桐原さんは共に戦場へと降り立つのだった。
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次回からいよいよ本戦スタートです。




