勝つ事と負けない事の違い
基本的にモノローグで柿田がうんちくを語ってるシーンは描写こそしてませんが視聴者に口頭で伝えていると解釈していただけると幸いです。
息を切らしつつも、声を張り上げて言い聞かせる。
改めて考えてみても何と空しい結末だろうか。
【は?】
【えぇ……?】
【あれ最強じゃないの?】
【つまりどういうことだってばよ】
【今の時間は何だったんだ】
たちまち視聴者達は困惑の声を上げ始める。
それも当然の行いだろう。
今の一連の動き……通称スカブラ回避は彼らにとっては必殺技や代名詞の様な扱いだった。
それを否定されたとなっては素直に受け止められないのが道理だ。
俺は真剣な眼差しを向けて、皆に具体的な解説を始める。
何故最強ではないのか……その理由について。
「……まず、この回避の最大のメリットは上手く行けば敵の攻撃を全て避けられること」
忘れずに上手く行けば、という前置きを付け加えておく。
何もかも物事が手筈通りに進むとは限らないのだから。
相手の実力によっては回避先を見抜かれて終わり……なんてこともある。
それを差し引いても、これは無敵の作戦なんかじゃ決して無いんだ。
万が一にでもネット上で広まってマネする者が増え出したら……目も当てられない。
だからこそ俺は精一杯頭と口を使って彼らを諭す。
「でもさ、ダメージを全く受けない事ってそんなに利点だと思う?」
【利点だろ】
【とにかく負けないじゃん】
【現にkakitaさんはそれで勝ったのでは?】
【意味わからんくなってきたぞ……】
少しずつ反発気味のコメントが増えてくる。
荒れているとまでは言えないが、初日の様な和気あいあいとした空気は消えつつあった。
……遠回しな俺の言い方にも問題はあるが、これは盛大なフリ。
のらりくらりとした姿勢を取る事であえて向こうのヘイトを買う。
原動力が怒りだろうと……とにかく真剣に取り合ってもらわねば意味がないんだ。
その為なら俺は、少しくらい嫌われたっていい。
「勝つ事と負けない事は……似てるようで全く違うんだよね」
胸を張って力強く言い聞かせる。
言葉遊びの類ではなく、純然たる事実だ。
勝利と敗北は確かに対義上の関係にある。その点について異論は無い。
しかし勝とうとする、と負けないようにする、とでは決して=で結べないのだ。
上の二つにはきちんとした違いがある。
ネオコロシアムにおける勝利条件とは単純明快、敵を全滅させること。
その為には時に自ら仕掛けて相手と戦う意思も必要だ。
仮に攻めの姿勢を見せるのが勝とうとする事だと定義してみよう。
ならば俺が行ったスカブラ回避はどうだろうか。
果たして攻撃的な作戦だと言えるだろうか?勝つための行動だと言えるだろうか?
否、全くもって逆である。
「あれをやり続ければ負けはしない。けど、攻撃に転じられないのなら勝ち目も無いよね?」
確かに死なない……だがそれだけ。
延々と回避をしているだけでは当然勝つ事など出来やしないのだ。
言ってしまえば欠陥戦法……いや、戦法と呼ぶことすら烏滸がましい。
勝率0%の行動を実行する意味など何一つ無いのだから。
渾身の説明もあって、次第に理解を示してくれる者が現れてきた。
【そう言う事か……】
【一理ある】
【少なくとも万能な作戦じゃ無いんだね】
……が、勿論全員が従順という訳じゃない。
依然として疑問を呈する者も絶えず出てくる。
【隙を見て途中から攻撃すればいいじゃん】
【じゃあ何であの時やったの?】
【kakitaさん自身が行ってるからこんがらがるんよな】
「……忘れちゃいけないよ。あの試合はかなり特殊な事例なんだ」
攻撃を避けることに神経を注いだ理由は一発でも当たれば即死の状況だったから。
隙を見て攻撃出来たのは相手の技量が拙いものだったから。
どちらも通常のアルティメット帯での試合ならありえない内容である。
そもそもスカルブラザーズ自体が極めて稀な存在だ。
「百歩譲って俺みたいにチーターを倒したいならありかもしれない。でも普通チーター討伐の為だけにネコはやらないよね?」
通常のプレイヤーと違法のプレイヤー。どちらが少数なのかは馬鹿でも分かるだろう。
わざわざ後者の存在を案じて心身ともに辛い操作を練習するなんて……徒労でしかない。
そして、ある一つのコメントが俺の視界に入る。
【……じゃあスカブラ回避は完全に無駄なんですか?】
「っ……」
針のようにも思えた言葉。
胸の内側がチクチクと痛み出すのを感じる。
文字だけでもその人の惜しむ様な感情が見事に伝わってきた。
突きつけられた現状を受け止めきれないのだろう。
散々言っておいてなんだが、気持ちは非常によく分かる。
例えるなら応援していた特撮ヒーローが突然変身ベルトを勢いよく捨てて
「これ使うより怪人側のアジトに核兵器ぶち込もうぜ!!そっちのが合理的だろ!」
とロマンの欠片も無い非情な作戦を提案したようなものだ。
良い子の皆と保護者からの苦情待ったなしである。
「……完全に無駄って訳じゃないよ。勿論状況次第じゃ使える事だってあるさ」
これもまた本当だ。
今まで散々デメリットばかり語って来たが、負けないという事自体はメリットの一つではあるんだ。
ケースバイケース、FPSに決まった状況なんてありはしない。
万が一の緊急手段として覚えるのは無しではないな。
……が、あくまで扱いとしては緊急手段。
基礎をおろそかにしてでも一番に得るべき無敵スキルなんかでは間違っても無い。
絶対にやるな、とまでは言わないが最強の戦術の様なイメージは払拭せねばならないだろう。
真に受けた初心者が次々に指を痛めだす……なんてことは避けたいからな。
「あの方法自体を一概に否定はしない。ただ、その試合の戦況を鑑みて……やるべきかどうかを良く考えてくれ」
俺が危惧する未来は何となく、最強だから、と適当に行う人間が多発する事。
スカブラ回避を上手く組み込んで試合に勝つ事が出来たのなら万々歳だ。
無敵という要素に強い憧れを抱くのも分かるが……
多少のダメージなら包帯等のアイテムで回復すればいい。
無傷で居ることを意識しすぎて基本のプレイに支障が出たらむしろ本末転倒。
断言しよう。
少なくとも俺は、無敵のヒーローになるつもりなど後にも先にも毛頭ない。
これまでも、そしてこれからも……ただ勝つ事を最優先にFPSを続けていく。
予めこの場を借りて宣言しておこうか。
「期待してたら申し訳ないんだけど……俺は皆にカッコいいプレイのやり方は教えられない」
教えられない、と言うより教えたくないが本音だ。
下手に外面だけを着飾った所で負けてしまえばただの無駄。
むしろ内面の実力が伴ってなければ恥の上塗りにすらなってしまう。
無責任にそんなものを広めようとは天地がひっくり返っても思えない。
だからこそ俺はどこまでも現実的な姿勢を心掛ける。
半端な理想では何一つ成し得ることが出来ないのは……誰よりも知っているつもりだ。
「俺が教えられるのは試合での堅実な立ち回り方。ただそれだけだよ」
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一貫して柿田はリアリストなキャラとして書いてます。
戦場を体験した者が夢や希望を簡単に持てない……という微かな軍人要素でもあったり。
そして次回以降からデート回の予定。
誰とのとはまだ言いませんが。




