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一週間お待たせいたしました。
何とか目途が立ったので一先ず一話投稿させていただきます。
「ん……んぅ……」
「こら茜、せめてベッドで寝なさい」
夕食を済ました後、とうとう限界が来たのかばたっとテーブルに突っ伏せる桐原さんとそれを注意するお母さん。
一応食事そのものは黙々と出来ていたが、食べ終えたのと同時に緊張の糸が切れてしまったのだろう。
桐原さんはまるで天使の様な安らかな笑顔でぐうぐうと寝息を立てていた。
そりゃ、あれだけ連続して試合を行っていたら疲れて眠くなる筈だ。
行儀の観点から見たら憚られる振る舞いだが、今回ばかりは大目に見てやって欲しい。
約20試合を連続して行ったら誰でもこうなると思う。
まぁ、どっかの誰かは100連勝を達成するまで延々とペアマッチを行っていた訳だが。
……それはまた別の話と言う事で。
桐原さんのお母さんはすやすやとしている娘を見つめながら仕方なさげにふっと笑う。
「もう……ごめんなさいね。この子ったら」
「いえ、きりは……」
フォローをしかけた所で、ふと気づいた。
……そういえば、目の前にいる彼女もまた桐原さんなんだ。
今俺が居るのは桐原家の為当たり前なのだが、ついつい忘れかけてしまっていた。
このまま苗字で呼んでいても紛らわしくなってしまう。
となると少々ぎこちなくなるが仕方ない。
今は寝てるんだし、ここでやっても混乱を恐れる必要はない筈だ。
意を決した俺はそっと彼女の名前を口にした。
「茜さんは、毎日凄い頑張ってますから」
「……ひゃっ!!」
「うぉ!」
「な、なに!?」
穏やかな空間に突如として響く叫び声。
俺と桐原さんのお母さんは瞼を見開きながら声の主を見つめた。
まるで初対面時の様に顔を赤く染めた桐原さん。
瞳を揺らがせながら体を小刻みに震わせている。
突然の動揺だが……どこか懐かしさも感じさせる挙動だった。
正直理由は既に察せられた。
それでも一応俺は確認の意を込めて彼女に問いかけてみる。
「ど、どうしたの……急に?」
「茜って……名前?なな何で急に……え?何でなんでナンデなんでなんでなんで?」
念仏かと思うくらいに連呼されるなんでの三文字。
予想以上の焦りっぷりを見せる桐原さんにたまらずたじろいでしまう。
「ご、ごめん!桐原さん呼びじゃどっちか分からないかなって……」
慌てて説明……と言うか釈明を行う俺。
桐原さんはぐっと息を飲んでちらっと横目で呟いた。
「そ、そう言う事か……びっくりして急に眼が覚めちゃった」
落ち着きなく瞬きを何度も行う娘の様子を見て、お母さんはいたずらな笑みと共に茶化す。
「あらあら。今度から目覚ましは柿田さんの声にしてみる?」
「お、お母さん!!」
再び顔を真っ赤に染める桐原さん。
俺はその様子をひたすら苦笑い気味で見つめるのだった。
◆
その後、再びうとうととし出した桐原さんをベッドまで運んだ俺は台所へと赴いた。
時刻は夜21時。
そろそろ帰るべき時間帯だが、やっておかねばならない事がある。
「ごめんなさいね……お客様に洗い物まで手伝わせちゃって」
「いえ。急にお邪魔させてもらったんですし……これ位はやらせてください」
そう言いながら皿の油汚れをスポンジで根こそぎ落とす俺。
台所にはたちまち洗剤の匂いが充満する。
正直俺は、どこか遠慮がちな対応をされることを薄々覚悟していた。
娘の同僚とは言え見ず知らずの28の男が突然家までやって来るんだ。
むしろ困惑や抵抗の意を示すのが普通だろうに。
だが実際はそんな俺を桐原さんのお母さんは快く迎え入れてくれた。
それに対しての恩返し……と言うにはあまりに小さい行いかもしれないが……
だとしても、今の内に俺に出来ることは最低限やっておきたい。
「本当に助かります。私もだけど、毎日茜のお世話をしてもらって」
「そんな、お世話だなんて……凄くしっかりした娘さんです。むしろ僕の方が世話になってるかも」
「いえ……本当に。貴方や宮園社長には感謝をしてもし切れません」
そう言うお母さんの声は、どこか震えていて。
まるで絞り出すような一言に俺は若干の違和感を感じた。
ほつほつと、彼女は語り出す。
「あの子……高校、途中で行けなくなっちゃってね」
「……一応、聞いております」
「ええ。表向きでは空気に馴染めなかったってだけで留まってるけど、実情は少し違うのよ」
「違う?」
「あの子、学校で周りの女の子達からいじめを受けていたんです」
改めまして突然の更新頻度の低下、誠に申し訳ございません
今後は最低でも週一投稿を目安に無理のない範囲で頑張っていこうと思います。
また今章は次回までの予定で、いよいよ大会編を始める予定です。
至らぬ点ばかりの作品でごめんなさい。
恋愛要素やざまぁ要素も合間合間で上手く織り交ぜられるように精一杯工夫を重ねていこうと思うので何卒宜しくお願い致します。




