苦笑い
そこに明記されていた公式試合参加のお誘い。
内容を要約するとこうだ。
・ネオコロシアムを世界に排出した企業、グランドヒットが公式大会を主催する。
・趣旨としては配信界隈における有名企業の数々を募っての試合を繰り広げてもらい、より一層FPSの普及、発展へと繋げていきたい。
・現時点で決まっているルールは企業毎に二人組を組んでもらいペアマッチを行う事。
また大会に合わせてゲーム内の設定を特別な物に変更する予定である。
例 体力値を通常時の2倍に設定する。時間制限を撤廃する。等……
とにかく配信映えを意識した上での構築にすると言った所だな。
その他にも諸々難しい契約内容が書かれているがここら辺は俺が読まなくてもいい部分だろう。
今噛み砕くべきポイントはただ一つ。
うちの会社にとんでもない案件がやって来たという事だけだ。
内容を読み切った俺は、きっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思う。
口をあんぐりと開け、目を大きく見開き……そりゃもう間抜け極まりない形相だ。
驚嘆の感情をこれでもかというくらいに表情に写していたのだからな。
だが事の重大さを理解できる人間ならその様子を滑稽と嘲笑いはしない。
むしろ当然の振舞いだと同情を抱いてくれる筈だ。
困惑を辛うじて喉元に留めつつ、改めて現状を声に出して確認する。
「ネオコロシアムの大元の企業からの誘いって……本当にニューウィークにも来たんだよな?」
「はい…ああいや、厳密に言うと違うかもしれませんね」
「?どっちなんだ?」
肯定されたすぐ後に否定が行われ、たまらず首を傾げてしまう。
宮園は絶えず微妙な笑顔を浮かべながらゆっくりと説明を続けた。
「うちの会社ってよりかは、実質柿田先輩に対する招待状みたいなものですよ」
「俺に対する招待状……そこまで知名度を買われてるってのか?」
確かに他に参戦する大企業の名前と見比べてしまえばニューウィークと言えども些か格落ち感が否めない。
その溝を埋められる人間が……kakitaであると?
さすがに買い被りだ、と思うがそれを決めるのは俺ではない。
少なくとも向こうのお偉いさんがここまでの舞台に立つに相応しい人間であると認めたのが事実なのだ。
一応名目的には企業対抗が軸だが、会社的に集客要素として見られているのは一人だけ。
宮園が言いたいのはそういう事だろう。
……何とも釈然としない解釈だが一先ず受け入れた。
その上で彼女の不甲斐なさそうな苦笑いも理解できる。
まずこの誘いだが、断る理由が存在しない。
当然だ。参加する会社からしたらメリットしかないじゃないか。
大人気のネオコロシアムの公式大会なんてどれ程の人間が興味を示すのだろうか……想像すらつかない。
もしそこで活躍をしたら……あるいは優勝まで漕ぎ着けることが出来たのなら。
莫大な知名度と言う名の利益がもたらされるのは必然的。
更に言えば結果に関わらずとも参加する事自体に意味があるのだ。
その大会に居た、という事実だけで会社には幾ばくかの箔が付く。
……この様に参加側にとっては利点しか存在しない。
勿論グランドヒットからしても有効な宣伝になり得る。
互いにとって明確なメリットが提示されている理想的な案件だ。
が、その上では俺が参加するのは決定事項になる。
実力、集客率……どちらの観点から見ても適任なのだからな。
ほぼ強制的な一大企画への参戦願い。
社長的には圧力を与えてしまっているようにも感じるのだろう。
……だが心配はいらない。
しっかりと、覚悟を固めて言いのける。
「安心しろ宮園。俺は大丈夫だから」
「せ、先輩……」
これは虚勢でも何でもない純粋な本心。
今の俺はプレッシャーに打ち震えるどころか、むしろ胸を高鳴らせていた。
他の参加者も有名企業からの強者揃いの筈だ。
そんな人間たちと勝利を目指して純粋な実力を競い合う。
闘争心が刺激された、とでも言うべきだろうか。
とにかく最高にわくわくするシチュエーションだ。
それを差し引いても宮園にはどれだけ感謝しても足りない程の恩義を貰っている。
俺を配信者としてスカウトしてくれたこと……今日の息抜きだってそうだ。
恩返しにはまだ程遠いが、これ位の事だったら迷いなく引き受けてやるさ。
しっかりと瞳を見据えて俺は啖呵を切った。
「絶対優勝してみせる。俺の雄姿を見ててくれよ?ボス」
洒落た、というか恥ずかしい程にキザな言い回し。
少しでも彼女の不安を取り覗こうと俺なりにあえて考えた台詞だ。
その甲斐あってようやく苦笑いが消え失せ……
てない!?
宮園は相も変わらず苦々しい顔をしている。
満面の笑顔が返ってくると完全に確信していたばかりに衝撃は大きい。
な、何故だ!?
全力で焦りながらその表情の真意を問う。
「どうした、この期に及んでまだ何かあるというのか?」
「まず先に、お気遣いありがとうございます。……ですが一番の問題は根本的なルールにあるんですよ」
消えるどころか引きつった表情はみるみる強張っていく。
余程の懸念点があるのがすぐさま分かった。
根本的なルール…だと?
言われるがまま再度要項を見直してみる。
「……問題点なんてあるのか?」
2~3回程読んでみたがいまいちピンと来ない。
どこを見ても別段おかしい部分はないよな?
単純に企業間対抗のペアマッチの大会だろ?
要はニューウィークに所属している配信者から相方を選出すればいい……だけ……で……
「……まさか」
ここで俺の頭に一つの可能性がよぎる。
全く現実とは不思議なものだ。
人生を過ごす中では何度もそれだけはない。あってほしくないと願う事があるだろう。
しかし現実は毎回悉く想定した最悪に沿って進んでいく。
まるで祈る俺たちをあざ笑うかのように。
そしてまた今回も例外ではなく……
「うちの会社から他に出れる人間……初心者しかいないんです」
俺の考えうる最悪の想定は、そっくりそのまま宮園の口から放たれるのだった。
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近々この作品とは別の一話完結短編を書きたいと思っています。
勿論本作の一日二話の投稿に支障の出ない範囲で、日々コツコツと書き連ねていく予定です。




