部屋
「えっと……ひまわり公園ってここだよな?」
スマホのマップ機能を駆使しながら約束の場所まで辿り着いた。
真ん中にてんとう虫の滑り台がある……という事はここで間違いないだろう。
隅に設置されている自動販売機で冷たいオレンジジュースを買っておく。
ベンチで水分補給をしていると、ブランコで遊ぶ幼稚園児達が目に映る。
飽きることも無く何度も何度も……一生懸命背中を押し合って遊んでいた。
「どーん!」
「うわぁ!もっかいもっかい!」
瞳に溢れんばかりの無邪気さを宿す彼らを見ていると、何者かがとんとんと肩を叩いてきた。
……何者か、と言ってもここで俺に触れる理由がある人物なんて一人しかいないのだが。
俺はゆっくりと彼女の方へ視線を流す。
「こんにちは。桐原さん」
「こんにちは師匠……今日は来てくれてありがとうね」
麦わら帽子を被った桐原さんがにこりと笑う。
もう何回も会ってるし当然と言えば当然なのだが……平然と挨拶を行えていると言う事実に少し感動した。
初日のテンパり具合と比べると目覚ましい進歩である。
「じゃあ……私の家あっちだから。行こ?」
「ああ」
言われるがまま、席を立って彼女の家へと共に向かう。
この公園から徒歩20分ほどの距離だ。
途中、横断歩道を渡っているとけたたましく鳴くセミの声が耳に入った。
まだ6月24日。時期的には少し早い気もするな。
と言っても既に梅雨も明けきっている為気候的には自然なのだろう。
……ていうか、6月ももう終わるのか。
ここの所一日が終わるのがやけに早く感じる様になって来た。
年を取ったから時間の流れが……的な感覚じゃないことを祈りたい。
そして同時に、配信を始めて既に一か月近く経つ。
「……早いな」
もう一か月。まだ一か月。
両方の感覚を胸に抱きながら、俺は一歩を踏み出した。
「せ、狭い部屋だけど。どうぞご自由に」
「お邪魔します……」
ぴったりと揃えられた本棚。綺麗に整頓されている机周り。埃一つない床。
桐原さんの部屋は全体的に物凄くまとまっていた。
彼女の几帳面な性格がそのまま表れてるようだ。
少し躊躇しながらも足を踏み入れていく。
女子の部屋に入るなど何年ぶりだろうか。
……しかも10歳年下と来た。
椅子に座ってゲーミングパソコンに向き合う桐原さん。
俺は腕を組みつつすぐ後ろでその様子を眺める。
俗に言う後方彼氏面みたいな構図だ。
「じゃ、じゃあ……始めるね?」
「ああ。しっかり見ておくから」
今回の俺の目的は間近で彼女のプレイを観察し、その都度アドバイスを行う事。
普段の配信では細かい指の動きまでは見えないが……ここまで近ければ話は別だ。
だからこそ家まで来ないかと誘われた訳だな。
おずおずと、桐原さんはペアマッチを選択してゲームを開始する。
配信外なので勿論ボイスチャットはオフだ。
開始の合図とともに、アバターが戦場へと降り立つ。
「装備や武器を探して、尚且つ味方とは近づきすぎず離れすぎず……」
基本の動きを順守しつつ索敵を行い始めた。
慎重に身をかがめながら、最大限戦闘を避けるようにフィールドを移動する。
ここまでは文句のつけようがない立ち回りだ。
ペアマッチでは最終的に生き残った者が勝者。
わざわざ序盤から頭角を現して警戒される必要はない。
まずは周辺準備を整えることが先決なのだ。
やがて桐原さんはスナイパーライフルを拾い、数十メートル離れた敵の頭部に照準を合わせた。
本来なら当てるのは難しい距離だが……彼女の技術はそれを可能にする。
「……!」
僅かに体を強張らせつつも弾を放つ。
弾丸は見事命中し、一撃で相手の体力をごっそりと削り取った。
「当たった!」
「いいね!やっぱり繊細なプレイはピカイチだ」
格ゲーで培ったテクニカルな指先の動きは見事FPSでも活かされている。
正に彼女は光る原石そのものだ。
磨き上げればより一層輝きは強まっていく。
更に、最大の弱点である思考を行動に移す際の硬直時間も短くなってきた。
予想以上にいいペースだ。これなら……!
結果的にマッチは桐原さんのペアの快勝で終わった。
試合を終えた彼女は、息を切らしながらこちらへ期待と不安が入り混じった眼差しをぶつけてくる。
「ど、どうだった……?」
「めちゃくちゃ上手くなってる!凄いよ桐原さん!」
「ほ、本当!?」
「ああ。ただやっぱり非常時に固まる癖はまだちょっと残ってるね」
褒めながらも指摘は忘れずに行う。
今回俺に求められているのは細かいアドバイスだ。
僅かでも気になった所があれば声に出して伝えねばならない。
「改善法はとにかく経験を積む。だよね……もっかいやる!」
桐原さんは闘志を燃やしながら前向きに次の試合へと臨む。
「よし。後出来れば、近接戦の時に若干照準がブレるのも直そうか」
「はい!師匠!」
2時間後。
「も、もう一回……」
既に虫の息である。
丸々120分ぶっ通し、連続で18回も試合を行っていたのだ。
常識的に考えて疲れない訳がない。
頑張りたいと願う彼女の気持ちを汲みたかったが、さすがにこれ以上は看過できなかった。
「……桐原さん。さすがにそろそろ休憩しよう」
干物のようになった桐原さんはそれでも尚キーボードへ手を伸ばす。
「大丈夫だよ師匠……まだ後100回はやれるし……」
俺は慌てて腕ごと掴んで無茶を止めた。
そのまま声に力を込めて彼女を諭す。
「どう見てもやれないよ。闇雲に回数だけこなせばいいってものじゃないんだ」
試合後半からは明らかにプレイの質が落ちており、負けることも多くなっていた。
経験を積むのが大事とは言ったが……一日に詰め込みすぎても意味がない。
基本を重視した上でコツコツと試合を行う事が大事なのだ。
すると突然、部屋の外からしゃがれた声が響き渡る。
「二人共ー!晩御飯出来たから一回食べに来なさい!」
「……お母さんだ」
「ほら、もう19時だし。ご飯食べに行こう」
掴んだままの腕を引っ張って部屋を出る。
気だるげな桐原さんはそのまま俺の背中にぎゅっと抱き着きながら、無抵抗でリビングまで運ばれていくのだった。
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