デメリット
俺はネオコロシアムのタイトル画面まで戻り、ソロモードを選択する。
更にその中からトレーニングの項目にカーソルを合わせた。
「さすがに試合で好き勝手動くなんて出来ないしな」
じっくり手元の操作を見せるのなら練習時の方が何かと分かりやすいだろう。
とりあえず俺のやり方ってものを見せて、少しでも役に立てるのなら幸いだ。
真似できるかはまた別として……な。
「多分皆がまず見たいのはあの時の回避の仕方だよね」
【そりゃそうよ】
【スカブラ回避見せてもらえるんか!?】
【マ?】
【スカブラ回避期待していいのかよ】
【スカブラ回避くるー?】
【見たいみたい見たい見たい三田い】
おーおー盛り上がっとる盛り上がっとる。
俺の露骨な提起は視聴者を湧かせるという観点から見たら大成功だったようだ。
スカブラ回避と呼ばれるそれは某試合で見せた俺の全弾回避の事。
何故かあいつらの名前が前に付いている点が気に食わないが、一旦置いておくか。
確かに、あの切り抜きを見た人間なら誰しもそれに興味は持つだろう。
本人の指の動かし方やコツ、自分でもこなせるかどうか。
諸々ひっくるめて挙動の全てをこれからくまなく観察されるって訳だな。
……正直俺は気乗りしない。
心の中で若干のやるせなさを感じつつ軽く手を慣らせておく。
色んな意味であの行動はデメリットが多いんだからな。
まあそれも後で教えつつ……今は見せてやるか。
何にしても実践してみる事こそが一番手っ取り早い手段だろう。
殺風景な無人の岩山にぽつんと居座るアバター。
俺は息を大きく吐いて、いよいよと言った感じに所定の位置へ指を構えた。
「じゃあ……行くよ?」
【ざわざわ】
【パンツ脱いだ】
【舐めるように手元見とくわ】
【どきどき……】
目を閉じて、素早くしゃがみ状態に移行する。
と同時にダッシュと回避をフレーム間隔で交互に行っていく。
途中でしゃがみを一瞬だけ解除する動きも交えて動きを捉えさせないようにするのだ。
ひたすら、ただひたすら体を屈めながら攻撃を避ける為だけの動き。
これを繰り返していくだけである。
つまるところ俺が行っているのは三つのキーを超高速で連打するという単純極まりない工程。
文字で表してみればとてつもなく簡単に思えるのかもしれない。
……が、勿論そんな事ありはしないぞ!
「ふぐぎぎぎぎぎ……!」
過度なタイピングの弊害から来る痛みに歯を食いしばりながら唸る。
尚且つ次々と生まれてくる疲労感が雷雨の様に背筋に降りかかる感覚に襲われた。
デメリット①シンプルに死ぬほど疲れる。
わざわざ説明するまでも無いだろう。そりゃ疲れるわ。
単純ながらも……いや、むしろ単純だからこそと言うべきだろうか。
人間業と呼べるかすら疑わしいハイレベルの回避。
その裏に潜んでいるのは途方もない苦痛そのものである。
デメリット②攻撃する事が難しい。
あくまでこの方法を行う場合は不利な状況に居ることが間違いない筈だ。
回避に専念する以上、こちらから仕掛けることはほぼ無理とまで言ってもいいだろう。
厳密には攻めに転じられるチャンスを切り開くための粘り。
言わばそこに行きつくまでのステップであるので当然と言えば当然なのだが……
相手の腕前が上等ならそれをさせまいと阻止してくる。
必然的に向こうの攻撃のペースが途切れる事なく上がっていってしまう。
結果的に待ち受けるのは先の見えない地獄の様なルーチンワーク。
止まったら負け。勝ちたいのなら延々と避け続けなければならない。
どこまでもどこまでも……いつか終わりが来ると信じて。
肉体的な疲労は前提として、精神の摩耗もかなり懸念される。
過酷な訓練や戦場を乗り越えてきた俺でも辛いと思える程には……だ。
1分ほど行った所で操作を止める。
「はぁ……はぁ…………とまぁ、こんな所だね」
盛大に息を切らしつつもパソコンに向かって語り掛けながら、溜まっている強大な痛覚を逃がすように指先を優しく揉んでおく。
これを更に長時間続けてたのがあの時の試合の俺だ。
終わった後は悶えこそしたが……我ながら凄いと思う。
コメント欄はすっかり賛美と心配の二色で染まっていた。
【動きやべええええええ】
【息切れ起こしてて草】
【大丈夫か、kakitaさん!?】
【もはや神業としか言いようがない】
【これやれたら気持ちいいだろうなぁ】
【一回休んでいいよ!】
【俺も今日から練習します】
【水分補給しとけ】
【キー連打技能を身につけねば……!】
それらを見て俺に浮かんで来るのは、正直虚脱感に近いものだった。
……ああ、本当に気が滅入ってくる。
疲れるのもそうだが、これだけ褒められた末に出す台詞としては何と酷いものだろうか。
ある種夢を壊すとすら言える選択だが……
それでも、俺は確かな真実を皆に伝えねばならないのだ。
「加えて、み、皆には…教えておかなきゃならない事が……あるんだ」
【何?】
【具体的なやり方か】
【操作方法ですね】
【教えてくれ!】
【コツの時間来た】
期待に胸を高鳴らせる視聴者達。
しかし、俺が出す結論はその期待とは完璧に相反するものだった。
「実際の試合では、この回避はそこまで役には立たない!」




