経験
前話から二週間後のお話になります
第一回 公式主催ネオコロシアム 企業対抗グランドペアマッチ。
それが発表された瞬間の熱狂具合は、俺のデビュー告知すら容易に追い越す勢いだった。
参加者発表配信では驚異の同時接続者数10万人を記録。
しかも推移は右肩上がりで、時間が経とうがみるみる数字は上がっていった。
発表の時点でこれだ……一体本番だとどうなってしまうのだろうか?
当然参加企業、及びプレイヤーももれなく全員超絶豪華。
長年FPS界隈で活躍してきた選りすぐりの精鋭たちが一堂に集ったのだ。
ここまでの事をされて、ネコをプレイしている人間なら興奮しない訳がない。
そして、その豪華なプレイヤーの中には人気度ナンバーワンのVtuber企業【ラビリンス】の猫宮さんも含まれている。
事前に知ってこそいたが、改めて発表を見るとやはり胸がざわついた。
……俺としては色々因縁を感じる対面。
いつか敵としても戦ってみたいとは言ったが、まさかこんなに早く叶う事になるとはな。
さて、そんな中でひと際話題を生んだのが俺と桐原さんのペアだ。
当時のコメント欄の様子を残しておこう。
【kakitaさんは当然として茜ちゃん出るの!?】
【ここが一番読めない】
【桐原茜?誤植か?】
【最強と初心者か……何の意図があるのだろうか】
【kakita次第って所かね】
【大丈夫?また泣いちゃわない?】
【格ゲー大会と間違えた説を推したい】
俺と言うより大体は桐原さんに驚いてる感じだな。
何かの作戦。誤植。出る大会を間違えた。
様々な憶測が飛び交ったが真相は単なる人員不足である。
俺達は本社で発表配信を見ていたんだが、その時の彼女の表情はもう……世界の終わりを告げられたようだった。
その後はあわあわと千鳥足になりながら打ち合わせ室の中を歩きだす。
「どどどどどどうしよう…人手が足りなくて呼ばれましたとか言える雰囲気じゃないよ」
「本当にごめんね茜ちゃん……急に無茶言っちゃって」
精一杯謝る宮園に対して桐原さんはぶんぶんと首を大きく横に振る。
「さ、皐月お姉ちゃんは悪くないよ!出るって決めたのは私なんだし……」
強がりこそしているが、やはり本人からしたらダークホースの様に扱われるのはたまったものじゃないだろう。
常に膝ががくがくと震えているのがその証拠だ。
俺も何とか彼女を励まそうと試みる。
「とにかく基礎を覚えよう。そこら辺は俺が全部付きっ切りで教えるからさ」
「は、はい。……私、師匠の足を引っ張らないように強くなります!」
一先ず配信前後の空いた時間でマンツーマンの練習を行う事を約束した。
大会は丁度七夕の日、7月7日に行われる。
猶予はおよそ一か月。
その間に、俺は桐原さんを一人前まで鍛え上げるんだ。
◆
「……じゃあ行くよ。準備は良い?」
「は、はい!よろしくお願いします、師匠」
合図を終え、十数メートル離れた桐原さんのアバターに銃口を向ける。
たちまち俺たちの間には緊迫した空気が張り詰めていった。
俺は慎重に照準を定め……そして。
発砲を開始した。
画面からはマシンガンの連射音が響き渡る。
「えっと……まず避ける!」
自分に言い聞かせるように叫んだ桐原さんはダッシュを駆使して攻撃をかわしていく。
当然の様に俺が放った弾丸は空を切った。
連射を絶やさないまま要所要所で褒めることも忘れないでおこう。
「いいよ!回避はもう慣れて来てるね!」
まだまだ何かと粗は目立つが、ビギナー帯の人間にしてはかなり上等なプレイングだ。
本来であればここからあっという間に彼女を蜂の巣にできる俺だが、今回は倒す事が目的じゃない。
あえて回避点の一歩後を狙う事でギリギリの所で避けられるようにしていく。
そうして頃合いを見たらわざと露骨に再装填を行い、隙を作るのだ。
「あ、今!」
その声を聴いてにやりと笑う。
しっかりと見逃す事無く桐原さんは的確に攻撃のチャンスだと言う事に気付いた。
戦況においての判断力はやはり目を見張るものがある。
よしいいぞ、順調だ。
そう思ったのも束の間。
「あ……う……えっと……」
まるで痺れ薬でも盛られたかのように突如としてぴたっと動きが止まってしまう。
これまでの淀みない流れからは考えられない挙動だ。
俺はそんな彼女を見てそっと銃を下ろし、素手の状態で歩み寄っていく。
……やはり思考から行動に移る段階でつまづいてしまうのが桐原さんの最大の弱点だ。
好機だと判断する事が出来ても、そこまで操作がおぼつかない。
直前の緊張で体が強張ってしまうのだろう。
対策方法としてはシンプルに経験を積む以外に無いと言うのがまた難儀な話だ。
桐原さんは心底申し訳なさそうにか細い声で謝罪を行う。
「……ごめんなさい。ずっと練習に付き合ってもらってるのにまた私……なんでこんな……」
慌てて俺は否定する。
焦ってしまう気持ちは非常によく分かるが、決して自暴自棄になってはいけない。
「落ち着いて、確実に上達はしてるんだ。練習が無駄になってるなんて事はないよ」
「……はい」
一見素直な応答にも聞こえるが実際は違う。
その声音からは焦りや悲しみや自責……様々な後ろ暗い感情が伝わってきた。
どうしたものかと頭を抱える。
実際上達具合は本当に素晴らしいんだ。
俺の配信を見て余程熱心に勉強してくれていたのだろう。
おかげで基礎の技術はものの数日で磨き上げることができた。
だが、やはり彼女に圧倒的に不足しているのは実戦経験。
最近は率先して野良のペアマッチ配信を行っているが、それでも他の強者たちと比べて空いた期間はそう簡単に埋まらない。
大会までの残り期間はおよそ3週間。
日々迫って来る期日に互いに焦りを隠せなくなってきている。
くそ……早急に何とかせねば……!
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次回は息抜きに茜の得意な格ゲーをやる回。
そして今回の章は大会開始直前までの予定です。
過去の話を読み返して思ったのですが飲酒描写におかしい点はございませんでしょうか?
私は未成年故に酒の味を知らないので完全に雰囲気のみで書かせてもらっていまして……
もし気になる点があれば是非とも感想欄等でご指摘いただけると幸いです。




