息抜き
作中内時系列は6月前半ですので何卒
宮園に渡された変装用の眼鏡を掛け、ハンチング帽を被る。
必要ないと俺は思ったが念には念を……との事らしい。
「レンズ入ってないけど……何か新鮮な感覚だな」
名状しがたき違和感を感じながら、フレームの縁を指でなぞってみた。
顔出しをしてる以上そこら辺の可能性を危惧するのは分かるが……
街中で話しかけられるなんてケースが俺なんかに起こるのか?
有名俳優の様な扱いを受ける程成り上がった覚えはない。
しかし、絶対に無いとまでは言い切れないのがまた難しいんだ。
客観視した上での自分の知名度の値ってのは……やはりまだ測り切れそうにはない。
少なくとも配信界隈ではそれなり、と言った所だろうが。
……まぁ、何にせよ今回は念の為ということで。
「じゃ、まずは今流行りのスイーツからですね」
その言葉を聞いて背筋がぴくりと跳ねる。
既に言うまでもないだろうが甘いものは俺の大好物だ。
思わず足取りが少し浮ついてしまう。
「思わぬ役得だな」
弱点克服……願わくばこんな感じで楽しい事のみで終わってほしい。
観光とも言ってたし、元々そこまで心配はいらないとは思うが。
そんなこんなで宮園は例の品を街角のパン屋から買ってきた。
見せびらかすように目の前に差し出してくる。
「という訳でこれが今流行りのイタリアのスイーツ……マリトッツォでーす!」
ありのままの第一印象としては名前言いにくいな!だった。
大事なのはそこじゃないがな。
改めてマリトッツォと呼ばれるそれを間近で観察してみる。
粉糖が上にたっぷりとかかった、パン?パンか?これ。
……多分パンだと思う。
例えるならそうだな……近いのはハンバーガーのバンズ。
あれが上下に覆いかぶさっていて、中にはぎっしりと生クリームが詰まっている。
若干シュークリームにも見えなくはない。
と、見た目だけで判断するなら普通に美味そうと言った感じである。
まぁ流行のスイーツがまずかったら色々問題だが。
適当に三人で座れる場所を見つけて、早速実食に移る。
「じゃ、いただきます」
「いただきます……」
大口を開けて頬張る俺たちを宮園はそれはそれは微笑ましそうな顔で見つめていた。
「ふふ……二人共可愛い。眼福だなぁ……」
「あ、美味い!」
一口噛んだ早々ほんのりと広がるオレンジの香り。
あくまで控え目。添え物の範囲を出ない上での繊細な味付けだ。
次に味覚に触れて来たのは中に詰まっていたクリーム。
これもまた秀逸なバランスだ。
濃厚ながらも全くしつこくない、とても上品な味わい。
何と言うか、全体的に物凄くすっきりしている。
いい意味で主張が激しくない。
ティータイム時のコーヒーの相方にでもすれば無限に食べれてしまいそうだ。
「あむ……これ凄いおいひいよ。皐月お姉ちゃん」
桐原さんもハムスターの様に咀嚼を行いながら嬉しそうに笑う。
その様子を眺める宮園の顔は……もう上がり切った口角が輪郭からはみ出そうになっていた。
俺は手のひらサイズのマリトッツォをものの数十秒でぺろりと食べつくす。
「いや……マジで思ってたよりずっと美味かったよ。マトリッツォ」
「マリトッツォね。そんな某SF映画みたいな名前じゃないですから」
「ぐぬぬ……」
あえてケチを付けるならば、やはり言いにくさだろうか。
「食べ終わった所で……次は映画鑑賞!最近興行収入400億を突破した超話題作ですよ!!」
「……渋谷関係なくない?」
「そこはご愛嬌って事で!さぁさぁ行きましょう!」
そこからは怒涛の勢いだった。
大迫力の映画を見たと思えば、すぐさま新進気鋭の有名イタリアン店で昼食。
それが終わったら二次元関連のグッズを取り扱った店舗で今期のアニメの解説を受けたり……
とにかく色々な所を数時間で見て回った。
流行を、最先端を、見て、聞いて、肌で感じた。
……正直に感想を言ってしまおうか。
めちゃくちゃ楽しかった。
まるで学生時代の放課後に舞い戻ったような感覚だ。
無茶かって位一日に予定を詰め込んで、好き勝手遊びつくす。
久しぶりに肩の力を抜いて過ごすことが出来た。
ここの所己を取り巻く空気が張り詰めていたからか、猶更そう感じる。
……ただ、今回は一応克服がメインでもあるんだよな。
こんな普通に楽しんじゃっててもいいのか?と疑問に思う面もほのかにあった。
◆
公園のベンチにて、桐原さんが野良猫を追いかけている姿を宮園と並んで眺める。
中央にそそり立つ時計は既に16時を指していた。
「……もう16時か」
「いやぁ遊びましたねー……楽しかったですか?」
宮園は赤く染まった空を見上げながらこちらに問いかけてくる。
普通にお前が遊びだったって言ってしまうのか……
若干戸惑いながらも頷く。楽しかったのは間違いないからな。
一瞬の沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「お疲れ様です。柿田先輩」
「……急にどうした?」
「いえ、茜ちゃんもそうですけど……ここの所毎日4時間以上ずっと配信ばかりしてたじゃないですか」
その一言で全てを察した。
「お前まさか、息抜きをさせる為にわざわざ俺たちを集めてくれたのか?」
「……バレちゃいました?ごめんなさい。ぶっちゃけ弱点克服は建前でした」
子供の様にぺろっと舌を出される。
「た、建前って……」
「だって、大層な名分でも用意しないと先輩の性格上配信に没頭しすぎちゃうでしょ?だから前々から約束取り付けて……一日でも休みを作ろうと思ったんですよ」
そう言って申し訳なさそうに笑う宮園。
すっかり騙されていたという訳だが、当然怒りの気持ちなど微塵も湧いてこない。
こんな純粋な優しさを受けておいて怒れる筈がないのだ。
胸に募るのは感謝の気持ちと幾ばくかの罪悪感に似た何か。
俺の思考、及び行動パターンなど完全に読み取られていたのだ。
確かにあの指令が無ければ彼女の言う通り今日も配信を行おうとしていただろう。
……自分を過大評価しすぎていたのかもしれないな。
どんな生物だろうと、休みも無しではいずれ限界を迎えるのは自然の摂理だというのに。
献身をありがたいと思うのと同時に……余計な心配をかけてしまった、とも思ってしまう。
くそ……いつまで後輩に助けてもらってるんだ俺は……!
「あ、これは私の勝手な配慮ですからね?先輩が気に病む必要はありませんから」
「……そんなに忙しそうに見えたか?」
フォローを素直に受け止めきれないまま強がり交じりに質問を返す。
「……んーと」
宮園は申し訳なさそうに視線を右に逸らした。
その態度に少しばかり違和感を覚える。
「忙しそうだったってのもありますが……これからもっと忙しくなりそうなんですよね」
「?この先に何かあったりするのか?」
「……まぁ、こういう事です」
答え合わせと言うように宮園はスマホを取り出してこちらに見せつけてくる。
彼女の神妙な面持ちからは重大な報告であろうことが伺えた。
……何があると言うのだろうか。
目を凝らして画面に書かれた文字を凝視した。
「……!?」
そこに記された内容を見て目を丸くする。
事態を受け止めるのに数秒程の時間を要してしまう。
……理解できた。
宮園のその心配は全く杞憂などでは無い。
これは今後の俺……いや、会社全体の発展にも大きく関わってくる話だ。
俺は文言の一部をそのまま声に出して読み上げる。
今見えているそれが現実である事を確かめるように、呆然とした声で。
「企業間対抗での……第一回ネオコロシアム公式大会を開催予定……だと?」
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今の所過去の話は番外編的な枠組みで2~3話位のをいつかやりたいと思ってます。
と言っても大分先の話になると思うので予めご了承ください。




